企業経営の新視点~生産性の日米独ベンチマーキングからの学び⑮

第15回 米国ブルッキングス研究所 マーティン・ニール・ベイリー博士インタビュー

前回紹介の通り、日本生産性本部はグローバル視点の生産性研究を推進するため、米国ブルッキングス研究所のマーティン・ニール・ベイリー博士(元米国大統領経済諮問委員会委員長)を支援しています。ベイリー博士には日米独の生産性比較及び人的資本について研究して頂きました。研究成果を基に日本の生産性改善・改革につきご意見をいただきたいと思います。
(聞き手・日本生産性本部常務理事 大川幸弘)

投資拡大と高等教育システム改善を

米国ブルッキングス研究所
マーティン・ニール・ベイリー博士
大川:ベイリー博士の研究成果で、私が特に注目したのは、
  • ①日米独比較で際立つ「日本の資本投資の弱さ」
  • ②イノベーションを成功に導く「高等教育システム改善、人的資本から見た研究開発体制強化、そして女性の更なる活用の必要性」
です。まず、この2点に関し経営者がとるべき戦略をコメントいただけますか。


ベイリー:第一点目で、私たちの研究では近年日本の生産性が低迷する重要な原因に、労働者1人あたり資本量の伸び悩みがあることが分かりました。1960年から90年にかけ米国を凌ぐ高度成長を遂げていた日本は、急速に資本蓄積を進めていましたので、その頃との差は歴然としています。今後日本が資本蓄積を強化するため、以下のようなステップが考えられます。

  • ①日本での投資強化:企業が投資を行うのは、事業拡大機会があり新たな投資から十分な利益を見込めるからです。現在、日本企業は既存資産や海外事業で利益を上げていますが、国内投資には慎重です。背景には労働力や全要素生産性の伸び悩みが挙げられるでしょう。規制の弊害や、競争環境がさほど厳しくないため企業が現状満足に陥り、積極的な投資や競争を嫌う傾向も一部にみられます。

  • ②労働力の規模拡大:日本では女性労働力が十分に活用されず、昇進や育成上の障壁があります。働く女性の活躍推進は、日本の成長と投資を増やすのに重要です。また文化的摩擦が大きいのは承知していますが、人口が減少している日本は高度なスキルを持つ移民、即ち海外人材をより活用すべきです。米国ではシリコンバレー等で、労働者や起業家として移民が非常に重要な役割を果たしてきました。留学生や研究者として、米国の大学にも多大な貢献をしています。ドイツも文化的抵抗にかかわらず、多くの移民を受け入れてきました。ファイザー/ビオンテック社の新型コロナウイルスワクチンの開発者は、ドイツに移民したトルコ人です。労働力の規模拡大は、日本に成長と投資促進をもたらすでしょう。
  • ③規制緩和:日本の製造業は非常に強く、自動車や工作機械分野で世界的な有力企業が多いですが、多くのサービス業や一部の国内製造業は依然として過剰規制に守られています。そもそも規制は既存企業保護を目的とする場合が多く、優良企業の投資や事業拡大を妨げるマイナス面があります。土地利用規制に関していえば、緑地保全や居住性の担保も重要ですが、同時に企業の事業活動に制約を課すため、常に政策的な最適バランスが求められるのです。

第二点目に、教育効果を高める必要性を指摘したいと思います。

  • ①私たちの研究では日本の高等教育、特に大学学部教育は、投資効果が米独に比べ低いという結果が示されました。日本は初等中等教育の効果は国際的にかなり高いのですが、高等教育の効果は逆に低い。
  • ②私は教育政策・改革の専門家ではないので慎重な見解を示したいと思いますが、米国の大学教育の価値は、広範なテーマを論理的に思考する方法、簡単なリサーチを実践する方法、独自に思考する方法等を、学生に授けることです。大学院ではこれらの能力を高め、さらに科学、数学、工学、法律、金融、経営戦略等特定分野の深淵な知識を得られます。大学院で習得される知識は米国企業にとっても大きな価値があり、これらの分野の修士号を持つ卒業生を企業は高額な給与で雇用します。米国には国際的に上位にランクされる有力大学も数多くあります。
  • ③米国、ドイツ、イギリスなど、大学教育のパフォーマンスが高い国々からの示唆を検討すべきです。歴史や考古学のような純粋な学術研究分野も大切ですが、日本企業にとって価値ある知識や研究分野、あるいは起業を促す分野により注力すべきです。そしてどの分野であっても、学生や教員は研究や仕事の成果で評価されるべきです。
  • ④大学改革が難しい一因に、教授が教える内容や方法を変えたがらないことが挙げられます。改革を促すため、日本企業は大学の研究や教育のあり方に積極的に関心を持ち、関与した上、採用の際は、学生が大学で勉強をした内容や専攻分野に対しより考慮すべきです。

大川:日本にとり貴重な提言をありがとうございます。日本のジェンダーギャップは長い間世界的に見ても非常に大きく、その解決も遅々として進んでいません。高度な知識や技術を持つ外国人と共に仕事をする環境整備も後れをとっています。米国等先進諸国に学び、企業経営の中で本質的にダイバーシティ&インクルージョンを発展・強化させる必要性を再認識しました。また、大学院教育の充実もイノベーションを継続的に生み出すために不可欠で、産業界と大学双方で関係性を戦略的に再考すべきですね。

ベイリー:もう一つ、日本の成長に欠けている要素は、スタートアップやベンチャーキャピタルの気風、優秀な人材が新しいアイデアを見つけ、リスクを取って起業する精神です。グーグル、アマゾン、フェイスブック、ネットフリックス等、現在最も価値ある企業は大変新しく、マイクロソフトでさえ設立から半世紀も経っていません。

新しい技術開発は生産性向上につながり、技術革新の利用には新たな資本が必要なので企業の投資活動を促します。日本の大企業は過去、非常に革新的でした。しかし今日、多くの研究開発を行っているもののそれほど成功していません。対策として、①成否にとらわれず新技術に挑戦できるよう、小規模で独立した出島組織により大企業での新規事業開発を活性化する、②ノースカロライナ州リサーチトライアングルや、英国ケンブリッジ大学周辺のような、新興企業の資金獲得を支援するスタートアップ拠点や特区を政策的に整備する、の2つを提案します。

大川:日本にとって、これらの指摘は将来に向けて極めて重要です。経営者にはイノベーションを誘発する役割があり、官民の有機的連携による新技術や新市場開拓が、日本の成長発展に寄与すると改めて感じました。今回は貴重なコメントをありがとうございました。

本稿で紹介したマーティン・ニール・ベイリー博士の研究については、日本生産性本部の支援により刊行されたブルッキングス研究所の以下2つの研究を参照されたい。
Productivity comparisons: Lessons from Japan, the United States, and Germany
生産性比較:日本、アメリカ合衆国、ドイツからの教訓(日本語仮訳)
The Contribution of Human Capital to Economic Growth: A Cross-Country Comparison of Germany, Japan and the United States
経済成長における人的資本の役割:日米独国際比較(日本語仮訳)

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