企業経営の新視点~生産性の日米独ベンチマーキングからの学び⑭
第14回 米国ブルッキングス研究所シニアフェロー ダニー・バハー博士インタビュー
日本生産性本部の国際連携活動では、中期運動目標の柱の一つである「国際連携体制の強化」のため、日本の経営者を中心に労働界・学識者も加えた「生産性経営者会議」を推進基盤に活動しています。5つの海外有力シンクタンク等との協働による生産性を軸とした「欧米アジア経営者との対話」、「国際比較調査」、「国際交流活動」の展開を通じ、生産性改善・改革のベンチマークと啓発活動を実践しています。「国際比較調査」については、グローバル視点の生産性研究を発展させるため、2019年から米国ブルッキングス研究所のシニアフェローであるダニー・バハー博士を支援してきました。今回は、この2年間に実施した日米独の生産性比較研究から研究開発やイノベーション、とりわけ特許を巡る成果を踏まえ、これからの日本の生産性の改善・改革のためのご意見を頂きたいと思います。
(聞き手・日本生産性本部常務理事 大川幸弘)
提言 日本の生産性改善・改革のために 高度人材 国境を越えた動き重要
- ①研究開発の成果である特許(米国特許商標庁、欧州特許庁、日本特許庁、三つの特許庁すべてに出願された登録特許)について、日本は数において米独に勝るが質においては劣ること
- ②政府の研究開発政策における日本の戦略性の低さ
- ③日本の研究開発における質の低さの原因としての国際共同特許(グローバル連携)の少なさ
バハー:何十年もの間、生産性研究は国家間の比較を行うために、生産性を正しく測定することに焦点を当ててきており、それ自体が大きなテーマでした。また、生産性変化の要因分解、つまり、生産性の変化が資本によるものなのか別の要因によるものなのかを解明することにも努めてきました。これらは当然重要ですが、私は自身の日本経済への洞察に基づいて、生産性の決定要因、中でも生産性の最も重要な推進力の一つであるイノベーションとその具体的な成果である特許に注目しました。日本はイノベーション国家として知られていますが、日本のマクロレベルにおける生産性水準は、米独など他の先進国に追いついていません。その原因を探ることが、私たちの研究の大きな目的だったのです。そして、前述の重要な3点を見出し、差異をもたらす政策制度の考察に至ったのです。
第一の点について、日本は特許の件数では米国やドイツに比べ優れているものの、品質に関しては特許の引用などのさまざまな指標で測定すると劣っていることが分かりました。 第二の点では、特許の質と量の関係性になぜこのような矛盾があるのかを考察し、各国の研究開発支援策が税控除方式と助成金方式のどちらを採用しているのか、その構成割合に注目しました。日本では、研究開発費を申告する企業が税制上の優遇を間接的かつ公平に受けられるという税控除方式がほとんどを占めていますが、米国やドイツでは、直接的な研究開発助成の方が多く見られます。助成金方式ではより有望なプロジェクトを特定して支援するため、生産性に大きな影響を与える可能性があるのです。
第三の点として、研究開発支援策の制度設計に伴う固有の困難を認識しつつ、日本の研究開発の質を高める可能性のある他の政策について検討しました。世界の様々な地域の研究者が共同で研究して得た特許(国際共同特許)は、一国内の研究者のみで取得した特許よりもはるかに質が高い傾向があることが実証的に示されたのですが、日本は米国やドイツと比較して、この国際共同特許の割合が低く、研究開発分野におけるグローバルな連携が弱いことがうかがえます。従って、外国企業の研究開発拠点を日本に誘致し、日本の研究者が外国の研究者と協力する環境を整備することは、国際共同特許を促進し、イノベーションの質を高める可能性があるといえるでしょう。
大川:ありがとうございます。生産性の改善・改革の観点から見ると研究開発、イノベーションは生産性の分子(アウトプット)に決定的な影響を与えるため、イノベーションの成果たる特許の質の向上は、(生産性向上の)重要成功要因であることは間違いありません。日本は以前から自前主義が強く、他人と協働連携を図ることが苦手だと言われています。協働、連携するためにまずどんなことが優先して求められますか。
バハー:世界に多大な貢献をしている日本で、素晴らしいビジネス活動が展開されていることは疑いようがありません。ですから当初、日本で研究開発を行う外国企業が多くないという事実に、私は驚きました。小国でありながらイノベーションが非常に速いイスラエルを例に挙げてみましょう。世界中の大企業のほとんどが、イスラエルに独自の研究開発拠点を設立したいと考えており、これは、イスラエル企業が革新を続け、競争力と生産性を高めるのに大いに役立っています。外国企業による日本への投資、特に大規模な研究開発拠点の設立を阻害している要因を探るためには、更なる研究が必要でしょう。私たちの研究ではいくつかのアイデアを指摘していますが、外国企業の誘致戦略策定ではJETROが重要な役割を果たせると考えています。
大川:ありがとうございます。最後に、長期的に見て日本の生産性向上のために何が一番重要なのか、一言コメントください。
バハー:私の研究の一部は移住・移民に関するものです。これまで執筆した、あるいは執筆中の数多くの論文における知見に基づいて、私は国境を越えた人間の移動を促進することこそ、生産性にとって重要だと強く信じています. 執筆中のある研究では、高度人材と呼ばれる有能な移民が新しい競争領域や新しい技術の創造を促進することが分かっています。イノベーションに関していえば、直行便の就航により知識の拡散が促進されることも示されています。どうすれば、日本経済に大きく貢献できる海外人材を、短期的もしくは長期的に日本に引き付けられるか。これこそ日本が取り組むべき重要な課題でしょう。在宅勤務がより一般化するコロナ後の世界では、人々は理論的には地球上のあらゆる場所に移住が可能となりますから、移住先が日本ということも十分あり得るわけです。
大川:お忙しいところありがとうございました。今後も素晴らしい研究に期待しています。
本稿で紹介したダニー・バハー博士の研究については、日本生産性本部の支援により刊行されたブルッキングス研究所の以下2つの研究を参照されたい。 「Innovation and the transatlantic productivity slowdown: A comparative analysis of R&D and patenting trends in Japan, Germany, and the United States」
〔イノベーションと先進経済諸国における生産性の低迷:日本、ドイツ、アメリカ合衆国の研究開発傾向比較分析(日本語仮訳)〕
「Innovation quality and global collaborations: Insights from Japan」
〔イノベーションの質とグローバルな連携:日本に関する洞察(日本語仮訳)〕