論争「生産性白書」:【焦点】グローバルバリューチェーンと生産性

生産性白書小委員会のメンバーの一人で、学習院大学教授の乾友彦氏は、生産性新聞のインタビューに応じ、自身が執筆を担当した生産性白書第2部第5章第2節「グローバルバリューチェーン(GVC)と生産性」について解説した。日本企業の国際競争力向上の手段の一つとして、世界的なレベルのサプライチェーンへ積極的に参加し、グローバル市場での情報収集力を向上させることが必要だとの考えを示した。

サプライチェーンに積極参加 情報収集力をアップ

《ICTの発展や貿易コストの低下、モジュール化技術の発展を通じたコーディネーションコストの減少が、国際的な工程分業を可能とした。多国籍企業が、対外直接投資を通じて世界レベルで生産性効率の最適化を図ったことが、GVCを進展させる推進力となっている》

乾 友彦 生産性白書小委員会メンバー/
学習院大学教授
iPhoneを展開する米アップルが、GVCを競争力向上につなげた典型例と言えます。iPhoneの価値は、世界中で創り出された価値の合計です。中間製品を日本、韓国、台湾、EUの企業から調達し、完成品を中国で組み立てて輸出しています。本社の米国ではデザインや設計、マーケティングの工程に特化し、高い収益率の確保に成功しています。

iPhoneの完成品を組み立てる中国は、生産台数は多いはずですが、GVCの中で完成品の組み立て工程の利益率は高くなく、利益の多くが米国に集まる仕組みになっています。

GVCへの参加には、二つの側面があります。ひとつは、自国の輸出における川下での国際的サプライチェーンの参加(後方への参加)、もうひとつは、外国の輸出における川上での国際的サプライチェーンの参加(前方への参加)です。

日本は、2005年から2015年までの期間、特に後方参加率(自国の総輸出に含まれる国外からの付加価値の割合)を上昇させて、世界のGVCの深化に寄与しています。前方参加率(外国の総輸出に含まれる自国の付加価値の自国の総輸出に対する割合)は他国と比べて高く、部品供給などを通じた世界の輸出産業における川上部門(前方参加)での役割が大きいと言えます。

後方参加率を産業別にみると、自動車が最も高く、機械器具、一次金属、化学製品、電子計算機・電子・光学製品、電気機器などが続きます。05年と15年を比較すると、後方参加率はほとんどすべての産業で上昇しています。

日本の産業界は、企業城下町として発展してきた歴史的経緯があり、対面の打ち合わせにより、すり合わせができることが強みで、産業集積を生かした垂直統合型のビジネスモデルで競争力を高めました。しかし、国際分業化の時代に入ると、従来の戦略ではグローバル競争に勝ち残れなくなりました。自前主義を改め、海外からの調達を高めることを通じて、競争力を維持・向上させる戦略への転換に取り組む必要があります。


《GVCへの参加が、生産の最適化に寄与し、生産性の向上に結び付くことや、海外からの中間投入から技術を吸収すること、マーケットの拡大などを通じて生産性が改善することの研究が進む。また、多国籍企業がGVCの中心的役割を果たすので、多国籍企業を通じた知識スピルオーバー効果が期待できるなどの効果がある》


チリの貿易自由化で、海外の輸入競争圧力が高まり、経済全体の生産性が改善したことも報告されています。海外からの競争圧力の増加で生産効率の低い工場が市場から退出する一方、生産効率の高い工場が生産を増加させて市場でのシェアを拡大し、経済全体の資源配分の効率化が達成され生産性が高まるというメカニズムです。

日本の企業、事業所のデータを使用して調査すると、国際調達が生産性にプラスの効果があることもわかってきました。地域別では北米、欧州といった先進国からの中間財の輸入が生産性に与える効果が認められる一方、中国からの中間財の輸入にはその効果を見出せていません。中間財の国際調達が生産性に影響を与えるのは、技術のスピルオーバー効果の可能性が高いものと考えられます。

OECD加盟国に関し、産業のGVCの参加度と生産性の関係を検証した研究報告によると、製造業では後方参加率の上昇が生産性を向上させる一方、サービス産業では、生産性の高い相手国との後方及び前方参加率の上昇が生産性にプラスの効果があるようです。

また貿易相手国の特徴をみると、製造業の場合は、生産性の高い相手国との後方参加率の上昇、サービス産業の場合は生産性の高い相手国との後方および前方参加率の上昇が生産性にプラスであるとの指摘もされています。


《GVC全体の中での各国・各産業の相対的な位置づけに注目する研究では、ネットワーク中心性の指標を用いることで、各国の各産業が中間財の国際的な貿易ネットワーク上の中心に位置しているか、周辺に位置しているかを定量化する手法を提案している》


多くの産業と取引があり、かつ、中心性の高い外国の産業と取引があり、さらに、取引相手の産業にとって重要な取引関係がある場合、その産業のネットワーク中心性は高くなります。

日本の後方連関ネットワークと前方連関ネットワークの両者の中心性を見ると、中心的な地位から周辺的な地位に移行しています。後方連関ネットワークの中心性の低下幅が大きい産業は順に、電子計算機・電子・光学製品、その他の機械器具、自動車。前方連関ネットワークの中心性については卸・小売業、電子計算機・電子・光学製品、運輸業の順で低下しています。

日本はGVCへの後方参加率を上昇させる一方、その位置は中心的から周辺的な位置へと移行しています。より中心的位置にある方が、さまざまな情報等に接する機会が増え、生産性にプラスの影響があることが指摘されています。

中心性の低下が生産性の低下に結びつく可能性も考えられますが、一方で、日本の中心性の低下は、中国などへ生産体制がシフトして、国際的な分業が進展した結果でもあります。

これによって、分業による生産性の上昇効果も期待できるので、プラス効果とマイナス効果の両方があり、日本全体としてマイナスの影響になるとは限りません。


《日本からの輸出品の中間製品を国際的な調達に切り替えてGVCの参加を促進すれば、その製品を販売してきた国内企業にとってはマイナスの影響の可能性がある。しかし、経済全体にとっては、競争圧力が資源配分の改善を通じて生産性を向上させるメリットがあると指摘されている》


国際競争力を維持してきた自動車産業ですら、従来のビジネスモデルの転換を迫られています。それは、取引先との緊密な連携、すり合わせが必要だったガソリン車から、様々な部品を調達してきて製造する電気自動車などのエコカーへと市場が大きく変わろうとしているからです。電気自動車メーカーは、航空機メーカーのボーイング社のように世界から最適な部品を調達し、GVCを活用した収益モデルを構築していく必要があると思います。

日本は、他の国で作る製品のGVCに前方参加していますが、後方参加はやや遅れています。米国はさまざまな部品を安く買って作るほうが合理的なので、後方参加が進んでいます。日本も、自国の特徴を踏まえたGVCへの参加によって、より多くの国とつながり、マーケットのニーズと技術のシーズに関する情報を入手し、生産性向上へと結び付けていくことが求められています。

*2021年2月16日取材。所属・役職は取材当時。

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