論争「生産性白書」:【語る】松岡 衛 生保労連中央執行委員長

全国生命保険労働組合連合会(生保労連)の松岡衛・中央執行委員長は、生産性新聞のインタビューに応じ、生保産業が目指している生産性向上は「人への投資を通じたアウトプット増大の好循環を実現すること」との考えを示した。とりわけ、生保産業を支える営業・内勤職員が能力や意欲を高め、成果を高めるためのさまざまなサポートを強化すべきだと指摘した。

「人への投資」で成長を実現 生産性を意識し、好循環のトリガーに

松岡衛 生保労連中央執行委員長
松岡氏は「産業・企業のレベルで見ると、新型コロナウイルスの感染拡大の前から、市場環境が大きく変化している。今後も持続的に発展していくためには、生産性の視点を意識し、高い付加価値を一層創造できる産業・企業へと転換する必要がある」と話す。

こうした問題意識から、生保労連は2019年に「生保産業における生産性向上」をまとめた。

松岡氏は、生産性向上をコスト削減のみと捉えることには否定的な見解を示したうえで、「お客様サービスの低下につながる人件費カットや人員削減は採り得ない。社会的使命を果たすのは営業職員であり、それを支える内勤職員だ」と述べた。

松岡氏は「営業・内勤職員ともに、積極的な人への投資を通じて、仕事のモチベーションや働きがいの向上などを実現し、創造性の発揮や生産性の向上につなげていくことが大事」と話す。生産性の向上は、従業員一人ひとりのレベルで見ると、賃金改善やワーク・ライフ・バランスなど労働条件や働き方に好影響を与えることが期待でき、好循環のトリガーになる。


生保業界が目指すべき好循環は、業務の効率化やそれに資する省力化投資を行いつつ、積極的な「人への投資」を通じて、アウトプットの向上を実現することだ。それによって、「人への投資」の原資の増大につなげることが可能になる。

従業員のモチベーションや働きがいが高まり、生産性が向上すれば、仕事の質や効率が良くなり、新しいことにチャレンジする意欲や会社へのエンゲージメントが高まり、離職率が低下するといった効果が期待できる。

しかし、現実には、従業員と組織の心的なつながりを示す「エンゲージメント指数」(IBM調査、2016年)によると、日本は世界平均を下回っており、日本企業の従業員のモチベーションの低迷が懸念されている。

このため、生産性向上に向けて、賃金改善やワーク・ライフ・バランスの実現をはじめとした労働条件の改善や納得できる評価制度の確立、生保産業の魅力度向上、風通しの良い職場環境づくりなど多面的な取り組みを行うことにより、モチベーションを向上させていくことが有効と考えている。

生保産業を支えている営業職員の賃金は、各社異なるものの、成果によって収入が変動比例給部分は少なくない。このため、自律的な接客の訓練や、知識やノウハウを学べるデジタルツールの開発などを通じ、アウトプット増大を実現できる仕組みづくりを強化すべきだと語る。

松岡氏は、「生産性白書にも記載されているが、『今日は昨日よりも、明日は今日に優る』という人間の進歩への確信に基づく生産性の理念に共感している。生保労連も生産性向上へ向けた取り組みを力強く進めていきたい」と話した。

(以下インタビュー詳細)

顧客との「接点」が業界の強み デジタル活用の新たなカタチ

生産性運動三原則の精神に則り、生産性向上を実現するには、政労使はもちろん、さまざまな関係者の意識を共有し、取り組みを進める必要がある。労働組合の立場では、経営側と協力・協議し、「人への投資」の重要性を訴え、具体的な成果の実現に向けた取り組みを推進していきたい。また、組合員に対して、生産性向上に対する正しい理解を浸透させることにより、一人ひとりの意識を高めることが重要であると認識している。

生産性向上の先には、働く者の幸せがあると思っている。生産性を測る分母と分子の計算式があるが、数字を高めるために「分母=コスト」の削減だけを捉えるならば、待っているのは悲しい結末だけだ。人件費を切り詰めるだけでは、その先にあるのは、働く者が疲弊している姿に違いない。

そもそも、お客様サービスの低下につながる人件費カットや人員削減は採り得ない。お客様をしっかり守り、フォローしているのは営業職員であり、それをサポートしているのは内勤職員である。生保産業が社会的使命を果たしていくためには、営業職員や内勤職員が役割を発揮することが重要で、また、新しい時代に適応した産業へと転換を果たす原動力の役割も期待されている。

2019年にまとめた「生保産業における生産性向上」でも示しているが、「人への投資」がなければ、生産性向上の実現もあり得ないし、高い付加価値を創造する産業への転換もできない。

インプットとしての「人への投資」を積極的に行い、従業員のモチベーションや働きがい、能力・スキルの向上を通じて、さらに「人への投資」の原資を含むアウトプットの増大につなげ、人への投資と生産性向上の好循環を実現していくことが大事だ。そして、日本経済の中でも重要な役割を担う生保産業のアウトプット向上が、経済の拡大という、さらに大きな好循環の輪を牽引する流れを創り出すことを目指している。

生保産業は、日本経済が右肩上がりの成長を続けているときやバブル経済の時代には、その勢いに乗って業容を拡大することができた。しかし、日本は人口減少時代に突入し、超少子高齢化や生産年齢人口の減少などの難しい構造問題を抱えるようになった。これらは生保産業の持続的成長を阻む大きな課題となって立ちはだかっている。

従来のやり方を続けるだけでは、この壁を打ち破ることはできない。生保産業は、市場環境の変化に対応し、持続的発展の軌道に戻るためには、生産性を意識し、高付加価値を創造できる産業や企業へ転換しなければならないと考え始めた。

先進的な取り組みを共有


新型コロナウイルスの感染拡大という困難に直面し、日本の経済社会は、時代の変化への対応のスピードアップを迫られている。生保労連としては、コロナ禍のピンチをチャンスに変えるべく、さまざまな取り組みに挑戦し、一段とアクセルを踏み込んでいる。

例えば、営業・内勤職員のデジタル活用は、コロナ禍で一段と進み、それぞれの仕事の効率を高めている。

保険営業のプロセスは、まず出会いがあり、互いを知る馴染みの期間を経て、お客様のことを理解したうえで、最適な商品・サービスを提案する。そして、契約の締結となった後もフォローを続けていく。

この一連のプロセスにおいて、営業職員にとって大事なのは、「接点」を持つことだ。しかし、コロナ禍で、営業職員がお客様のところへ足を運ぶことが難しくなってしまった。どの段階でも、「接点」がなくなるということは、保険営業にとって極めて厳しい。そこで、従来の活動に加え、デジタルツールも活用して、いつでも、どこでも、気軽に「接点」を持つことができる新しい生保営業のカタチを実現している。

生保労連は、加盟単組に呼びかけ、先進的なデジタル活用の取り組みを共有した。企業間では、競争相手にノウハウを提供しにくいが、同じ業界で働く組合員同士であれば、コロナ禍での困り事を解決するヒントを自分事として話し合うことができる。

今後の課題は、こうしたデジタルツールも活かしつつ、さらに生産性向上につなげるためにどのような使い方が効果的なのかなどについて、検討を重ねていくことだ。労働組合としても、コロナ禍での困難を乗り越えることをきっかけに、組合員に生産性向上を意識してもらえるような取り組みを考えていきたい。

デジタル化が進むことで、お客様のところに頻繁に足を運ばなくても、同じレベルの高いサービスを提供することが可能になる。

訪問によるフォローにかけるのと同じ時間を使えば、オンラインによる相談では、移動時間がない分、多くの時間をお客様との対話に費やすことができる。デジタル技術を使って、時間の効率化を実現していけば、ワーク・ライフ・バランスはより充実したものになっていく。

また、新たに創出した時間を活用し、自らのスキル向上に充てることも可能だ。デジタルツールには、eラーニングの仕組みが整っているし、スマートフォンのカメラに向かってお客様への営業トークをロールプレイングし、改善点などを指導してくれるものもある。デジタル化は、やる気のある人が自己研鑽しやすい環境を整えてくれる。

お客様の安否確認に奔走


新しい時代に対応した生保業界のあり方や、デジタルを活用した働き方改革について検討する中で、「日本の生保業界の営業職員の強みとは何か」について考えた。生保労連が目指す姿を議論し、21年7月に「営業職員体制に関するプロジェクト」最終報告としてまとめた。

簡潔に言うと、営業職員の強みは、「お客様とフェイス・トゥー・フェイスでつながる営業活動を通して、しっかりとした絆を結んでいること。そして、社会的使命を果たすエンゲージメントの高さ」であると思っている。

岩手県で機関長を任されていた時に、東日本大震災を経験した。その時の営業職員たちの献身的な行動は、今でも忘れることができない。

営業職員の中には、自らも家を流され、仮設住宅に住みながらも、震災直後からお客様の安否確認に奔走した人もいた。そして、お客様同士の横のつながりから情報を得ながら、お客様宅を訪問し、安否確認や現状の確認をして回った。

普段から、地域の安全対策のための見守り運動や、高齢者宅への声掛けなど地域活動に積極的に参加している人も多い。未曽有の大震災で自分も大変な状況であるにもかかわらず、お客様に寄り添い、給付金の手続きを行い、支援物資を届け、心のケアをした。こうした使命感や献身が、日本の生保産業で働く営業職員の本当の強みであると確信した。

今後、超少子高齢化が一層進み、デジタル革命が進展する中で、営業職員たちがその強みを生かしつつ、生産性を高められるように、「人への投資」の重要性を訴え、活動をサポートしていけるように全力を尽くしたい。



*2021年8月3日取材。所属・役職は取材当時。

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