論争「生産性白書」:【語る】難波 淳介 運輸労連中央執行委員長

全日本運輸産業労働組合連合会(運輸労連)の難波淳介中央執行委員長は、生産性新聞のインタビューに応じ、物流の生産性向上のためにはサプライチェーン(SC)全体で成果を公正に配分することが重要であるとの考えを示した。また、人手不足が続く中・長距離トラック運転手の待遇改善にむけて、荷主と運送事業者が協力し、取引環境と長時間労働の改善を図る必要性を指摘した。

サプライチェーン全体最適化へ「三方良し」の精神 荷主との取引環境改善が鍵

難波淳介 運輸労連中央執行委員長
生産性白書では、第2部「生産性をめぐる今日的課題」の中で物流の生産性を取り上げ、「物流はバリューチェーン上、極めて重要な段階である」と指摘。その上で、日本の物流業界の生産性はアメリカやフランス、ドイツと比べて低く、「物流が経済全体の生産性向上のボトルネックになるかもしれない」との危惧を示している。

難波委員長は「物流の生産性向上を実現するためには、運送事業者単独の取り組みだけでは限界がある。各企業の部分最適を追求する時代から、サプライチェーン・バリューチェーンの全体最適を考える方向に転換できるかが、生産性向上の肝である。『三方良し』の精神を重んじる意識改革が必要だ」と話す。

全体最適への転換へ向けた動きの一つとして、荷主と運送事業者の協力により、取引環境と長時間労働の改善にむけた取り組みが行われている。中・長距離ドライバーの人手不足の問題を解決するためには、労働条件や安全衛生の確保・改善を推進することが重要との考えからだ。

具体的には、学識経験者・荷主・トラック運送事業者・労働組合・行政などの関係者が一体となって、トラック運送事業者における取引環境の改善と長時間労働の抑制を実現するための環境整備などを図ることを目的に、厚生労働省、国土交通省と全日本トラック協会が事務局になり、「トラック輸送における取引環境・労働時間改善中央協議会」を設置し、ガイドラインを策定している。

一方、白書が指摘する「連携・共同による生産性向上の取り組み」についても、関係団体が具体的な取り組みを進めている。運送事業者間の連携を効果的に行うにはパレットの共通化が鍵を握っているが、現場からは「パレット共通化や共同輸送がうまくいかず、生産性向上の障壁になっている」と報告されているという。

難波委員長は「パレットの基準はあるが、実際は各社バラバラなものを使っている。トラックの到着先で顧客がパレットを積み替え、残ったパレットを持って帰らなければならないケースもある」と話す。

実証実験の段階ではパレットの費用負担を気にする必要がないのでうまくいくが、実用段階では、共通パレットは誰が作るのか、諸費用をどう分担するのかという問題が生じる。加えて、パレットの管理や回収の仕組みの構築が課題だ。

難波委員長は「荷主サイドが自社の最適化を優先して生産性を追求しているためで、共通化すれば生産性が落ちてしまう場合もあり、統一化は難しい。事業法改正が行われ、荷主と物流事業者が上下関係となってしまっており、ビジネスパートナーとしての関係を再構築していけるかが課題だ」と話している。


(以下インタビュー詳細)

クルマ大変革 運輸業界の軸足は 消費者が求めているものは何か

物流業界の人手不足は、有効求人倍率が2倍となるなど改善の兆しはあるものの、中・長距離輸送のドライバー不足はますます顕著になってきており、各社とも厳しい状況が続いている。新卒採用では「出張に出たくない」「休日は休みたい」などの要望が増えている。

こうした就労ニーズは他の業界では当たり前のことだが、長距離ドライバーは家に帰れない時間が多く、休日出勤もあって、要望にすべて対応できるものではなく、人気の職場にはなれない。各社とも新卒はもちろん、若手ドライバーの採用に苦戦しているのが現状で、ドライバーの高齢化問題や人材不足の改善は難しい。

人手不足の打開策として、隊列走行やダブル連結トラック、共同輸配送、無人走行トラックなどさまざまな取り組みが実用化・検討されている。倉庫の無人化やダブル連結トラックなどはすでに導入が始まっている。隊列走行については、実証実験は進んでいるが「隊列車両間に他の一般車両が割り込んだ場合」に「レベル4」の技術が必要であることから、「2025年度以降の実現」とする政府目標に向けて検討を進めている。

鉄道貨物輸送の業界団体、鉄道貨物協会が公表したトラックドライバー需給の将来予測は、2028年度にはドライバーが27万8072人不足すると試算している。

隊列走行や無人走行などの長距離輸送とドローンや無人配達の活用など、最新技術を合わせて省力化を図っていかなければ、近い将来、物流が止まってしまうリスクがある。人手不足への対策としてのテクノロジーの活用については労組も全く否定しておらず、積極的に進めていくべきだと考えている。

コロナ禍で再評価の動き


AI(人工知能)の発達に伴い、取って代わられる職種の一つとして「トラックドライバー」を挙げる声もあったが、新型コロナウイルスの感染拡大によって、トラックドライバーは経済活動に欠かせないエッセンシャルワーカーとしての重要性が再確認された。

今後、物流が高度化していく中で、マンパワーの役割や位置づけがどうなるかは予測できないが、少なくとも自動運転が完全に普及する時代までは、物流の生産性向上を実現するための取り組みが極めて重要になってくる。

しかし、運送事業者単独の取り組みだけでは限界があり、学識経験者・荷主・トラック運送事業者・労働組合・行政などの関係者が一体となり、トラック運送事業者における取引環境の改善と長時間労働の抑制を実現するための環境整備などを図ることが極めて重要だ。

厚生労働省、国土交通省と全日本トラック協会が事務局になり、「トラック輸送における取引環境・労働時間改善中央協議会」を設置し、ガイドラインを策定している。とりわけ、荷主と物流事業者の協力が鍵を握ることは間違いない。

このほか、国土交通省、経済産業省、農林水産省が中心となり、トラック運転手不足が深刻になっていることに対応し、国民生活や産業活動に必要な物流を安定的に確保するとともに、経済の成長に役立つことを目的として、「ホワイト物流」推進運動も展開されている。

今後は各企業の部分最適の追求から、サプライチェーン・バリューチェーンの全体最適を考える方向に意識転換できるかが、生産性向上の肝になるだろう。

ただ、平成の事業法改正で、荷主と運送事業者の上下関係が固定化されてしまい、さまざまな問題を生んでいる。荷主のリクエストにすべて対応していくという姿勢では、長時間労働是正の問題解決もままならない。

例えば、こういうケースがあった。トラックドライバーが製品を工場から倉庫に運んだが、到着が夕刻になり、製品を荷下ろしすると、荷主の従業員が残業になってしまう。その日は「ノー残業デー」だったので、同日中の荷下ろしができないという。

結果、翌日の配送用トラックへの詰め替えで、時間外労働を強いられてしまった。荷主との取引環境や取引条件を改善していかないと、生産性向上には結びつかない。

荷物の「発」と「着」とを結びつけるのが運送事業者である。発荷主からオーダーを受けているので、着荷主はある意味で、発荷主と同様に「お客様」である。しかし、オーダーを受けていない着荷主とは取引関係がないので、「ガイドライン」に対する理解や「ホワイト物流」の理念の共有をどう求めていくかが課題である。

また荷主との取引環境では、運賃の料金交渉のあり方も大きな課題だ。ここ最近「待機時間料」などの収受が明確化されたほか、トラック運送の「標準的な運賃」を告示することが求められるようになった。

ところが、新型コロナウイルスの感染拡大によって荷主が製造調整を余儀なくされるなど厳しい状況にあり、荷主の協力が得られにくい状況が続いていると聞く。今後運輸労連は、全日本トラック協会とともに、荷主との取引環境の改善に向けて、「求める運送料金はこういったものである」と示すことの必要性について声を上げていく。

賃金を含め労働環境を変えないと、人が集まらない。労働環境の改革は業界団体と共通の認識にあり、取引環境や賃金労働条件を変えていく取り組みを進めている。

ただ運送事業者の賃金体系は、取り扱う貨物が高ければ賃金が上がるなど歩合給的な独特の仕組みになっているケースもある。このため、最低賃金の動向は気になるところだ。賃上げの原資は、顧客からいただく運賃・料金であり、荷主との取引環境の改善を進め、適正な料金をいただけるようにしていくことが重要になる。

一方、宅配便事業については「送料無料」という表現が利用者に誤解を与え、再配達を誘発する原因などになっていることから、表現の是正を要請している。その効果もあって「送料無料」の表示は減りつつあるが、コロナ禍でECの利用増に伴い、通販番組などで使われるケースが増えている。

連合の2021春闘のテーマである「働きの価値に見合った賃金を」という考え方が重要になる。「産業の価値」や「職業の価値」とも言い換えられるこの考え方が、コロナ禍を経て、日本に定着していくのかどうか注目したい。

自動車産業が、CASE(Connected=つながる、Autonomous=自動運転、Shared & Services=シェアリングとサービス化、Electric=電動化)やMaaS(モビリティ・アズ・ア・サービス)などの100年に一度の大変革にある中で、運輸業界としてどこに軸足を置くのかを考えなければならない。

労使と消費者の三者をどうマッチングするかが大事だ。労働者側も使用者側も消費者の側面を持つので、結局は消費者が何を求めているか、それにどう応えていくかが重要になるだろう。



*2021年6月11日取材。所属・役職は取材当時。

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