論争「生産性白書」:【挑む】竹増 貞信 ローソン代表取締役社長

ローソンの竹増貞信代表取締役社長は生産性新聞のインタビューに応じ、生産性白書を発刊した日本生産性本部に対して、日本の国際競争力を引き上げるために生産性改革を牽引するリーダーシップへの期待感を表明した。そのうえで、ローソンの生産性向上に向け、「百年に一度の危機を百年に一度の大チャンスに変える」ため、従業員のチャレンジを後押しする取り組みを紹介した。

百年に一度」の危機を大チャンスに変える 挑戦促す「学ぶ」企業文化醸成

竹増貞信 ローソン代表取締役社長
竹増氏は「さまざまな産業革命のたびに生産性を引き上げてきた産業の歴史の中で、今はデジタル産業革命が起こっており、日本企業も乗り遅れるわけにはいかない。有識者や知見を備えた日本生産性本部には日本の国際競争力を引き上げるための生産性改革のリーダーシップを期待するし、私たちも一緒になってその運動を盛り上げていきたい」と述べた。

そのうえで、ローソンが行っているさまざまな生産性向上の取り組みを紹介した。生産性白書の提言は、イノベーションを生み出すための「人間力」の充実が欠かせないとしている。ローソンでは、チャレンジから学び、次のチャレンジへとつなげることができる企業文化の育成に取り組んでいることを明らかにした。

ローソンが大変革に取り組む背景には、新型コロナウイルスの感染拡大によって、消費者の生活様式や社会の価値観が大きく変わっていることがある。



「百年に一度」と言われる大きな変化をチャンスに変えるためにはローソン自らが大きく変わらなければいけないという思いで、社内に「ローソングループ大変革実行委員会」を設けた。従来のやり方を総点検し、大変革に取り組むプロジェクトへの参加も一部公募とした。

大変革に踏み出すためには、失敗を恐れずにチャレンジできる従業員の育成が欠かせない。竹増氏は「一生懸命にチャレンジしたが、思うような結果が伴わなかった場合は、それを失敗と呼ぶのをやめよう」と社内に徹底している。「チャレンジから出てきた結果は、期待より低くても、期待通りでも、期待を上回っていても、それらはすべて学びでしかない」という考え方に基づいている。

すべてのチャレンジを結果だけで判断するのではなく、次のチャレンジにつなげるために学ぶという企業文化を浸透させるために、チャレンジを称える「社長賞」を創設した。毎月、自薦他薦を問わず、現場のチャレンジを社長に直接アピールできる機会を設けている。

また、アイデアを実現するために1億円の予算枠を設け、「億チャレ」と名付け、公募をしている。これまでに200件を超えるアイデアが現場から寄せられているという。上司に気兼ねせずに、ダイレクトに応募できるのが特徴だ。

竹増氏は「チャレンジに失敗はなくて、実は成功もないと思っている。あるのは学びだけであり、チャレンジの結果から学んで、さらにチャレンジを積み重ねていく。恐れることは失敗ではなくて、チャレンジしないこと、中途半端にチャレンジすること。上司を見て仕事をするのではなく、全員がお客様を見て仕事をすることができれば、変化をチャンスに変えることができるはずだ」と強調している。


(以下インタビュー詳細)

コンビニが目指す「人間交差点」

新型コロナウイルスの感染拡大の前から、コンビニエンスストア業界では人手不足と24時間営業などが社会問題化し、さまざまなご意見やご指摘をいただいた。例えば、経済産業省が立ち上げた有識者会議「新たなコンビニのあり方検討会」でも、サービス産業の生産性向上の重要性が指摘されている。

生産性向上という点では、ローソンではさまざまな取り組みを加速させている。例えば、おにぎりやサンドイッチなどの食品を対象に、人工知能(AI)を活用した発注システムを2015年から導入している。以前は仕入れ業務は担当者の経験に頼っていたが、実際の需要との誤差が生まれるほか、発注業務にかかる時間も90分以上かかっていた。導入後は、発注業務の時間も30分程度に短縮できている。

また、全国の仕入れ予測をもとに生産計画をつくり、食材の調達量を決めているが、昨年からAIに過去の仕入れ実績を学習させ、自動的に全国の店舗で販売終了までの仕入れ数を予測できるようにしている。

セルフレジも2018年度末には全店導入し、新型コロナ対策の一環としてその運用を加速させている。さらに2018年から、手持ちのスマートフォンで商品をスキャンし、決済できるスマホレジも導入。また、ロボットを使った品出しの実証実験にも取り組んでいる。

こうしたローソン店舗や本部での取り組みだけでなく、弁当などの生産やロジスティックスを含めたサプライチェーン全体に関わる生産性向上の実現にも取り組んでいる。一例として、宅配ロボットやドローンなどの最新テクノロジーの導入を目指した、さまざまな実証実験にもチャレンジしている。

都心などスピード重視の店舗は徹底的にデジタル化を進める一方で、人の温もりが感じられる店舗も大事にしていく。“マチ”のローソンは子供から高齢者まで幅広い世代の方々に利用していただいている。全国の店舗の中には、子供や高齢者の見守りやコミュニケーションが求められている場合が少なくない。

核家族化は、現役世代だけの問題ではなく、高齢世代でも進んでいる。シニア世代ほど、一人暮らしや二人暮らしになりやすい。都会も地方も同じで全国共通の社会問題になっている。

高齢のお客様の中には、朝、ローソンに来店して、クルーに「おはよう」と声をかけることを日課のようにしていただいている方もいる。昼時にも「こんにちは」と声をかけ、交代で働く夕勤のクルーに「おやすみなさい」と言って帰宅される。

今、ローソンに求められているもののひとつは「人との交流の場」であり、その役目を果たすことが「みんなと暮らす“マチ”を幸せにする」というグループのビジョンの実践につながる。

便利を意味するコンビニエンスという言葉の中には、「短時間で買い物ができる」「必要な商品がほぼ揃っている」「緊急購買にも対応している」という便利さを表現しているが、一人暮らし・二人暮らしの高齢者が気軽に会話を楽しめるということも新しい「便利さ」のひとつだ。

また、店舗のオーナーの中にも「自分たちが暮らすマチの役に立ちたい」という思いは強く、地域の困りごとを解決していくことも「便利さ」の所以だと考えている。

そうしたオーナーたちの強い思いが起点となって、従来のコンビニの枠を超えた新しい領域のサービスが誕生している。「コンビニ検診」は、店舗の駐車場に検診車を用意し定期健診を受けてもらい、店内のイートインコーナーなどを利用して健康セミナーを実施するものだ。また、介護相談窓口がある「ケアローソン」や「買い物弱者対策」として、移動販売車を希望する店舗オーナーに貸し出す取り組みもある。

こうした取り組みに積極的な店舗は、マチのコミュニケーションのハブになっている。おじいちゃんやおばあちゃんがお茶飲みに立ち寄ったり、ママ友が会話を楽しんだり、あらゆる世代や老若男女が集う「人間交差点」のような存在になっている。

コンビニエンスストア業界は、全国の店舗の平準化・標準化を追求し、成長してきたが、現在ローソンは「個店主義・エリア主義」を標榜している。地域経済の活性化を目指し、地域の食材を店頭で販売したり、地域の食材を利用した商品を開発したりするなど、地域経済の中で活動していくことに、オーナーと一緒に挑戦している。

とはいえ、コンビニを取り巻く経営環境は厳しく、デジタル技術で効率化を図り、生産性の向上を実現し続けていかなければ、店舗の運営自体が成り立たなくなり、コンビニが持つ「便利さ」を担保することができなくなる。

デジタルを使いこなされるお客様に対しては、デジタル技術を駆使した店舗開発が求められる。一方、温かな接客を望まれる方もおり、デジタルによるサポートとリアルのサービスを融合させた。生産性の向上を実現することが、ますます重要になる。

また、コロナ禍で教訓になったデジタル化の加速を進める中で、ノンデジタル時代にできた法律や規制が高い障壁となる場合もある。規制ができた時代にはデジタル技術が進んでいなかった影響もあるが、デジタル革命が進み、デジタルネイティブな世代が社会に出てきているのに、これらの規制が温存されることで改革の実行スピードが上がらないのは問題だと思う。

コンビニ業界でいえば、OTC医薬品(一般用医薬品)の問題がある。医師による処方箋を必要とせずに購入できるOTC医薬品は、市販薬、家庭用医薬品、大衆薬などとも呼ばれるが、医薬品販売専門資格である登録販売者が店舗にいないと販売できない。

コロナ禍でオンライン診療やオンライン服薬指導への道が開かれる中で、OTC医薬品についてはオンラインでの相談では販売することがいまだにできない。子供が夜中に急に熱を出したときに、コンビニに駆け込んで子供用のかぜ薬を求める人は多いが、この規制があるために緊急購買のニーズに対応できないでいる。

また、災害時にコンビニが果たす役割は重要だが、オンラインによってOTC医薬品が購入できれば、災害に強いインフラとしての機能をさらに高めることができる。

現在、一つの店舗で運転免許証やアプリの事前登録によって本人認証と年齢確認を行い、セルフレジでも酒やたばこを購入できる仕組みを実証実験している。

ボーダレスな国際空港では顔認証ができる技術が導入されているのに、入国して国内のコンビニで酒類を買う時にはリアルで確認しなければならないという、ちぐはぐな現象が起きている。

政府はデジタル庁を創設し、公的サービスのDX(デジタルトランスフォーメーション)や行政改革の強化を打ち出している。いかに速やかに規制緩和を行い、生産性向上につなげられるかが極めて重要な局面になっていると思う。

*2021年4月20日取材。所属・役職は取材当時。

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