論争「生産性白書」:【語る】神保 政史 電機連合中央執行委員長

全日本電機・電子・情報関連産業労働組合連合会(電機連合)の神保政史 中央執行委員長は、生産性新聞のインタビューに応じ、生産性白書に記載されている生産性運動三原則について「組合活動との親和性が高い」と指摘した。さらに、「三原則の今日的意義を普及させるためには、労使協議などの対話の場を充実させていくことが重要になる」と述べた。

労使協議充実させ、三原則の普及を 生産性を語れる新たな指標づくりに期待

神保政史 電機連合中央執行委員長
神保氏は「雇用の維持拡大、労使の協力と協議、成果の公正な分配という生産性運動三原則は、まさに組合活動のベースになり得るものと言ってもよく、組合活動との親和性が高い」と話す。

労使協議の場では、通常、会社の経営状況や成果の公正な配分について話す時、共通の指標として本業の稼ぐ力を表す“営業利益”を軸にすることが多いという。労使それぞれの頑張りを積み重ねた結果の指標が営業利益であり、それが高まれば、競争力も高まり、生産性も向上していると考えられる。

ただ、神保氏は「経験上、労使協議の場で『生産性とは何か』といったテーマで話すことはほとんどない。労使で共有できる生産性を測る新たな指標があれば、生産性の議論が進むのではないか」と提案した。

生産性を測定する新たな指標については、生産性白書でも「生産性測定の課題」(第2部第6章)として、新たな経済活動や消費者満足度の計測、企業経営におけるアウトプット評価の考え方などのテーマで議論を展開している。


最近は業績連動型賞与を採用する組合も多く、企業の業績によって一時金水準が一定の割合で増えるような連動性を持った配分を行うケースも増えている。神保氏は「仮に利益が落ちていても、『現下の厳しい環境の中では評価できる』という場合もある。定量的な指標だけでなく、交渉によって組合員の貢献・努力が適正に評価され、配分につなげられることが、労使交渉の良いところだと思う」と述べた。

一方で、中小企業の労働組合は、組織基盤が弱くなり、労使協議の場が充実していないケースも多い。労働組合を組織できず、労使協議の場が全く持てない場合もある。神保氏は「組織化されていない場合はバックアップが難しい」と危機感を示した。

このほか、日本企業の国際競争力の低下や新型コロナウイルスの感染拡大への対応を巡る日本社会のデジタル化の後れが指摘された。さらに、神保氏は、企業の研究開発力が低迷していることが、競争力低下の背景にあると指摘する。

神保氏は「日本の企業が、他の先進国などに比べて、人材への投資に消極的である現状を踏まえると、企業での教育に力を入れるほか、政府もバックアップする姿勢を示さないと、グローバルのスピードにキャッチアップできない」と述べた。

また、イノベーションを生む企業風土を醸成するには、働く環境に多様性をもたらし、知識やアイデアの化学反応を起こすことが重要になると指摘した。労働組合としては、現在取り組みを進めている、誰もが能力を発揮できる環境・制度・風土づくりをさらに加速させていく考えを示した。

(以下インタビュー詳細)

モノづくり人材の足腰強化を 産業の枠を越えた連携不可欠

生産性白書でも、日本企業の国際競争力の低下について議論されており、とりわけ、エレクトロニクス産業の競争力低下は著しいとの指摘がある。確かに、電機連合に加盟する大手13社の売上高総計の推移をみると、2000年代に入ってから約15兆円減少している。

国際競争力の低下が原因のひとつだが、もうひとつの原因は、厳しい競争に生き残るために企業が選択と集中による構造改革に踏み切り、事業売却を繰り返したことだ。

一方で、プラットフォーマーのGAFA(アメリカのIT企業G:Google、A:Apple、F:Facebook、A:Amazonの頭文字)のような競争力には及ばなくても、自社の強みを生かして電子部品や重電系などのB to Bビジネスで世界シェア上位を占めるなど健闘している日本企業もある。

日本企業が競争力を回復させるのは簡単ではないが、やはり人をどう生かすかが重要だと考える。日本の企業は、他の先進諸国と比較して、人材への投資が少ない。

そのため、デジタル人材に限らず、機械系、電気系などの基礎研究を担う人材も不足し、モノづくりの足腰が弱っているのではないだろうか。こうした状況を打開するためにも、人材への投資の拡大が不可欠だ。企業が人材育成に力を入れるのはもちろん必要だが、一企業、一産業の取り組みだけではとても追いつかない。

義務教育や高等教育、リカレント教育など、何歳になっても学べる機会の提供が必要である。労働組合としても、組合員が新しい技術を身に付けたいと考えたときに学べるような仕組みを構築していきたい。

また、好むと好まざるとにかかわらず、人材の流動性は高まっており、産業の枠を越えた連携は欠かせない。これまでは、配置を転換せざるを得なくなった場合に、企業やグループ企業が受け皿となってきたが、今後はそれも難しさが増すだろう。

こうした人材の流動化に対応する教育の仕組みをつくることも求めていきたい。その際、働く人たちが、スキルを身に付けるために会社を辞めてしまっては生活に困窮してしまう。生活面も含めたセーフティーネットの整備や、次の仕事の機会の提供なども国を挙げての課題となろう。

新型コロナウイルスの感染拡大への対応を巡り、日本社会や日本企業のデジタル化の遅れが浮き彫りになった。コロナ禍の教訓をバネにデジタル化を進めることは待ったなしであり、国を挙げて取り組んでいかなければならない。電機産業としては、強みを発揮し、成長につなげていく絶好のチャンスと捉えるべきだ。

情報通信分野だけではなく、製造装置などのモノづくりの分野でも、DX(デジタルトランスフォーメーション)は商機である。

また、企業の業務改革や、働きがいを生み出すDXもある。業務プロセスのDXでは、ウェブコミュニケーションやオンライン会議が進んだことで、さまざまな変化が起こっている。

例えば、ウェブコミュニケーションのツールを使って、ダイレクトに社長に意見を具申できる取り組みもあると聞いている。意見はカテゴリーごとに分類され、社長は社員がどういう考えを持っているか、傾向を把握することができる。社員側も社長からコメントが届くことで、モチベーションの向上にも寄与しているそうだ。

制度・環境・風土を整える


イノベーションを起こすには多様性のある人材が集い、知恵やアイデアの化学反応を起こす仕組みが必要である。日本の企業風土には、良い面も悪い面もある。帰属意識やヒエラルキーの要素が強い従来型の組織は、イノベーションの創出にはマイナスに作用する場合もある。

最近は、外からの人材の流入も進んでいるほか、企業内における人の流動化を意図的に進めている企業もある。イノベーションを導く化学反応が起きやすい仕組みの構築は進んでいる。

多様性のある組織や仕組みの構築でカギとなるのが、女性が活躍しやすい職場づくりだ。電機連合の組合員における女性のウエートは20%に満たない。製造現場ではどうしても男性組合員が多くなりがちだからだが、オフィスワーカーだけの比率でみると、女性の進出は間違いなく進んでいる。

男女雇用機会均等法の施行以降、政府は女性活躍を推進する政策に取り組んでおり、制度は整ってきている。それでも、制度を趣旨通りに活用できる環境整備や意識改革の実現には課題も多い。

電機連合や加盟組合でも、男性の育児参加の意識を高めるために、育児休職をした組合員を招いて、経験を共有したり、組合が主体となって託児所を設置・運営したりするなど、制度の構築、環境の整備、風土の醸成に取り組んでいる。

良い制度があっても、それを取得しにくい雰囲気は、なかなか払拭できない。制度を活用した人に対し、心無い言葉がかけられるなどのハラスメントはいまだにあると聞く。

男性も子育てを行いやすくする改正育児・介護休業法が成立し、2022年度には施行される。子育てしやすい就労環境を整え、少子化の進行に歯止めをかける狙いがあるが、労働組合としても、こうした機会を捉え、男性の育児参加意識を高めることを通じて、女性が長く働きやすい環境を整え、誰もが能力を発揮しやすい多様性のある職場づくりを進めていきたい。

総力挙げて技術開発を


政府が掲げている「カーボンニュートラル」の目標を実現するには、産業界の取り組みが極めて重要だ。

社会経済活動と脱炭素社会の両立を模索していくことが求められている。省エネ技術の開発に注力するなど、電機産業は、カーボンニュートラルに幅広くかかわっている。電機連合としても早い段階から多方面での取り組みを進めており、今後も継続していかなければならないと考えている。

しかし、脱炭素社会に向けた取り組みは、国民の合意がなければ成り立たない。産業、企業、労働組合の取り組みがあり、さらに国民一人ひとりの意識の高まりがあってこそ、カーボンニュートラルへの道筋が見えてくる。

再生可能エネルギーの技術開発も進められているが、大量の電気は貯めることが難しいという現実を踏まえると、太陽光発電を含む再生エネだけで電力を賄うことは困難である。

昨年から今年にかけての冬の電力のひっ迫は記憶に新しい。コロナ禍での東京五輪を開催したこの夏の電力状況も相当厳しいものだった。こうした状況を踏まえ、カーボンニュートラルの実現には、大量の電気は貯めることが難しいという技術の壁を突破する蓄電池技術の開発を進めていく必要がある。

蓄電池技術や蓄電池を活用した新エネルギーの活用を巡っては、中国が国家的なプロジェクトとして技術開発を行い、米国は民間の大規模な投資をテコにビジネス化に取り組んでいる。資源小国の日本も、総力を結集して取り組みを進めるべきだろう。



*2021年8月4日取材。所属・役職は取材当時。

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