コロナ危機に克つ:遠山 敦子 日本生産性本部副会長インタビュー

デジタル教育推進の好機


日本生産性本部副会長の遠山敦子氏(トヨタ財団顧問、静岡県富士山世界遺産センター館長)は生産性新聞のインタビューに応じ、新型コロナウイルスの感染拡大の危機をバネに、デジタル教育を一気に推進するべきとの考えを示した。

昨年度より小学校で順次実施されている新しい学習指導要領では、情報活用能力を、言語能力と同様に、学習の基盤となる能力と位置付けている。小中学校でプログラミング教育が始まり、GIGAスクール構想のもとで端末の配布が行われた。

その中で、新型コロナウイルスのパンデミックが発生し、デジタル教育の必要性が高まっている。遠山氏は「コロナ禍で学校現場は感染対策やオンラインの活用など初めての事態に直面し、大変苦労している。今は過渡期で苦しいが、ここを乗り切ることができれば、デジタル教育は大きく前進し、人材育成に資する学校になると思う」と述べた。

リサーチ力を育てる 情報対応能力は基礎素養
遠山敦子 日本生産性本部副会長に聞く


遠山敦子副会長との主なやり取りは次の通り。

遠山敦子 日本生産性本部副会長/
トヨタ財団顧問/
静岡県富士山世界遺産センター館長

――コロナ禍での学校現場の対応に対する評価は

「新型コロナウイルスのパンデミックに見舞われ、人類の危機が続いている。学校も初めての事態で、子供たちも先生も大変苦労していると思う。コロナ禍に対しては、学校は生徒の健康管理と学校の消毒や清掃を徹底して対応した。昨年春は突然休校と言われて大変だったが、今はできるだけ休校しないで、登校して対面授業をやるという方針だ。それだけに学校側は感染防止策に神経をとがらせている。学校現場は子供たちの健康を守りながら、学習を進める努力を続けており、高く評価したい。最近は、変異株の出現もあり、これまでの対応で十分なのかどうか迷っているようだ。できるだけ早く的確な指示が出されるようにしてもらいたい」


――デジタル教育の必要性については

「世界は大きく動いており、経済においても、これまでの資本主義は見直しを迫られているモノを売って利益を得るという資本主義から、知識や情報に価値を置く社会へと変貌している。その中で、求められるのは、常にイノベーティブで、社会の役に立つようなことを考えられる人材であり、人材育成はこれまで以上に重要になっている。これまでに、日本の子供たちに対する教育は大きな成果を上げている。ただ、経済協力開発機構(OECD)が2018年に実施した「生徒の学習到達度調査(PISA)」によると、学校の授業で子供たちがデジタル機器を使用する頻度は加盟国で最下位だった。日本の子供たちも、自宅ではデジタル機器を使っているが、それはゲームやチャットを楽しむためであり、インターネットを使って知らないことを調べたり、新しい発想に利用したりということにつながっていない。これは大問題で、大きく転換しなければならない」

――コロナ禍では、大学でのオンライン授業が広まった

「大学の先生たちは短期間でオンライン授業の体制を整えた。大変な努力であり、さすがだと感心している。しかし、オンライン授業がニューノーマルの教育かというと、そうは思わない。オンライン教育には限界がある。小中学校や高校でも、子供たちに互いに接触するなと言うのには限界があるように、大学教育も学生たちがいつまでもキャンパスで集まれないのは問題だ。実験や実習など現場に来なければ習得できない知識やスキルもある。ただ、今後もオンライン授業の活用は避けられず、その意味ではウィズ・コロナ、アフター・コロナにどう対応するかは大きな課題だと思う」


――GIGAスクール構想への期待は

「一人一台の端末と高速大容量の通信ネットワークを一体的に整備するなど、デジタル教育の環境を整えるGIGAスクール構想は画期的である。これによって、主体的な、対話を通じた深い学びにつながる教育が提供される。将来を担う子供たちのデジタル能力が高まることで、将来、クリエーティブな仕事ができる大人に育ち、社会全体がデジタル化に対応できるようになるはずだ。コロナ禍でオンライン学習の必要性が高まり、前倒しで取り組みが進んでいる。しかし、現状をみると、子供たちには端末が配布されたが、先生が実際の授業に活用しているケースはまだ少なく、気懸かりだ」


――教える側の育成は

「教師の養成段階でICTを用いた指導法がカリキュラムに組み込まれた。また、現場の現役教師たちには、教育委員会が計画的に研修を行うほか、文部科学省のホームページにわかりやすい動画を載せて指導方法を紹介している。また、独立行政法人教職員支援機構でも、オンライン研修コンテンツを提供するなど、やる気のある先生はインターネットを使って技術を習得できる環境が整っている。先生たちの頑張りに期待したい。ただ、学校現場は多忙で、先生たちには学ぶ余裕はあまりない。社会としても、スクールサポーターの派遣などを通して、足りない部分をバックアップするなど、この画期的な取り組みを成功させるように後押ししてほしい」


――デジタル教育に何を期待するのか

「映像やデータを活用した学習によって、理解が深くなり、意欲が高まるような使い方を期待している。情報に関する能力が、言語能力と同じ人間の基本的な素養として身に付くように、小中学校で基礎的な能力を教えることが大事だ。リサーチ力があれば、自分で考えて、主体的に学習するようになる。デジタル技術を使い、学ぶことに関する興味・関心を高めてもらいたい。学ぶことが楽しいと感じることができたら、子供たちは言われなくても学習をさらに進めていくようになるはずだ。デジタル教育は、自らの考えを深めたり、アイデアを生み出すための手段であり、うまく使いこなすようになれば、知識や情報が価値を持つ時代を担う人材を育てられる。全く偶然だが、新しい学習指導要領の中にICT教育の重要性が位置付けられ、GIGAスクール構想が走り出した同じタイミングでコロナ危機に直面した。学校現場は大変な時期だが、オンライン学習がいかに大事かがわかり、今後、デジタル教育を大きく前進させることができると確信している」

――日本企業がイノベーションを起こすため必要なことは

「私が大臣として取り組んだ国立大学法人化の狙いは、大学が文科省の付属機関ではなく、自主的・自律的に発想できるようにすることだ。それによって、大学が自ら、個性を発揮するためにはどうすべきなのかということを検討し始めた。その結果、今では、産学連携や副業・兼業、地域への貢献など行動範囲が広がるなど、大学の姿勢は大きく変わっている。企業にとって大事なことは、どういった研究がイノベーションを生み出すのかといった『目利き』を持って、大学の中に入り込むことだ。ノーベル賞受賞者を多く輩出する日本の大学の潜在力はものすごい。知識の宝庫である大学を活用しない手はない。新しい知識や情報を探し当て、利益に価値転換できるものを見つけ出し、そして共同で研究を前に進めていくことで、生産性の向上も実現できるはずだ。また、産学連携は、イノベーティブな人材が相互に刺激し合うことで、企業自体もイノベーティブになり、日本の閉塞感を打ち破ることができると思う」

*2021年5月20日取材。所属・役職は取材当時。

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