企業経営の新視点~生産性の日米独ベンチマーキングからの学び⑫

第12回 Society 5.0の実現へ 自前主義から脱却する必要

三菱電機の山西健一郎特別顧問は、生産性新聞の連載企画「企業経営の新視点」のインタビューにおいて、Society 5.0を実現し、社会課題を解決していくには日本企業は自前主義から脱却する必要があると述べた。また、海外に比べて遅れている、ニーズ志向の「戦略的研究開発」を推進するためには、企業と大学の連携を強化していくことが重要だと強調した。インタビューの概要は以下の通り。

社会課題解決にはマーケットインの思想の浸透を


山西 健一郎 三菱電機特別顧問

日本では、サイバー空間(仮想空間)とフィジカル空間(現実空間)の融合や、「イノベーション・エコシステム」(行政、大学、研究機関、企業等が相互に関与し、絶え間なくイノベーションが創出される、生態系システムのような環境)の構築が十分に進んでいない。

それには様々な理由があるが、一つには、「Society 5.0」(サイバー空間とフィジカル空間を高度に融合させたシステムによって、経済発展と社会的課題の解決を両立する、人間中心の社会)が、社会実装には至っていないことが大きい。社会実装が進まないのは、それが社会課題の解決そのものだからだ。

従来から日本では、大学でも企業でもプロダクトアウトやシーズ志向が強いが、マーケットインやニーズ志向の発想でなければ、社会の課題は解決できない。GAFAでもBATでも、社会課題や人々が望んでいることを解決しており、そこにイノベーションがある。大きな社会課題を解決しようとしたら、自前主義では限界があるのは明らかだ。それをいまだに自前主義で何とかしようという発想自体を変えないといけない。

日本でSociety 5.0の社会実装を進めるには、「イノベーション・エコシステム」をつくっていくことが非常に重要だ。そうしたエコシステムはこれまで全くつくられていないわけではないが、どちらかというと大学中心の産学連携が強く、その多くはシーズ志向だ。限られた領域の中で技術を深掘りし、高いレベルを実現していく。これはこれで重要であるが、これだけでは十分とは言えない。

シーズ志向を「創発的研究開発」、ニーズ志向を「戦略的研究開発」と名付けるとすると、「創発的研究開発」では、大学が中心となって、国や企業が支援する。「戦略的研究開発」では企業が中心となり、そこに大学も入ってくる。こうした二通りの「イノベーション・エコシステム」を構築していく必要があると考える。

日本では、アメリカや中国などと比べて「戦略的研究開発」が非常に遅れている。背景には、企業と大学の連携が遅れていることがあるが、「戦略的研究開発」の実現においては、企業の経営者が先頭に立って、リーダーシップを発揮していく必要がある。

GXは日本に追い風


サイバー空間とフィジカル空間の融合に関して、日本ではいわゆるサイバー空間領域が遅れており、Society 5.0を実現するために、デジタルトランスフォーメーション(DX)に力を入れようと言ってきた。これは決して間違いではないが、世界ではサイバープラットフォームに利益が偏っており格差問題につながっている。フィジカルな世界に利益を分配する意味でもサイバー空間と融合させたプラットフォームづくりが重要になる。

最近の流れとして脱炭素化に向けた動きが加速している。政府が昨年12月に「グリーン成長戦略」を公表するなど、今後あらゆる産業で低炭素化、脱炭素化に向けた取り組みが加速されることが見込まれており、グリーントランスフォーメーション(GX)にも注目が集まっている。

GXは、どちらかというとフィジカル空間領域のもので、これは日本の得意な領域でもあり、日本にとっては非常に追い風になる。

DXとGXはまさにサイバーとフィジカルであり、両方を駆使することによって、Society 5.0の実現が近づく。そういう意味では、日本の「イノベーション・エコシステム」をつくっていく上でも、今は、非常にいい状態に向かっているのではないか。

高度なスペシャリスト=高度なゼネラリスト


これらを実現するためには、「高度なスペシャリスト=高度なゼネラリスト」を育てる必要がある。私は、高度なスペシャリストは高度なゼネラリストでもあると思っている。狭い専門性にとらわれていては、企業で力を発揮することはできない。一つの強い専門分野に加えて、その周辺も含めた幅広い知識や見識も持っている人を「高度なスペシャリスト」と呼ぶことができる。

そういう人が増えていけば、Society 5.0の実現といった社会課題解決に取り組む際に、いわゆる自前主義では限界があることはすぐにわかる。

崩す必要がある文系・理系区分


こうした「高度なスペシャリスト」を育成していくためには、学校教育から取り組んでいく必要があると思う。現在、私が問題意識をもっているのは、いわゆる文系理系の区分についてだ。私が理系だからというわけではないが、これを崩さないといけない。

日本は文系社会であり、例えば、現在、経団連の副会長をみても、理系は多いとは言えない。そうしたバランスを将来的には戻していく必要があると思うが、本当の意味での文理融合を若いときから実現していくことを考えなければならない。

様々な技術が進化するなかで、自ら新たな変化を生み出せる能力を持つ人材が求められているが、今、世界では、Science(科学)、Technology(技術)、Engineering(工学)、Arts(芸術・教養)、Mathematics(数学)を統合的に学習する、STEAM教育が注目されている。

様々な国で日本よりも規模の大きなSTEAM教育が実施されており、日本は後れを取っている。初等教育のときからSTEAMに興味を持たせる教育や、文理の壁をできるだけ少なくする教育がこれからは非常に重要になってくる。

産学の人材交流を


ドクター(博士号取得者)の変革・改革も必要だ。このままではますますドクターの数が減っていってしまう。ドクターを、ノーベル賞をねらうような研究コースと、企業で活躍するコースに分けることも必要ではないか。企業で活躍できる道が広がれば、そうしたコースを歩むドクターも増えていく。

産学交流については、企業からまず人事や経理財務などの人材を大学に派遣して、企業・大学双方を交流させることから始めれば、次第に研究者同士の交流にもつながっていくのではないか。また、「戦略的研究開発」の「イノベーション・エコシステム」をつくり、社会実装を目的としたエコシステムの中に大学の人達も入ってもらって、そこでそういう文化や考え方を身に付けてもらう。そうすることで、その領域の研究者はそれ以降、マーケットインやニーズ志向の発想に目を向けるようになる。徐々にそうした方向に大学も進んできたので、今後は大いに期待できる。

(日本生産性本部 国際連携室)

*2021年3月1日取材。所属・役職は取材当時。

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