論争「生産性白書」:【焦点】生産性測定の課題

生産性白書小委員会のメンバーの一人で、日本経済研究センター主任研究員の伊藤由樹子氏は、生産性新聞のインタビューに応じ、生産性白書第2部第6章の「生産性測定の課題」について解説した。デジタル化の進展によって、GDP(国内総生産)を超えた豊かさを測る指標の必要性について言及し、さまざまな経済厚生を測る指標を紹介した。

豊かさ指標、議論を GDP統計には限界も

《GDPは一国の経済規模を表す尺度として長く使われてきた。しかし、情報通信技術(ICT)をはじめとする技術革新により、GDPが経済全体の真の実力を示す指標としては不十分だという批判がある》


インターネット上で提供される無料サービスが増大し、シェアリングエコノミーも普及してきましたが、こうした状況をGDP統計は十分にとらえていない可能性が指摘されています。そうした計測の問題が、生産性上昇が停滞している一因ではないかという議論もあります。

GDPは市場での経済活動しか対象にしない点にも注意が必要です。言葉の意味を調べるために辞書を購入すればGDPは増加しますが、インターネット上の無料サービスを利用した場合はGDPに計上されません。デジタル化に伴う経済活動については、GDPに含まれるべきだが計測されないものと、定義上含まれないものを分けて考える必要があります。

市場で取引される財・サービスでは満たされない側面に豊かさを求める傾向が強まり、GDP統計と人々が感じる豊かさが乖離しているという指摘もあります。

GDPは、もともと生産を測る集計値で、厚生を測る指標ではありません。厚生の適当な尺度がなかったためにGDPを代用することもありました。しかし、GDPと豊かさは同じではなく、誤って用いるべきではないことも指摘されています。

《デジタル財・サービスには従来の財・サービスと異なる特徴があり、新しい形態の経済活動が生み出され、既存の統計方法では経済活動を補足しにくくなっている》


デジタル財・サービスの特徴の一つは、限界生産コストがほぼゼロということです。従来の財・サービスは、生産を追加的に増やすには、原材料や人件費などの費用がかかりますが、デジタル財・サービスは、追加的な費用をほとんどかけずに複製でき、生産や取引のコストも小さくて済みます。

また、デジタル財・サービスは保存や持ち運びが容易で、生産や消費を行う時間や場所の制約もありません。取引は容易に国境を越えて行われ、生産はグローバルなレベルで最適な場所を選んで行われます。

デジタル化の進展によって、経済活動のカタチが変化しました。企業が生産し、個人や企業が消費するという従来型のB to Cや、B to Bの取引に加え、個人が生産して、個人や企業が消費するというC to Cや、C to Bの取引が出現し、インターネット上の無料サービスやシェアリングエコノミーといった経済活動が国境を越えて急拡大しています。


《近年のインターネット上の無料サービスが普及して、GDPに計上されない財・サービスの規模の増大や環境問題の深刻化を背景として、経済厚生を計測する指標を検討すべきとの声が高まっている》


2008年にフランス政府が設立した「経済パフォーマンスと社会進歩の測定に関する委員会(スティグリッツ委員会)」は、社会と経済構造の変化に伴い、GDPと経済厚生の乖離は拡大しており、経済厚生と持続可能性を測定する統計システムを開発することを提案しています。

その際、現在の評価と持続可能性の評価を区別すべきと強調しています。経済厚生は多面的で少なくとも8次元(所得・消費・資産などの物質的な生活水準、健康、教育、個人的な活動、政治的発言やガバナンス、社会的つながりや関係、環境、経済面や身体面の不確実性)を考慮すべきとしています。

個人的な活動には労働も含まれ、労働の質に関する情報を集めることの重要性を述べ、非正規雇用の問題や雇用・賃金の男女格差、生涯学習、労働時間と残業時間、ワークライフバランスなど従業員満足度に関わる要素を例示しています。

チャールズ・I・ジョーンズ氏とピーター・J・クレノフ氏は、一国全体の経済厚生を、消費と余暇からの生涯効用として計測しています。生涯効用は、不平等も考慮した消費と余暇に加え、平均寿命を含めて算出されます。消費や余暇の不平等度が低かったり、長寿で消費期間が長かったりすると、経済厚生は高まることになります。

ブータンは国民総幸福量(GNH)を開発し、政策運営に活用していることで知られています。GNHを構成する要素は、心理的な幸福、健康、教育、文化の多様性と復元力、生物学的多様性と復元力、コミュニティの活力、良い統治、時間の使い方、生活水準です。

これら九つの指標をもとに、GNH指数と言う一つの指標を計算します。15歳以上人口に対する詳細なサンプル調査を行って数値化し、分野、地域、年齢別の幸福度の違いやそうなっている理由を把握するために使っています。

国連開発計画(UNDP)が発表している人間開発指数(HDI)は、健康、教育、所得と言う側面から、人間開発の平均的な達成度を測るために、集計データを一つの指標に統合して発表しており、「人間開発報告書2018」では、189カ国の比較が行えます。

OECDの「より良い暮らし指標(BLI)」は、暮らしにおける11の分野(住居、所得、雇用、コミュニティ、教育、環境、ガバナンス、健康、生活満足度、安全、ワークライフバランス)について指標化し、OECD各国で比較ができるようになっています。

世界銀行は、ストックの概念を用いて算出した包括的な富の指標を発表しています。富を生産資本(機械や建築物など)、自然資本(森林や鉱物など)、人的資本(生涯所得)、対外純資産の合計とし、1995年から2014年にかけて141カ国について公表しました。

環境については、1998年に経済企画庁(現・内閣府)がサテライト勘定を試算しました。国民経済計算体系の経済活動と密接な関係を保ちながら、ある特定の経済活動を別勘定として推計したものです。

デジタル化の進展に伴う消費者側の便益を「消費者余剰」を推計して計測しようという研究も行われています。消費者余剰はミクロ経済学の概念で、ある財・サービスに対して、消費者が支払ってよいと考える価格から、実際に支払う市場価格を差し引いた部分で、余剰が大きいほど、消費者は得と感じます。

こうした経済厚生や消費者余剰の計測は、貨幣換算が難しいので、目的に応じて指標を選択し、複数の指標を比較検討しながら議論をしていく必要がありそうです。

GDPに代わるこれらの経済厚生の指標が生産性にとってどのような意味をもつかについては、「生産性を上げるには企業は存続していかねばならないが、そのためには社会の持続的発展は不可欠」「企業が社会的責任を果たすことにより、イメージが向上して顧客が増加したり、株価が上昇したりすることで将来の利益が上昇し、持続性が高まり、長期的に生産性が安定する可能性がある」「経済厚生を高めようとする試みがビジネスシードを生み、将来的に生産性を上昇させる可能性がある」の3点が考えられます。


*2021年3月4日取材。所属・役職は取材当時。

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