コロナ危機に克つ:「にんべん」のコロナ禍における販売戦略

顧客動向の分析強化 マーケティングに取り込む


鰹節やだしなどを手掛ける、にんべんは、新型コロナウイルスの感染拡大による市場の変化に対応し、インターネットを活用したEC販売やマーケティングを一段と強化する方針を明らかにした。

コロナ禍がもたらした消費者の新しい行動様式に伴う需要の変化に関して、髙津伊兵衛社長は「コロナ禍で消費者の食べる場所が変化したが、食品全体の市場のボリュームが減ったわけではない。売上高としては前年をとらえている状況で、今後は市場動向に対応した資源の配分が課題になる」と話す。

にんべんの事業では、消費者が家庭内で食べる頻度が増えたことに伴い、スーパーマーケットの需要が増えた。一方で、在宅勤務や郊外のサテライトオフィスなどでのテレワークが増加しているため、都心の百貨店や商業施設に立地する直営店舗の業績は落ち込んだ。

また、和食レストランや学校給食向けの業務用食品も、2度の緊急事態宣言に伴う外食産業の営業自粛や、昨年の学校の休校や、今も続く短縮授業などの影響を受け、厳しい業績が続いている。

髙津社長は「郊外の自宅周辺で過ごす時間が長くなり、そこでの食の需要は堅調だ。当社も、新たな行動様式になじむ消費者に寄り添っていかなければならない」と述べ、消費者にダイレクトな接点を持てるEC販売をさらに強化していく方針を示した。

同社のECは、楽天などのインターネットショッピングモールに出店する一方、自社サイトでもマーケティングを展開している。コロナ以前も前年比110~120%の伸びを示し、コロナ禍では140%の販売増を示す月もあるという。

「スーパーなどで販売する大容量の徳用商品よりも、ECでは、付加価値を付けた、価値の伝わりやすいプレミアム商品の方が売れている」(髙津社長)という。

にんべんでは、ECで食品の買い物をする傾向は今後も強まるとみて、データによる顧客動向の分析やインターネットを活用したマーケティングの強化に乗り出している。

具体的には、マーケティングリサーチ会社からデータを購入したり、小売りのPOSレジの情報などを活用し、「つゆ」や「ふりかけ」といったカテゴリーごとに市場の傾向を分析している。今後、ECでも購買層を分析するなどの方法で、マーケティング戦略に落とし込む取り組みを強化する。

また、昨年秋にはホームページをリニューアルし、料理レシピなど、ユーザーが関心を持って楽しめるコンテンツを強化した。にんべんの商品の魅力を伝えるために動画コンテンツなども増やしていく方針だ。

髙津社長は「お客様と触れ合う場所は、リアルかオンラインかの二者択一ではなく、ますます多様化の傾向が強くなるだろう。商品の魅力を伝える取り組みもリアルの店舗での説明や実演だけでなく、さまざまなSNSを使ったマーケティングの取り組みにも力を入れていきたい」と話している。

顧客層の変化 元禄から対応
にんべん 髙津伊兵衛社長に聞く


1699年(元禄12年)創業のにんべんは、長い歴史の中でいくつもの危機を経験してきた。13代目の髙津伊兵衛社長にコロナ禍を乗り切るための心得を聞いた。

髙津 伊兵衛 にんべん社長

――新型コロナウイルスの感染拡大が発生した時に、何を考えたか

「1996年に入社し、静岡工場、生産、営業、人事、総務、副社長を経て2009年に社長を継承しました。今回のコロナ危機は、これまで経験した会社の危機と次元が違い、人類の危機です。当初は、ウイルスに感染したら、誰もが死ぬかもしれないという恐怖すらありました。人間として生き残れるのか、という今までにないインパクトでした」


――320年以上も続く会社の歴史の中で、同様の危機はあったか

「歴代の経営者が残した日記を読んでいると、疫病の流行を記す記述が何度も出てきます。例えば、『安永二年、疫病がはやる』と書いてあります。はしかの流行など、同じような状況は頻繁にありました。それでも、人類の営みは今も続いています。ワクチンや治療薬、特効薬が普及するまでは不安ですが、新型コロナウイルスにいつまでも振り回され、人類が滅亡してしまうといった感じは薄らいできています」

――従業員の不安はどうか

「テレワークができる業務の従業員には、できるだけテレワークを行うようにお願いしています。アクリル板によるパーテーションやアルコール消毒、マスク着用、体温の入力・報告など感染対策は徹底していますが、店舗関係の従業員はテレワークが難しいので不安を感じていると思います。施設側や得意先などと交渉し、できるだけ営業時間の短縮をお願いしています。それによって、シフト上で余裕が出た場合は、自宅待機扱いで出勤を抑えています。根本的な解決策にはなりませんが、2回目の緊急事態宣言に対応し、店舗勤務者を対象にリスク手当を支給しています」


――ニューノーマルの行動変容で、消費者の行動が変わっている

「にんべんの歴史を振り返ると、お客様が変わってしまうようなケースは珍しくありません。創業者は、武家屋敷の御用達として、参勤交代で江戸に来る武士階級の人達に向けた商売で成功を収めました。しかし、次第に武家の力が衰え、財政がひっ迫してきて、お金を払ってもらえない状態に陥った時期もあったようです。そういう時に、新たに江戸の町民相手に商売を始めています。今でいうBtoCのビジネスです。武家屋敷向けよりも、小さい単位の商売になりますが、町民の数は多いので、安定性はあります。武家の需要だけに頼ったビジネスモデルからの転換で、危機を乗り越えたわけです。要は、新しいお客様を見つけて、お客様に寄り添っていくことが大事であるということです」


――明治37(1904)年の「取り付け騒動」はどんなことがあったのか

「にんべんの経営が危ないのではないかという中傷記事が出た騒動のことで、今でいうフェイクニュースに振り回されました。この記事に扇動された数千人もの群衆が、にんべんの店へ商品切手を持って押しかけ、日本橋の交通はストップし、行列は翌日まで続きましたが、同業者や魚河岸の応援を得て全力で現物を取り寄せた結果、1日で5万4000枚もの商品切手をすべて現品に引き換えました。3日目にやってきた人は、鰹節の山を見て安心して帰ったといわれています。交換に際しては、上質品のみを量目以上に渡したため、この事件はかえって、にんべんの信用を不動のものとし、翌38年まで商品切手は爆発的に売れました」


――コロナ禍によって、海外展開は足踏みだ

「鰹節やだしの文化を広く世界へと伝えていくことは、にんべんが近年注力していることです。『祖業から離れない』ことを基本に商売を続けてきたにんべんだからこそできる、本格的な鰹節文化の発信を海外に向けて進めていく狙いです。羽田空港第3(国際線)ターミナルに出店しましたが、国際線の便数回復の見込みがなく、休業しています。海外に渡航しての営業活動もストップしていますが、輸出部門は1回目の緊急事態宣言時を底に、前年比94%まで戻ってきました。法人向けの日系、外資系小売店向けやペットフード向けが堅調で、外食の業務用向けも少しずつ動き出しています他の仕事があっても、忙しくても、社長自らが率先垂範してやり通したいと考えています」

*2021年2月12日取材。所属・役職は取材当時。

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