企業経営の新視点~生産性の日米独ベンチマーキングからの学び⑪

第11回 人的資源投資と生産性向上

第一生命保険の渡邉光一郎取締役会長は、生産性新聞の連載企画「企業経営の新視点」のインタビューにおいて、今後の経営においては、人的資源投資の向上による生産性向上が重要課題であり、特に「エンゲージメント」(働き手が組織や仕事に主体的に貢献する意欲や姿勢を表す概念)の向上が重要な要素になると強調した。インタビューの概要は以下の通り。

エンゲージメント向上の視点が重要に


渡邉 光一郎 第一生命保険取締役会長

今はコロナ禍で足元の対応に追われがちだが、中長期的にみれば、SDGsの達成に向けて、革新技術を最大限活用することにより、経済発展と社会的課題の解決を両立する「Society5.0」や、サステナブルな資本主義・ステークホルダー型の資本主義といった大きな潮流を見極めながら、企業経営を考えていくことが求められる。

コロナ禍では、DX(デジタルトランスフォーメーション)に向けた設備投資や、それに向けたイノベーション投資の重要性が人々の共通認識になった。ただ、経営が人的資源投資にどの程度、重きを置いて考えているのかについては、私はやや疑問を持っている。

労働の量は生産年齢人口の減少により、減るわけで、労働の質を上げるための人的資源投資をどのように行っていくかが今後の重要な視点になる。従来の働き方改革では、特に労働時間削減の取り組みが行われてきたが、これからは、エンゲージメント向上や、働き方の質そのものが非常に重要になることを経営としては押さえなければならない。

エンゲージメント指標の基本になるのはES(エンゲージメントスコア)だが、ESと営業利益率や労働生産性の間には正の相関関係がある。どうESを高めていくかという視点は、CS(顧客満足)の向上に必ず結びつく。したがって、経営とすれば、エンゲージメントという視点を従来以上に強く持って、働き方改革の第2フェーズに入っていくことが必要だ。

エンゲージメント向上を基本に据えつつ、労働の質向上のためにどうしたらいいのかを考える必要がある。今、ニューノーマルに対応して様々な動きが出てきている。リモートワークも日常化し、その働きやすさを実感しつつも、コミュニケーションの難しさから必ずしも仕事の効率化につながっていない。リモートワークの習熟度を高められれば、エンゲージメントの向上にもつなげることができる。

高度人材を生かす仕組みづくりを


イノベーションを起こしていく高度プロフェッショナル人材を育成・活用するためには、テレワークやニューノーマルに対応した労働法制に変えていく必要がある。現在の日本の労働法制は昔の工場労働を前提として作られている。近年、フレックス制や裁量労働制の考え方は導入されているが、本格的な運用には至っていない。もう一段これを進めて、高度プロフェッショナル人材が本当に活躍できる労働法制にする必要がある。

メンバーシップ型からジョブ型雇用への移行の議論も始まっているが、いきなりジョブ型に全部移行しようとしても機能しないし、メンバーシップ型にも良いところがある。両方の良さを生かす、ハイブリッド型の概念を取り入れた自社型雇用制度の構築が必要だ。

メンバーシップ型の良さも生かしながら、ジョブ型を紐づけて、高度人材が働きやすい環境を整えていくこと。それにエンゲージメントの視点を組み合わせていけば、生産性の向上につながっていくだろう。

今日のように、産業構造が大きく変わるときは、労働の流動性についてもう一段、踏み込まなければならない。単純なDX推進は貧困や格差を生むことは、日本でも世界でも立証されている。DXを推進するのであれば、人材の流動化に社会としてしっかり対応していく仕組みを併せて構築しなければならない。

ドイツは、「Industry4.0」と「Work4.0」を組み合わせて八つの政策を立て、そこに人材プールのシステムも一緒に重ねて、人材の流動化に対応する体系を整備しようという共通認識を持って政労使が取り組んでいる。日本においても、こうしたプラットフォームを構築していく必要があると思う。

日本でも1980年代の円高基調のときに、雇用を守るためのマッチング支援プログラムが立案されて、産業雇用安定センターにこの仕組みを入れた。産業構造が大きく変わるときには、労働移動をどう円滑に進めるかが重要だ。こうした取り組みを組み合わせながら、副業や兼業、リモートの活用といったものと併せて、産業構造の変化に対応した労働政策を進めていくことが重要だ。

「三方よし」の「見える化」でエンゲージメント向上


日本の経営のベースには「三方よし」(「売り手良し」「買い手良し」「世間良し」)の経営があると思っているが、日本の「三方よし」の考え方と「CSV経営」(Creating Shared Value=共有価値の創造)の考え方は同じではない。

「三方よし」は暗黙知だから、経営者はわかっているかもしれないが、それが本当に「見える化」されて共通認識の仕組みになっているかどうかはわからない。日本の経営はそこが暗黙知の世界になっていた。

したがって、「ダイバーシティー&インクルージョン」といった共通認識の下で、企業の理念やビジョンの方向に「三方よし」の暗黙知を「見える化」して仕組み化すれば、日本は世界でもかなり前に進んだ存在となるだろう。

産学連携の強化が重要


Society5.0を支える人材を関係者が連携して育成していく必要がある。

日本では、大学院に進む学生数が少なく、修士や大学院の在籍数は25万人程度で横ばいになっている。その背景には、米国の大学は戦後、企業や産業界との連携を強化していったが、日本の大学はアカデミアの中で閉ざされていたので、企業はできるだけ早く学部生を採用し、企業の中で育てて、役に立つようにしたほうがいいという考え方が非常に強く、その考え方が今日まで色濃く残っていることが挙げられる。

近年は、日本の大学も非常に大きな変化を遂げているが、企業経営者はこうした大学の変化にあまり気付いていない。企業はいまだに新卒一括採用(メンバーシップ型採用)を続けていて、ジョブ型雇用を念頭に置いた採用(ジョブ型採用)に移行できていない。

こうした課題について、経団連と国公私の大学トップが直接対話を行う仕組みとして、2019年に「採用と大学教育の未来に関する産学協議会」を立ち上げた。これは非常に良い取り組みであり、現在も検討が続いている。

産学協議会のメンバーではないが、大学の方々の中には企業経営についての理解が薄い方もおられ、「お金儲けばかり考えている経営者とは議論できない」と直接、言われたこともある。「今どき、それだけを考えている経営者は成功しません」「大学も実は変わっています」といった率直な意見交換を通じ、お互いが理解し合う、本当の意味での産学の連携を図っていくことが重要だ。

日本のイノベーションの課題となっている「魔の川、死の谷、ダーウィンの海」という障壁を乗り越えるためにも、産学連携を強化して、大学発のスタートアップ企業に企業側のイノベーション投資を行うことなどによって、人材が育成され、人材の交流も広がっていくのではないか。

(日本生産性本部 国際連携室)

*2021年1月28日取材。所属・役職は取材当時。

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