コロナ危機に克つ:厳しさ増す介護サービス事業
今こそ「アメーバ経営」 社会福祉法人合掌苑の取り組み
2018年度「日本経営品質賞」の経営革新推進賞を受賞した社会福祉法人合掌苑の森一成理事長は、生産性新聞のインタビューに応じ、新型コロナウイルスの感染拡大により、介護サービス事業者をめぐる経営環境が厳しさを増す中で、生産性向上によって社員の幸福度を高めるアメーバ経営の徹底が一段と重要になるとの考えを示した。
アメーバ経営は、京セラ創業者で日本航空の再建も手掛けた稲盛和夫氏が、企業経営の実体験から編み出した経営手法。「全社員が経営にかかわる」ことを基本に、採算部門の組織を小さな単位(アメーバ)に細分化し、社員全員が数字を意識しながら創意工夫を重ねて経営参画するのが特徴だ。
合掌苑は、高齢者介護をはじめ「フルライン」で福祉サービスを総合的に提供し、得られた法人の利益の25%を「地域福祉支援積立金」として社会に還元している。社員に数字の意識を高めることを目的として2015年にアメーバ経営を導入し、現場力の強化と生産性向上に取り組んでいる。
以前は、老人ホームの数が不十分で「売り手市場」だったが、少子高齢化社会の進展と介護サービスの競争激化により、経営環境は厳しさを増す。森氏は「介護士を中心にした社会福祉事業に携わる職員の皆さんに、経営感覚を身に付けてもらうことが重要だと考えた」と、アメーバ経営導入の背景を説明する。
アメーバ経営の基本は「時間当たり採算制」。その際の分母は労働時間なので、タイムカードの打刻など労働時間管理の把握から始めた。また、部署の壁を越えた話し合いの場を設け、自分たちで考える力を養うことが重要になる。
「時間当たり採算制」を高めるため、サービスの質は低下させず、労働時間を減らすことに力を入れている。「時間当たり採算制の計算では、分子が上がるより、分母が減るほうが、効果が大きくなる。有給休暇は取得率100%を目指している」と、有給休暇の取得も奨励している。
合掌苑では、部署の壁を越えた話し合いや意見交換がスムーズに進みやすい土壌があるという。社員の間に、「合掌苑理念」という共通の考え方の土俵があるからだ。それによって、「何のためにやっているのか」を常に社内に意識して、話し合いを行う文化が根付いている。
合掌苑は東京大空襲で焼け出された人たちをお寺で世話したことがスタートである。創業者の市原秀翁氏は昭和35年に町田市で事業を開始して以来、仏教の慈悲の精神に基づき、高齢者・障がい者の権利と尊厳を守ることに生涯をかけてきた。
合掌苑は、創業者の意思を継ぎ、社会福祉法人として社会的責任を果たすこと、関わるすべての人を幸せにすることを法人の使命として、地域社会に貢献していくことこそが法人の存在意義であるととらえ、すべての人の権利と尊厳を守り続けることを理念に掲げる。
コロナ禍で、介護サービスの現場で働く人たちのエンゲージメントの確保が難しくなり、人手不足の影響がいっそう大きくなる可能性もある。森氏は「アメーバ経営の実践と、合掌苑理念の徹底により、社員の意識は高く、使命感も強い」と話し、厳しい時代を一丸となって乗り切る覚悟を示した。
脅威に向き合う心構えを
合掌苑 森一成理事長に聞く
合掌苑の森一成理事長に、新型コロナウイルス感染拡大への対策などを聞いた。
――「第三波」で介護施設でのクラスターが深刻化している
「2020年に緊急事態宣言が発出され、『これは大変なことになるな』と構えていましたが、年内はずっと感染者が出ませんでした。21年元日、夜勤スタッフの一人が感染したと連絡を受け、それから、感染者が増え始めました。デイサービス一施設のクラスターが発生し、特別養護老人ホームでも感染が発生し、休業や閉鎖などの対応を取りました」
――感染ルートは
「お客様15人の感染が確認されたケースでは、そのうちの8人が無症状でした。それまで、高齢者が感染したら、すぐに症状が出るものだと理解していました。実際は、発熱も咳もなく、しかし、PCR検査をすれば陽性と判定されたのです。特養の入居者で感染した3人のうち、2人も無症状でした。特養では早くから面会を止めていたので、感染するとしたら職員しか考えられないですが、PCR検査では全員陰性でした。職員も無症状で、すでに治ってしまっていると考えると辻褄が合います。もし、そうだとしたら、感染を防ぐことは極めて難しいと言わざるを得ません」
――日本でもワクチン接種が始まる
「報道などで、高齢者のワクチン接種のリスクなどが指摘されているので、入居者の家族からは『うちの親にはワクチン接種をしないでほしい』と要請を受けるケースが多いです。また、ワクチンは発症させないだけで、他の人に感染させるリスクも指摘されています。他の感染症と違って、新型コロナは発症しなくても人に感染させてしまうリスクが高く、ワクチンを接種したからと言って安心はできません。もちろん感染防止策は徹底していますが、感染を完全に防ぐことは極めて困難です。感染者が出たら、施設は即座に閉鎖し、デイサービスは休業の措置を取り、全員にPCR検査を実施し、陽性者を隔離する方法で対処するしかありません」
――見えない脅威に対し、職員の動揺も大きいのでは
「職員が動揺していることは間違いないでしょう。実際、採用内定した人の中にも、コロナ禍を理由に内定を辞退するケースもありました。同居家族に高齢者や基礎疾患を持っている人がいたら、自分が感染して、それを持ち込んでしまうリスクを考える人もいるでしょう。それはそれで仕方ないことだと思います。一番大事なことは、『何のために自分がこの仕事をしているのか』を常日頃から考えることです。医者や看護師でも、コロナの脅威に立ち向かう人もいれば、リスクを避ける人もいます。お金のためだけなら、あえて感染リスクの高い職場を選ぶ必要もありません。合掌苑の存在意義や理想、そこで働く目的などを日ごろから考えている職員は、コロナの脅威に向き合い、日々、一生懸命働いてくれています」
――合掌苑として職員のためにできることは
「私たち経営者がやらなければならないことは、事業所が閉鎖されたときに、給与に影響が出ないようにすることです。クラスターが出て施設が閉鎖されたり、陽性の疑いが出て休業しなければならなくなった場合でも、給料を全額保証することを方針として打ち出しています」
――モチベーションの高い人材をどう育成しているのか
「コロナ禍で看護師や介護スタッフがバタバタと止めてしまうケースがありますが、そうならないためには、仕事の意義を自分で考える仕組みになっているかどうかが問われます。合掌苑の理念教育のカリキュラムには毎日行うものもあります。毎日のそれぞれのグループミーティングの中で、コミットメントの時間を取っています。『お客様の尊厳を守るとはどういうことですか』などの具体的で身近な質問をミーティングの中で問いかけます。回答するために参加者は自分の頭の中で考えなければなりません。これが大事です。理念は読むだけでなく、自分で考えることで、理解が深まると考えています」
*2021年2月5日取材。所属・役職は取材当時。