コロナ危機に克つ:「千疋屋総本店」のブランディング戦略

オンラインギフトカード 新提案型、販売順調


老舗果物専門店の千疋屋総本店は、新型コロナウイルスの感染拡大に対応し、社内全体のデジタル化推進プロジェクトを立ち上げたほか、オンラインギフトカードの発行などEC事業の強化に乗り出している。また、「ブランド・リヴァイタル・プロジェクト」も強化しており、ポスト・コロナに勝ち残るためのブランド力の維持・向上を目指す。

同社のEC事業の取り組みは、楽天市場やヤフーショッピングの初期のころから取り組みを始めるなど、動きは早かった。一方で、経済団体などで生産性向上のため、デジタル化による生産設備の効率化の必要性が叫ばれていたこともあり、2020年4月の緊急事態宣言発令を受けて、ECの取引増大に対応する事務処理能力の向上を目指して「全社デジタル化推進プロジェクト」を立ち上げた。

最初の緊急事態宣言中には、週末の都心への外出の自粛が呼び掛けられたほか、百貨店なども食品街を除き閉店していたため、人通りが激減した。テレワークで自宅勤務者が増えたため、ECによる販売が前年同期比で倍増したという。

デジタル化推進プロジェクトでは、テレワークの増大やECの取扱件数の急増を受けて事務処理能力の向上が喫緊の課題となったほか、今まででもすでに多忙だったEC業務が、コロナ禍で事務負担も重くなり、サーバーの強化やシステムの全面的な見直しに踏み切った。

コロナ禍でオンラインギフトカードがヒットし、デジタル化の波に乗って順調に伸びている。これは、千疋屋総本店が提案する新しいギフトの形で、購入したギフトカードとフルーツまたはアイスクリームギフト1点を専用ウェブページで引き換えられる仕組みだ。

公式オンラインストアと日本橋本店でのみ販売している限定商品。品物のラインナップは、千疋屋総本店の代名詞「マスクメロン」をはじめとした季節ごとの味わい深い旬のフルーツか、果実の素材を生かしたアイスクリームやシャーベットを用意している。贈られた方が都合の良いタイミングで好きな商品を受け取れる。

6代目の大島博社長は大学卒業後、海外で勉強を重ねて同社に入店した。「5代目の後ろ姿を見ながら、千疋屋の歴史の重みやのれんの意味について学んだ」という。「コロナ禍は1998年に社長に就任後に訪れた最大の危機」と話し、デジタル化の推進と合わせ、ブランド力の維持・向上に力を入れている。

時代に即した千疋屋総本店に進化させることが必要と決意して立ち上げた「ブランド・リヴァイタル・プロジェクト」は、10年サイクルでブランド力のブラッシュアップに取り組むプロジェクトだ。 これまで、プロジェクトの一環としてロゴマークの一新などを行った。先代からの「デーメテール」のモチーフを残し、より女性的で洗練されたマークへとシンボライズしたほか、馴染み深い「千疋屋総本店」の和文ロゴタイプを、よりスマートなデザインに変更した。

大島社長は「コロナ禍など不確実性が高くなる中で、付加価値を高めて勝負していくことが一段と重要になっている。ブランド力が命であり、今後もその重要性は高まる。これまで取り組んできたブランディング経営をさらに強化していく」と意欲を示している。

奢らず、焦らず、欲張らず
千疋屋総本店 大島博社長に聞く


千疋屋総本店は1834年創業の老舗高級フルーツ店で、京橋の京橋千疋屋、銀座の銀座千疋屋にのれん分けし、3社で「千疋屋」ブランドを展開している。千疋屋総本店の6代目社長、大島博氏にコロナ危機への対応やポスト・コロナへ向けた経営戦略などを聞いた。

大島 博 千疋屋総本店社長

――コロナ危機による経営への打撃は

「生鮮食品は、地球温暖化の影響で気候変動が激しくなり、最近2~3年は食材が高騰している。2019年秋に消費税増税が行われ、景気のムードが下向きへと変わる中で、コロナのパンデミックが起こった。2020年4月からの緊急事態宣言中の営業はインターネット販売や電話注文に限った。大手企業がテレワークへの移行を進めた結果、都心のオフィス地域は今でも人が少ない。都心部の販売は減り、特に飲食事業は大きな打撃を受けている」


――コロナ禍でデジタル化の推進に踏み切った

「これまでもデジタル化の推進は大きな経営課題のひとつだったが、コロナ禍でデジタル化の加速は喫緊の課題となった。緊急事態宣言をきっかけに、消費者のECでの買い物が増え、ギフトもECを活用する人が急増している。緊急事態宣言が発令されるとECの増加と自社社員のテレワークの増加で事務処理はパンク状態に陥った。社内全体のデジタル化推進プロジェクトを立ち上げ、システムの入れ替えなどに取り組んだ。オンラインギフトカードが好調で、インスタグラムなどのSNSを活用したマーケティングなどが効果を上げている」」

――Go Toトラベルキャンペーン中と、その後の2回目の緊急事態宣言の影響は

「キャンペーン利用者はクーポンを利用できるので、駅のターミナルや空港などでの土産物販売が戻ってきた。その後、感染拡大が再燃し、2回目の緊急事態宣言へと突入するなどアップダウンの激しい経営を迫られている。2回目の緊急事態宣言中は、夜の外食を制限することが感染防止に効果的であるとの考えが定着し、都心部の飲食事業は惨憺たる状況になった。本店のレストランではコース料理を出していたが、午後8時の閉店となると、午後6時から食事を始めても慌ただしくなってしまうので、ディナー用の仕込みを止め、午後6時閉店とした。コロナ禍が落ち着いても、飲食がコロナ前まで戻ることは期待できない」


――インバウンド(訪日外国人観光客)減少の影響は

「正確にはわからないが、感覚的にはコロナ前は2割程度がインバウンド需要であったのではないか。当面、インバウンド需要は期待できないので、影響は大きい」


――千疋屋の歴史の中で、コロナ危機のインパクトは

「千疋屋が誕生した江戸時代後期は、天候不順による飢餓や物価の高騰などが起きる不安定で厳しい世情にあった。武蔵の国埼玉郡千疋村(現在の埼玉県越谷市)で大島流の槍術の道場を開いていた千疋屋の創業者も例外ではなく、生計を立てるために、新しい事業を模索し、千疋村界隈で採れる農作物を搬水路で江戸へ運んで商売したのが、千疋屋のルーツとなる。幕末に創業し、明治維新では、徳川家御用達だったビジネスの対応に苦心し、のれん分けして、京橋千疋屋を宮内庁向けに展開したと聞いている。関東大震災では洋館建ての本社が倒壊し、太平洋戦争でも、戦禍で5年くらい商売ができなかった。父の代では、高度成長期にギフト最盛期だったのが、バブルの崩壊などで急速に収縮し、法人需要がガタ落ちになった。私が経営を引き継いだ後、リーマンショックなどがあったが、それほど大きな打撃はなく、今回は最大の試練だ」


――苦難に陥った時の精神的な拠り所は

「もともとは道場を経営していた侍の家なので、謙虚さを重んじている。家訓として『奢らず、焦らず、欲張らず』と書いた色紙が残されている。コロナ危機に対しても、お客様からの信頼を得られるように、お客様のニーズに向き合い、デジタル化によって効率化と生産性を高め、奢らず焦らずに対応する」

*2021年2月15日取材。所属・役職は取材当時。

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