論争「生産性白書」:【語る】相原 康伸 連合事務局長

連合の相原康伸事務局長は、生産性新聞のインタビューに応じ、日本生産性本部が「生産性白書」を発刊し、生産性運動の再起動を宣言したことに関連し、「生産性運動を強者の論理で進めてはいけない。今風に言えば、誰一人取り残してはならない」と述べ、非正規社員、フリーランス、学生などを含む多様な立場の働く人たちを巻き込んだ社会運動として推進していくべきとの考えを示した。

生産性運動 全員で再起動 労働組合もバージョンアップ

相原 康伸 連合事務局長
相原氏は「日本生産性本部が生産性運動を『再起動』すると宣言したことは時宜を得た表現だ。生産性運動三原則の重要性を今こそ再評価すべきだが、グローバル化やデジタル化など働く人たちの経営の環境も様変わりしており、時代に対応した運動へとリメイクすることが求められている」と述べた。

リメイクする際に最も重要な視点としては、生産性運動に参加する人たちのすそ野を広げていくことだという。生活する地域や経済環境、性差などの違いに関係なく、自らの成長を志す人たちが生産性運動に参加できるように門戸を広げる必要性を指摘した。

相原氏は「正規雇用・非正規雇用など雇用契約の違いによって、生産性運動のプラットフォームに乗れる人と、乗れない人との差が出てくるのは、国民運動として推進する上で好ましいとは言えない。再起動にあたっては、この点をしっかり再点検しなければならない」と話す。

生産性運動へ全員参加を促す活動は、労働組合が取り組んでいる「経済格差」や「あいまいな雇用」の問題と共通している。相原氏は、生産性運動の再起動を機に、労働組合自身もリメイクし、バージョンアップする必要性を自覚している。引き続き、労使関係を軸に運動の中心的な役割を果たすとともに、全員参加の土台をつくる役割についても、主体的に取り組むべきとの考えを示した。

さらに、新型コロナウイルスの感染拡大で浮き彫りになった非正規社員などに対するセーフティネットの重要性についても触れ、「雇用契約が切れたときに、自分の腕を磨き直すことやスキルをチェンジできる仕掛けをセーフティネットとして強烈に埋め込む必要がある」と指摘した。

こうした職業訓練プログラムの充実は、コロナ禍で指摘された日本社会のデジタルトランスフォーメーション(DX)を推進させるための人材育成としても有効性を指摘する声が多い。相原氏は「日本の競争力を維持・向上させるための積極的な政策として実施すべきであり、財源についての議論は大いに進めるべきだ」と述べた。

さらに、取引先に対する一方的なコストダウンや短納期の要求などによる「生産性向上の罠」に陥ることは、「生産性運動を負の連鎖へと導く危険性がある」と指摘。再起動を機に、サプライチェーンを通して付加価値を積み上げていくプラスの連鎖を生み出す発想への転換と、生産性運動の新展開について期待感を表明した。

相原氏は「生産性運動は生産性『向上』運動ではない。単なる効率を上げるだけの運動ならば、今ほど社会に根付き、定着することはなかったはずだ。生産性運動に何らかの形でかかわれることが、その人の人生にとって大変有益であり、社会的な公共財としての価値を持っている」と話した。

(以下インタビュー詳細)

労使の枠を超えた生産性運動へ 復帰促す安全網の整備を

生産性新聞の復刻創刊号を読んだが、オープンな形で生産性論争を繰り広げていて、国民の参加を求めながら、新しい時代の扉を開いたことを再認識した。日本生産性本部が65周年を迎えたのを機に「生産性白書」を初めて発刊し、生産性運動を再起動すると宣言したことは、生産性運動を正しく理解してもらい、国民運動として推進しようという強い意気込みが感じられ、関係者の努力に敬意を表する。

日本社会は効率的、効果的、もしくは合理的に物事を運ぶことで強靭さを築き上げ、その基盤のもとに成長・発展を成し遂げてきた。併せて、職場で働く人たちも同じく効率的・効果的・合理的な手法で改善に努めてきた。この生産性運動のモデルは今でも正しいと思っている。

ただ、生産性運動を再起動するにあたっては、時代の流れに対応しているかどうかを再点検しなければならない。運動に参加できる人たちを選別したり、制限や制約を設けたりしていないか。また、これから社会に出る人たちに対しても、「生産性運動は意味がある」と理解してもらう努力をしているのか。できるだけ多くの人たちを巻き込むことができてこそ、生産性運動が広く支持され、社会を変える原動力となる。

日々の営みの中で付加価値を高める人々の努力が生産性運動の根底にある。その成果を多くの人たちに再配分し、最終的には雇用を増やし、質の高い雇用を生み出していくことが、社会の安定を図るうえでは極めて重要だ。生産性運動には多様な人たちの参加が必要で、参加者一人ひとりが主役になるべきなのだ。

「あいまいな雇用」是正を


運動への全員参加を阻んでいるものに、「あいまいな雇用」を放置してきた日本の雇用システムがある。雇用契約の違いによって、さまざまな格差が生み出されていることは周知の事実だったが、コロナ禍でその問題が大きくあぶりだされた。

生産性運動の再起動にあたって、多くの人たちに参加してもらおうとしても、多様な人々を受け入れる十分な土台が社会に根付いていないとすれば、この運動は荒唐無稽になってしまいかねない。

この機会に「誰が参加できるのか」「どういう参加条件になっているのか」をチェックすべきだ。「あいまいな雇用」がもたらす「ダークサイド」を消し去る努力なしに、生産性運動の輝きが増すことはない。

生産性運動の再起動にあたり、労働組合もバージョンアップをしていく必要があると考えている。労使関係の枠組みから外れた人たちも利用できるセーフティネットが効いた社会の構築を目指し、労働組合が主体的に働きかけていくことが求められている。

コロナ禍ではっきりしたことは、労使の関係に守られていない人たちは十分な社会的な保護を受けられない現実があることである。労働組合は労使関係の枠の上の中で生産性運動を考えてきたが、もはやこの枠の中だけでの生産性運動は限界を迎えている。

労働組合は、労使の関係で生産性運動を積み上げていく主体であり、かつ、そのほかの働く人たちも生産性運動に参加できる状況をつくっていくことにも、主体的にかかわっていかなければならない。

働くことに対して自分の意志があり、実際に働こうとする人たちにとって、その場所が確保されるのかどうか。まずは、その原点からつくっていかなければならない。働く意思があっても場所に恵まれない、働き先の労働環境が良くないといった問題に向き合い、多様な働く人たちが生産性運動へと参加できる状況をつくっていくことが重要だ。

連合の組合員は700万人を数えるが、日本の労働組合の組織率は約17%。残りの8割の働く人たちに生産性運動に参加してもらうには、労使関係を提供し、労働組合をつくってもらう方法と、労使関係に基づかないが、生産性運動に参加してもらう方法があり、既存の労働組合がバックアップしていくことが必要になってくるだろう。

「あいまいな雇用」の中で働く人たちに、まずは法律によって守られる環境を確保する必要がある。仮に雇用契約がなくなったときに、生活保護の申請に行く手前で、多層のセーフティネットが社会に張られている状況をつくる必要がある。

雇用契約が切れてしまった際に、セーフティネットに乗っかって、もう一度、働く場の最前線に立つためのスキルを身に付けるリトレーニングの場を提供することが重要だ。こうした柔軟性を持った社会を実現することを含めて、生産性運動のベースラインに位置付けなければならない。

社会対話で社会を動かす


セーフティネットの議論をすると、社会政策的に「弱者を守る」という意味合いで理解されることが多い。しかし、デジタル化、グローバル化が進む複雑な社会の中で、誰もが再チャレンジの機会を持てることは、日本の競争力を維持・向上していくための積極的な政策ととらえるべきなのだ。

コロナ禍で「ソーシャルディスタンス」という言葉が社会に浸透した。私たちが労働運動で使ってきた「ソーシャルダイアログ(社会対話)」の重要性も今後、訴えていきたい。社会対話を通じて、より良い明日をどうつくるか、そのためにはどういうアプローチがあるのかについて、対話を重ねていくことが求められており、生産性運動がその対話のためのプラットフォームになると理解している。

それぞれ立場が違い、向かう方向も少しずつ角度が付いていたとしても、生産性運動に参加する人たちが社会対話を通じて、一つの合意を求めていく作業が、健全な産業を育成し、発展させ、社会を動かすエネルギーになると信じている。

もちろん、生産性運動のプラットフォームだけで産業が成り立つはずもなく、日本全国の仲間たち、さらにアジア各国の仲間たちや世界全体の仲間たちに対しても、生産性運動のアウトプットを示し、運動の趣旨を正しく理解してもらうことが重要になる。

というのも、生産性運動に対する誤解を持っている人は、海外には少なくない。「働く人たちから搾取するのか、それを正当化する何らかの理由づけのための運動ではないか」など、生産性運動を逆から見て、相当ネガティブな考え方や批判をする人もいる。

「生産性運動」はある意味、マジックワードで三原則を唱えていると、なんとなく世の中が良くなりそうな気がするものだ。しかし、生産性白書で指摘したように、デジタル技術を使えば生産性の新しい指標を開発できるはずで、近い将来はそれを使って労使が対話できるようになることを望んでいる。

日本の生産性運動は、65年の歴史を積み上げ、社会へ定着し、一定の高みへと到達することができたことは胸を張っても良い。しかし、今回、日本生産性本部が白書を刊行し、改めて仕切り直しを宣言したことは、現状の生産性運動が抱える課題の大きさと言い換えることができる。

そして、その問題点を正面から見据え、再起動に踏み切ったことには共感するし、生産性運動に対する強い情熱や決意、エネルギーであると受け止めている。大いに期待しているし、私たちも積極的に参画していくつもりだ。

*2021年3月1日取材。所属・役職は取材当時。

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