論争「生産性白書」:【語る】神田 健一 基幹労連中央執行委員長

日本基幹産業労働組合連合会(基幹労連)中央執行委員長の神田健一氏は、生産性新聞のインタビューに応じ、生産性運動推進のために労働組合が進むべき方向について語った。職場原点の好循環を実現するという基本方針を軸に据えつつ、デジタル化や地球環境保護など経済社会の変化への対応を進めることに意欲を示した。

ぶれない軸で「変化」に挑む 職場原点の好循環、経済社会に対応

神田健一 基幹労連中央執行委員長
生産性白書の中で重要性が指摘されている生産性運動三原則の今日的意義(第1部第5章第3節)について、神田氏は「社会経済の変化に対応するために、アプローチは変わるかもしれないが、本質的な意義は少しも薄れていない。産業・企業の発展を実現するという目標を労使が共有し、働く仲間にブレークダウンしていくことが今後の課題だ」と話す。

神田氏が労働運動の基本として重要視しているのは、職場の活力が企業や産業の発展につながるという職場原点の好循環の推進だ。「好循環のベースにあるのが職場の安全と健康であり、職場が活き活きすることで企業や産業の発展につながり、それが私たち組合員の雇用と生活の安心・安定につながる」と考えている。

こうした運動の軸をしっかりと維持することで、経済社会のさまざまな変化に対応しやすくなる。労働組合が向き合っている変化としては、デジタルトランスフォーメーション(DX)や高齢者や女性など多様な人材を活用するダイバーシティー(多様性)、地球環境問題などがあり、運動の軸からの距離を測り、対応方針を決めている。

DXに関しては「尻込みするのではなく、どうすれば組合活動などに有効に活用できるかを積極的に考える姿勢が重要」と指摘する。AI(人工知能)やIoT(モノのインターネット)などのテクノロジーによって働く場を奪われるという脅威論はすでに後退しており、「常に変化への対応力を磨き、イノベーションを続けるために活用すべきだ」という。

また、この4月から基幹労連の多くで65歳定年制が導入されたことに関し、「65歳定年制はあくまで制度論であり、狙いは65歳現役社会の実現にある」という。さらに「高齢世代が活き活きと働ける社会の実現を突破口に、女性や障がいを持つ人たちなども同様に働けるダイバーシティー社会の実現を目指す」と目標を掲げる。

地球環境問題については、現実を見据え、先の対策を打つという点で「職場原点の好循環のベースとなる安全・安心や健康を守ることとつながっている」とし、積極的に貢献していく。日本鉄鋼連盟が掲げた「ゼロカーボン・スチール」の実現についても、「『これをやらなければ日本の産業界はもたない』という危機感の表れだ」と支持を表明。ただ、「チャレンジングな目標であり、経済とどうバランスさせていくかが課題になる」と話した。

組合の役割については「働く場所を提供し、デジタル化への対応など新しい技術の習得のためのサポートも労使で行うが、組合員自らも変化に対応する努力や健康の維持、学ぶ意欲などが必要だ。誰一人取り残さないとの信念のもと、雇用の安心・安定を担保していくために、厳しくても言わなければならないことを言っていく」と述べた。


(以下インタビュー詳細)

モノづくりにもデジタル化の洗礼 組合活動のオンライン化加速

基幹労連は、日本の主要な基幹産業のうち、鉄鋼、造船、非鉄金属、建設、航空・宇宙、産業機械、製錬、金属加工、情報・物流のほか、多くの関連業種で働く仲間が結集した産業別労働組合だ。

鉄鋼労連・造船重機労連・非鉄連合の3産別が、組織力と政策力の発揮を目指し「未来を拓く組織統一、希望ある前進」をスローガンに掲げ、2003年9月9日に基幹労連を結成した。14年9月に建設連合が加わり、全国42都道府県に県本部・県センターを配し、371加盟組合(760構成組織)、約27.5万人の仲間が集う組織だ。

モノづくり産業のGDPに占めるシェアは低くなっているものの、素材から航空宇宙に至るまで、幅広い製造業種で構成されており、日本経済の屋台骨を支える労働組合の一つだと自負している。

日本生産性本部が生産性白書で提言した生産性運動三原則の今日的意義の重要性については、全国労働組合生産性会議(全労生)の中央討論集会などでも意見を交わしており、「労働組合がこれまでやっていることであり、コロナ禍の今こそ、その重要性は高まっている」との意識を共有できていると考えている。

コロナ禍でフェイス・トゥー・フェイスの組合活動が制限される中で、思い切ってデジタル化にチャレンジした。基幹労連加盟組合の単組、支部、連合体、都道府県本部など関係する組織は866ある。昨年12月、端末がない組織にはタブレット端末を貸与するなど、全ての組織にウェブ環境を整備した。

コロナ禍で加速するデジタル社会に身を置き、その難しさと便利さを体感できた。尻込みするのではなく、積極的に利活用しようと話し合った。紙媒体の資料はデジタル化し、「これがあったらもっと便利ではないか」とみんなで知恵を出し合っている。

場所を移動して対面で行う組合活動には参加しにくかった非専従や、職場を離れることが難しいオフィスワークの組合員も参加できるようになったのは思わぬ効果だ。

特にいわゆるホワイトカラーの人たちは、業務の特性からこれまでは交流機会が少なかった。オンラインなら気軽に参加できるし、普段からパソコンを使って仕事をしている人たちなので、効果的なウェブ環境の活用の方法を共有することができた。

これまでのデジタル化では、モノづくりの現場で、AI(人工知能)やIoT(モノのインターネット)などのテクノロジーの導入が進めば、現場作業の合理化が進み、組合員の職場が奪われてしまうことを心配する声があった。

しかし、第4次産業革命が進み、デジタル化を進めた国とそうでない国との間で、国際競争力の格差が顕著になっている。今では、労使で「常に変化への対応力を身に付けて、イノベーションを生み出し続けなければならない」という危機感を共有している。

例えば製鉄所の現場でも、ゴンドラで高所まで登り、鉄鉱石の在庫状況を測量していた作業が、ドローンを飛ばして撮影できるようになる。立体的に撮影した画像を解析すれば、労働者が危険を冒すことなく、テクノロジーがその作業を代行してくれる。

モノづくりの現場では、先輩たちが培ってきた技術・技能の伝承が大きな課題だが、AIやビッグデータを活用することによって、技術・技能をわかりやすく伝えることができると期待されている。

日本は天然資源の乏しい国であり、加工貿易立国で世界に確たる地位を築いた。今回のコロナ禍においても、人流が制限されたためにさまざまな産業が苦境に立たされる中で、製造業は日本経済の最後の砦としての役割を果たしている。マザー工場をしっかりと磨き上げれば、国内でのモノづくりは「まだまだやれる」という光が見えてきた。

環境と健康・安全を守る


世界がカーボンニュートラルの方向へと大きく転換し、日本にとってはモノづくりの強みを維持しながら、地球環境保護にどう貢献できるのかが問われている。

このほど地球環境問題への知見を広げるために、日本鉄鋼連盟と日本造船工業会、日本鉱業協会の専務理事らに来てもらい、オンラインで講演会を開いた。労使が一緒になって考えることで、それぞれの立場から問題解決に貢献するためのアプローチや、本質をとらえた考え方などについて整理することができた。

日本鉄鋼連盟が掲げる「ゼロカーボン・スチールへの挑戦」は、2030年以降を見据えた長期温暖化対策ビジョンだ。あえてチャレンジングな目標を国内、世界に向けて宣言した意義は小さくない。

地球環境問題へのアプローチは「経済か、環境か」の二者択一の考え方ではうまくいかない。環境問題を語るとき、「次代を担う子供たちの健康と安全を守らないといけない」という命題がある。

しかし、その子供たちを育むには今の人たちが飯を食わないといけないのだ。この現実から目を背けずに、その先の解答をどう見つけていくかを議論していくつもりだ。今すぐには解決が難しいものもあるが、人類の健康と安全を脅かすものは排除していくという目標に向かって、歩みを進めていくことに異論はない。

職場原点の好循環は「安全と健康なくして、職場の活き活き(=活力)なし」であり、さらに「職場の活力なくして、産業・企業の発展なし」である。

そして「産業・企業の発展なくして、私たちの雇用と生活の安心・安定もない」。このサイクルをいかに回していくかが労働運動の軸であり、基本だ。その土台にあるのが、私たちの安全と健康である。地球環境が破壊されてしまったら、安全と健康は担保されない。

日本生産性本部は昨年65周年を迎え、生産性白書を発刊し、生産性運動の推進により一層力を入れている。これからは社会対話(ソーシャルダイアログ)を進めることが大事になるが、社会という大きなくくりと、その中核をなす労使関係のくくりとの両輪で、コミュニケーションを進めていくことが重要であると考える。

生産性の議論は、最近はサービス産業の生産性にテーマが集中しているように見受けられるが、今回の白書刊行を機に、製造業も含めた幅広い業種が参加するコミュニケーションの場が設けられることに期待したい。

生産性運動とは「今日は昨日よりも、明日は今日に優る」という人間の進歩への確信を基本理念に、持続可能で人々が生きがいを充足する経済社会の実現を目指す運動だと認識しており、その原点に立ち返ることが重要だ。

繰り返しになるが、労働運動の基本は職場原点の好循環であると考えており、ここでも原点を忘れず、軸をぶらさないことが何よりも重要だが、これが簡単そうに見えて、やってみるとなかなか難しい。

生産性白書が言う「生産性運動三原則の今日的意義」も同じで、三原則が唱える軸をぶらさずに、デジタル化や人材のダイバーシティー(多様性)の進展といった社会経済環境の揺れ動きをどうとらえていくかが問われている。



*2021年7月14日取材。所属・役職は取材当時。

関連するコラム・寄稿