論争「生産性白書」:【焦点】サービス経済化と生産性

生産性白書小委員会のメンバーの一人で、明治大学大学院の戸谷圭子教授は生産性新聞のインタビューに応じ、自身が担当した白書第2部第4章「サービス経済化と生産性」と第6章「生産性測定の課題」の第2節「企業経営におけるアウトプット評価の考え方」について解説した。製造業のサービス化への転換は、トップがコミットメントし、長期的視野で取り組むべき重要な課題だとの考えを示した。

企業トップがコミットを 長期的視野で取り組むべき

《第三次産業のGDPに占める割合は多くの先進国で6割から8割にのぼる。労働人口に占める第三次産業割合で見た場合、新興国には先進国のRPA(ロボティクス・プロセス・オートメーション)など高度化した生産技術が迅速に移転されるため、第二次産業から第三次産業に移るスピードがより速くなると予想される》

戸谷 圭子 生産性白書小委員会メンバー/
明治大学大学院教授教授
日本の第三次産業の生産性は、国際比較でも国内製造業との比較でも、低いことが指摘されています。今後、産業別労働人口割合の高い業種では、無人化店舗やレジの自動化、在庫補充ロボット、介護ロボットなどの実用範囲が拡大していくと予想され、その流れはAIの導入による銀行窓口の定型業務の削減や会計情報の電子化データとアプリケーションの利用による税務申告書作成業務の自動化など、オフィスワークでも本格化します。

現在の労働生産性の低さは、製造からサービスへの労働者の流入スピードが効率化技術のスピードより速いための一時的な状況であるとの解釈も可能で、今後、技術導入による労働生産性向上が起こることも期待できます。しかし、技術の活用が十分でなければ、全要素生産性の向上を保証するものではなく、余剰人材の行き先をどうするかなどの課題が残ります。

《有形財メーカーがこれまで製造してきた有形財に無形財を組み合わせて、顧客課題のソリューションとしてのサービスを提供することで差別化を図る「サービタイゼーション」の動きが活発化している》


経済は成熟化するほどサービス化が要請されます。しかし、これから話す「サービス化」は、単に産業が第三次産業にシフトすることを指すわけではありません。重要なポイントは、経済活動そのもののサービス化を進展させるということです。

かつての「サービス研究」は、モノの財とサービス財を二極化対比することで、サービス化の重要性を強調していました。しかし、米国のマーケティング学者、バーゴとラッシュが2004年にマーケティング専門誌に論文を発表したのをきっかけに、パラダイムシフトが起こりました。「サービス・ドミナント・ロジック」という理論で、モノとサービスをわけて経済活動をとらえるのではなく、モノとサービスを統合・融合して経営理論を組み直そうという考えです。

「サービス・ドミナント・ロジック」では、モノとサービスは深いレベルで融合します。顧客が製品やサービスを使う過程において、企業が行う活動や顧客が取る行動が価値を生み続けるという前提に立ちます。

企業と顧客が一緒になって価値を共創することで、経営活動のゴールは交換価値の最大化にとどまらず、その後の利用価値を最大化することにつながっていきます。

アップルのスマートフォン「iPhone」は、消費者はモノとしてそのデバイスを求めているわけではなく、自分の使い方に合わせてアプリケーションをダウンロードし、自分なりの使い方をしています。企業と顧客が価値を共創することによってウィンウィンの関係を築いています。


生産性白書では、サービタイゼーションの動向調査として、明治大学と産業技術総合研究所の主催による「製造業サービス化コンソーシアム」による大規模な定点調査を引用している。業種と企業規模により層別した各層から約3万社をランダム抽出し、郵送依頼、ウェブ回答の方法で実施した》


サービス化の段階は、全くサービス事業を行っていない「ゼロ段階」を含めて、5段階に分類しています。セットアップや製品カスタマイズなど製品販売につなげるためのサービスを「第1段階」、フルメンテナンスや予防保全など製品機能を維持するサービスを「第2段階」、顧客の事業(BtoB)の発展維持のため、もしくはQOL向上(BtoC)のためのサービスを「第3段階」、コンサルティングなど新たな顧客事業・QOLの創造に資するサービスを「第4段階」とします。

2016年から2018年にかけて、3、4段階の高次段階の企業割合が増加していること、その一方で、サービス提供を全く行っていないゼロ段階の企業も増加しており、二極化が進んでいます。

サービスビジネスの有償化比率を業種別でみると、機械で96.1%、電機で91.7%と有償化が進み、比較対象とした情報通信(非製造業)の99.4%に匹敵します。一方、飲料・食品の提供するサービス有償化率は32.8%に過ぎず、両者の中間に位置する金属・化学・輸送用機器などは50~60%前後で、業種間の差が大きいことがわかります。

この調査でわかったのは、日本企業の戦略が一貫していないということです。第4段階に取り組んでいた企業が、ゼロ段階に逆戻りしたり、第1段階に取り組んでいた企業が、一足飛びに第4段階にトライしようとするなど、行ったり来たりの場当たり的な戦略が見えます。

製造業のサービス化は、ビジネスモデル全体を変えることに近いので、長期的な視野を持って、トップがコミットメントして取り組むべき課題です。その覚悟がないままに、「サービスの方が、収益性が良さそうだ」と飛び付くケースがあると考えられます。サービス化への転換は、損益分岐点を超えない状態が数年は続くことを許容する覚悟も必要です。


《サービス化とサービス生産性の概念が変化の兆しを見せている。新たなサービス概念、新たな産業の誕生に対応し、労働生産性の分母分子も見直しが必要になると考えられる》


新概念を示す現象としては、シェアリングエコノミーの台頭が典型的です。シェアリングビジネスでは、提供者と被提供者(顧客)の線引きはあいまいです。プラットフォーマーは仲介者として収益を得ますが、車にせよ宿泊施設にせよ、資源は一般消費者が提供し、一般消費者が利用します。

これまで生産性には関与せず、提供者がつくった既成の価値に対して代金を支払い、その価値を消費するという役割であった消費者が、価値を創造するプロセスでの主な資源提供者という役割に変化しています。

企業と従業員と顧客の三者のサービストライアングルのバランスが重要です。このトライアングルの中で顧客はリソースを提供し、高品質なリソースは高品質なサービス提供を実現します。この循環が「共創」を生んでいくと考えています。

近年のSDGsや健康経営などに見られるように、財務的成果に直結しない活動に積極的に取り組む企業が増えています。財務情報が企業価値を表すのに十分ではないという認識の広がりから、非財務価値を測定する指標の提案も増加しています。物質的・経済的価値から感情価値や知識価値への移行も進んでおり、新たな価値として注目すべきだと考えます。

*2021年1月27日取材。所属・役職は取材当時。

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