コロナ危機に克つ:中原 秀登 千葉大学名誉教授インタビュー

経営環境変化にどう対応~新たなハングリー精神、危機感をバネに誕生も

千葉県生産性本部副会長も務める千葉大学の中原秀登名誉教授は、生産性新聞のインタビューに応じ、コロナ禍に伴う経営環境の激変をチャンスと捉え、企業の競争力強化や経済成長を実現するイノベーションの創出を強化することが重要との考えを示した。社会的課題への対応を含めた新たな市場ニーズに基づき構築された新しいパラダイムを踏まえ、かつ各企業のビジネスモデルにも整合したパラダイムシフト対応型イノベーションが必要になると指摘した。

中原氏は「コロナ禍を契機に経済社会のオンライン化・デジタル化は不可逆的に進むだろう。ポスト・コロナでは、これまでの延長線上にはない新たな発想が必要で、大きな経営の転換点になる」と述べた。

その上で、パラダイムシフト対応型イノベーションのマネジメントには、イノベーションの目標設定が必要だと言及した。明確な目標を設定することで、リスクの高いイノベーション創出に向けた行動指針がメンバー間で共有され、協調を促しつつ効率的に成果を出す出発点になるという。

さらに、その目標設定を事業化、マネタイズへと導くために、各企業のビジネスモデルとの整合性に留意しなければならないとも指摘した。中原氏は複合機を例に挙げ、「インクなどの消耗品で稼ぐビジネスモデルは日本市場では有効だが、新興国では消耗品が高コストになると敬遠されてしまう可能性もあり、同じ技術でも全く違うビジネスモデルを選択する必要がある」と話した。

また、部分最適ではなく全体最適のマネジメントにも言及した。イノベーションの推進主体となる開発部門だけではなく、設計や生産部門、市場に密着したマーケティング部門を関与させるなど、全社的に進める協働体制の構築が肝要との見方も示した。

さらに、組織全体のイノベーション創出のパフォーマンスを向上させるために、テクノ・プロデューサーや技術マネジャーなど多様な人材の確保・活用や育成、異動、そしてモチベーションの向上に配慮した人材マネジメントの整備が必要になるとしている。

イノベーションは一過性ではなく、継続的に新しい発想が生まれる土壌をつくる必要がある。そのために、外部の発想を取り入れるオープンイノベーションだけでなく、自社の開発力が常に磨かれていることが前提になると指摘している。

中原氏は「イノベーションは、企業の持続的発展のために不可欠であり、コロナ禍だから必要というわけではない。しかし、コロナ禍で抱いた危機感で、日本企業にハングリー精神がよみがえる可能性がある。大企業も、中小企業も、スタートアップ企業も、誰にでもそのチャンスがあり、日本経済を牽引するようなイノベーションが生まれることを期待している」と話している。


(以下インタビュー詳細)

持続的にかつ破壊的に


千葉大学の中原秀登名誉教授にコロナ禍の経営環境の変化やその対応などを聞いた。

中原秀登 千葉大学名誉教授

――コロナ禍で得られた教訓は

「オンライン化、デジタル化、非接触化などの現象が、否が応でも企業の経営スタイルを変えていくだろう。デジタル化によって、IoT(Internet of Things:モノのインターネット)に見られるように、モノをつなぎ、さまざまな情報を瞬時にセンターに集めることができるようになっている。さらに、集めたデータをAI(人工知能)で分析し、活用することもできる。AIは人間の仕事を奪うのではないかという脅威論が叫ばれてきたが、新型コロナの感染予測シミュレーションなどにも活用され、人間が生きていく上で必要な技術であると見直されている」

――オンライン化・デジタル化がもたらすビジネス環境の変化で注目すべきものは

「これまでソフトウエアを活用するときは、購入してダウンロードし、手元で所有していたが、クラウド化の進展がビジネスを変えた。クラウドへアクセスして情報を取ったりフルサービス化が進むなど、経営の環境も大きく変わっている。予約、注文、支払いなどの手続きを一気通貫で行うことが可能になり、またキャッシュレス決済のように非接触サービスも増えるに違いない。こうした動きがポスト・コロナで後退するとは考えにくい。オンライン化により、リアルとバーチャルが一体化する動きが進む一方、リアルとバーチャルの区別がますます意識され、劇場での鑑賞をはじめとする「生」の価値が再評価される。どうしてもライブで見たいという欲求も芽生えることから、そこを訴求するビジネスも出てくる。また、ブランドの価値も再評価されると見ている。ブランド力は一朝一夕には築くことはできないからだ」

――コロナ禍でイノベーションは進むか

「新型コロナの有無にかかわらず、企業にとってイノベーションが重要であることは変わらない。企業が持続的に成長するには、新しい技術やサービスを生み出し続けなければならない。イノベーションは1回成功したからそれでいいというわけではない。コロナ禍で世の中の価値観や人々の行動は大きく変わった。これまでの延長線上で物事を考えたり、元に戻ることを期待したりするのではなく、頭の中を白紙の状態にして、新しい環境に対応するビジネスを考えなければならない。日本企業はこれまでも、オイルショックや大震災、金融危機など多くの困難に直面しながらも、イノベーションを生み出してきた。コロナ危機は、イノベーションを生み出すチャンスでもあるという気概を持って、取り組んでもらいたい」


――具体的にはどうすればいいのか

「イノベーションには、既存製品の性能やサービスの向上を実現する持続的イノベーションと、従来の軌道から外れた革新的な技術によって新たな市場を開拓する破壊的イノベーションがある。チャールズ・A・オライリー教授らが、イノベーション理論『両利きの経営』で指摘しているように、持続的・破壊的イノベーションの両方に取り組んでいくことが求められている。また、社会経済全体としては、価値の創造を目指し、さまざまな要素や組織の多面的かつ継続的な相互関係のもとで成り立つエコシステム(生態系)として、イノベーション・エコシステムの展開も注目される。これは、既存分野の壁を越えて、企業をはじめ、大学や研究機関などが協力関係を結び、製品開発や事業化を通じて、市場ニーズと社会ニーズへ対応することで、社会全体として持続可能な成長を目指すイノベーションの手法であり、オープンな技術知識の交流や研究人材の流動化を促進する効果も期待される。日本企業はこれまで、与えられた流れに乗っていればそれなりにやっていけるという、ぬるま湯に浸かっていた。コロナ危機という冷水を浴びせられ、覚醒する人たちが出てくる期待が膨らむ。欧米のモデルを日本に導入すれば一定の成功が期待できる時代ではないため、簡単ではないが、チャンスは皆無ではない。特に、デジタルに慣れ親しんだ若い世代の嗅覚と斬新なアイデアに期待している」

*2021年7月7日取材。所属・役職は取材当時。

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