論争「生産性白書」:【焦点】技術革新迫られる物流業界
生産性常任委員会のメンバーの一人で、早稲田大学大学院教授の淺羽茂氏は、生産性新聞のインタビューに応じ、自身が執筆を担当した生産性白書第2部第5章第1節「技術革新にともなう物流の生産性」について解説した。諸外国より低いとされる日本の物流業界の生産性向上へ向けた取り組みを紹介した上で、共同輸送やAIなどテクノロジーを活用したバリューチェーンの効率化が鍵となるとの考えを示した。
日本経済のボトルネック 共同輸送やAI活用に活路
《産業別労働生産性水準の国際比較によると、日本の運輸・郵便の労働生産性水準を100とした時、米国のそれは210、仏は151、独は117で、日本の物流業界の生産性は諸外国と比べて低い。物流が効率的に行われないと、第一次産業、第二次産業の生産効率が向上しても、その生産性向上の効果は発揮されない。物流が経済全体の生産性向上のボトルネックになるかもしれないという危惧が生まれている》
さらに、EC(電子商取引)の成長が労働力不足を加速させています。宅配便の取扱個数とECの市場規模は、どちらも右肩上がりに上昇しています。また、貨物が小口軽量化しているほか、積載効率も低下してきています。高頻度配送に対応するため、必ずしも十分荷物を積んでいないトラックでも荷物を運ばなければならないからだと考えられます。
こうした環境変化は、排ガスなどを通じて、環境問題を生み出す上に、物流企業の経営を圧迫します。貨物自動車運送事業者を例に見てみると、事業者の総数は1990年代半ばから増加し続け、2007年に5万7672業者でピークとなり、それ以降は微減です。
101車両以上を抱える大規模事業者数はわずかに増加していますが、100車両以下の小・中規模の事業者数は減少しています。
1社当たりの営業収益は、どの規模の事業者でも増加していますが、利益率は低くなっています。営業収益に占める人件費の割合は4割を占め、トラックドライバー不足に対応するための賃上げが利益を圧迫していると考えられます。
《貨物の小口化・多頻度化などに対応し、環境負荷の低減および省力化に資するために、輸送網の集約、輸配送の共同化、モーダルシフトといった取り組みに対して支援を行うことを定めた「流通業務の総合化及び効率化の促進に関する法律(物流総合効率化法)」が2005年に施行された。16年には、労働力不足対応であることを明記して、より多様な取り組みが支援されるように改正された》
例えば、2019年3月、ヤマト運輸、西濃運輸、日本通運、日本郵便による取り組みでは、関東と関西の間を結ぶ宅配貨物などの幹線輸送において、25メートルダブル連結を活用した共同輸送が認定されました。
ヤマト運輸以外の各社のトラックがヤマト運輸厚木ゲートウェイに集結し、ヤマト運輸のトレーラーを連結して、幹線446キロメートルを共同運行し、ヤマト運輸関西ゲートウェイでトレーラーを解放して各社輸送拠点に運びます。これによって、ドライバー運転時間を年9157時間(46%)削減する効果が見込まれています。
メーカーの間でも、共同配送の取り組みが本格化しつつあります。特に物流に対する要求が過酷であるといわれる食品の分野では、メーカーが卸や小売りに対して注文単位を大きくしてもらい、積載率の向上、配送頻度の低下に取り組んでいます。
《ICTを活用して、トラックのシェアリングを行い、積載効率を高めようという動きもみられる》
ラクスルが運営する物流シェアリングプラットフォーム「ハコベル事業」が新たに始めたトラックのシェアリングを促すシステム「ハコベルコネクト」には、ハマキョウレックスやコクヨロジテムといった運送会社が参加を表明しました。
運送会社は各社が登録した受注情報や空車情報を共有でき、運転手や車両が足りない場合に別の運送会社に配送を委託することができます。荷台が空いていれば、他社の荷物を載せることもできます。ラクスルが自社の運送業者に導入したところ、稼働率、積載効率が改善し、運転手一人当たりの売上高が業界平均に比べて5割増しになったといいます。
トラックをより多くの企業の間でシェアリングし、さらにより良い輸送計画を各社に提案するには、発注者と受注者の双方にメリットとなる取引相手・取引条件を速やかに発見できなければなりません。
これを実現するための技術開発に関しては、新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)の公募事業に採用された、日本電気、沖電気工業、豊田通商のほか、大学とNEDOの共同プロジェクト「AI間連携基盤技術」に注目しています。
バリューチェーン上の製造システム、物流システムを稼働させている各企業がそれぞれエージェントとなるAIを持ち、これらのAIが協調・連携動作を行うことで、バリューチェーンの効率化・柔軟化を可能にさせる技術です。
これにより、単に荷物と空きトラックをマッチングするだけでなく、何を誰がどこからどこを通って運ぶのが最適かを示す効率の良い配送計画を提示できます。
《メーカーの工場、輸送ターミナル、物流センターなどにおける荷役、ピッキングといった作業における人手不足や作業量の増大に対応する自動倉庫などのイノベーションの取り組みが進んでいる。また、幹線輸送後の「ラストワンマイル」の配送でも、テクノロジーの活用による無人化も検討されている》
ダイフクが日本電気、安川電機と共同開発した東邦薬品向けの「医薬品物流センター高度化ロボットシステム」は、画像処理技術によって対象となる品物を特定するなど、高い能力の自動ピッキングを実現しています。5Gの導入により、リアルタイムで現場の映像データを送信して稼働状況をタイムリーに把握することで、倉庫、物流センターの生産性向上が実現できるといわれています。
また、ラストワンマイルに関しては、自動走行ロボット(UGV)やドローンの活用が検討されています。UGVの活用については、経済産業省、国土交通省を中心に官民協議会が立ち上がっていて、楽天が横須賀市のうみかぜ公園で実証実験を行い、バーベキューの材料などの配送を手掛けています。
島嶼部や山間部では、ドローンによる配送が検討され、一部実現しています。人口が集中していない地域では、無人配送車よりもドローン配送のほうが使い勝手が良いとされ、過疎地に住む高齢者の買い物や、災害発生時の陸上物流の遮断対策としても期待されています。
日本は厳しい規制があるため、こうした生産性向上の取り組みがなかなか進みません。さらに、大手企業などでも「規制があるので何もできない」という思い込みや決め込みによる思考停止に陥っている面も否めません。物流は本質的に多様な経済主体が関わります。協調を保つための仕組みを持たないと、個々の主体の努力だけでは全体の生産性向上を実現するのは難しいと言えます。主体間の協調と安全性確保、そして生産性向上のバランスをうまく取ることが大事になると思います。
*2021年2月3日取材。所属・役職は取材当時。