コロナ危機に克つ:ミツカンの目指す食

新型コロナウイルスの感染拡大で、人々のライフスタイルや価値観が変化する中、大きな影響を受けているのが「食」をめぐる環境だ。私たちの「食卓」はどこへむかうのか。また、食の関連企業は変化にどう対応すべきなのか。ミツカン代表取締役専務の石垣浩司氏に聞いた。

劇的変化の先を読む ボーダレス化さらに加速
ミツカン 石垣浩司代表取締役専務に聞く

石垣浩司 ミツカン代表取締役専務
《ミツカングループの2020年度業績は増収増益だった。内食需要の高まりで、つゆ、鍋つゆ、ぽん酢をはじめとした家庭用商品の主要セグメントが好調な国内事業などがけん引し、コロナ禍の影響による外食向け需要の減少をカバーした》

ミツカングループとしては、今の追い風はあくまでも一時的なものであり、有利な立場にいるとは思っていない。ただ、コロナ禍で食をめぐる大きな変化が起こっていることは明らかで、その変化を先取りした企業が生き残っていくだろう。業績の好調さを楽観するのではなく、今後は厳しくなると予想し、気を引き締めている。

コロナ禍がわずか1~2年で起こした変化だが、すでに次の変化を見せている。家庭内で食卓を囲む頻度が多くなっているのは確かだが、家庭向け商材を詳しく見ると、売れているものばかりではない。例えば、納豆など、調理せずに食べられる即食系の商品は売れているが、手をかけて調理するための基礎調味料は売れ行きが鈍りつつある。これは、いわゆる「内食疲れ」の傾向が強まっているのではないかと見ている。コロナ禍で起こっている大きな変化を、単純に「内食が増えた」と考えているだけではダメで、この劇的な変化の先を読み、先手を打って、将来必要になるモノを準備できるかがポイントになる。


《ミツカンがコロナ禍の先の変化を捉えるために進めているのが「レシピの”コト”化」だ。生活者のライフステージごとの変化を察知し、それに沿って「誰と、どのように楽しんで作って、食べるのか」を考えたレシピ提案を行い、その調理と喫食を通じて、食の原体験を生活者と共創する》


「内食疲れ」は、家庭でモノを食べる機会が増え、料理を作ることを義務と受け止め始めていることの表れだ。「レシピのコト化」の狙いは、調理を義務ではなくエンターテインメントにするためのきっかけを提供し、生活者が楽しみながら投稿し、双方向でやりとりする中で新しい食文化を作ることだ。

コロナ禍で起こっている変化として、「簡便」「即食」という要素があるが、こうした人々の意識の変化を考慮し、強制的に起きている環境変化の中でも、心地よいもの、ポジティブにやってみたくなる提案を考えたい。

社会の閉塞感によりストレスを抱える人は多い。当たり前に人と会えなくなる中で、会える人たちと団らんを楽しみ、心を健康にすることで、身体や社会の健康にもつながることを期待している。

例えば、今年度からスタートした「デュエットクッキング」という企画は、義務的に作らなければならない調理が、パートナーと二人で作ることで、非常に楽しくなるようなメニューを考えるものだ。

また、「板前ベイビー」は、子供が寿司の板前に扮し、見様見まねで作ったものを、家族で食べるという企画だ。料理を通して、気持ちが和らぎ、家族の団らんを実現しようという狙いもある。

「NEOしゃぶ」は、鍋を高級なレシピではなく、気軽に楽しめるものにする。食事は、作る人と食べる人に分かれてしまいがちだが、鍋には食べる人と作る人の垣根がない。食材を買ってきて、みんなで作りながら食べられる。家庭内で、しゃぶしゃぶのような鍋の頻度を高めることで、食事を通したコミュニケーションが活性化することを狙っている。

こうした企画は、レシピ動画で発信することで、反響が寄せられて、それをウェブで紹介している。また、レシピを試してみた人がSNSに投稿するケースも増えている。話題となったメニューは、スーパーなどの得意先に動画とともに提案するなどの試みを進めている。


《居酒屋やレストランが営業の自粛や制限を求められるなど、外食産業を取り巻く経営環境は厳しさを増している。テイクアウトやデリバリーサービスの拡充に取り組むなど、出口の見えない戦いに奮闘している企業は少なくない》


うどんチェーン店が持ち帰り用の弁当をヒットさせるなど、外食産業の形態は大きく変わっている。外食、中食、内食という定義があいまいになり、これからはボーダレス化がさらに進んでいくと見ている。

生活者側にとっての食のボーダレス化も進むだろう。これまでは家族のイベントの時は外食で楽しんでいた人が、イベントの時は内食にして、普段の食事に外食を増やすこともあり得る。

「日々の食事は一人で、または少人数で、さっと外食で済まそう」。そして、「大人数で楽しみたいイベントの時は、いつも一緒にいる人たちと家で食事をした方が安全だし、気兼ねすることなく多少ワイワイと食べられる」と考える人が増えるかもしれない。

そういう意味では、「内食にチャンスがあって、外食にはチャンスがない」と考えるのは短絡的だ。コロナ禍の自粛という強制的に起きている環境変化を、リスクと捉えるのか、チャンスと捉えるのかによって、企業の対応は大きく変わってくる。変化をチャンスと考え、適切に対応できた企業が、将来、生き残っていくだろう。


《ミツカンでは、変化をチャンスと捉え、それに合わせたトランスフォーメーションができるように、仕事のやり方や組織のあり方を大きく変化させようと、試行錯誤を行っている》


大きな変化は、家庭の食卓にも起きている。例えば、精米の販売が減っているのに対し、無菌包装米飯などをスーパーやコンビニで買ってくるという行為は増えているという。これまでの家庭では、食卓の中心はご飯であり、ご飯が炊けたら食卓が整ったという感覚を持つ人が大半だったが、そうではない家庭が増えている。

例えば、ご飯を食べる行為をエンターテインメントとして捉え、スイーツを楽しむように友人と一緒に食べる若者もいる。そうなると、家で食べる親世代は、無菌包装米飯などを用意すればよく、わざわざご飯を炊くことをしなくなっている場合もある。

家庭の食卓ごとに、さまざまな事情があり、変化が起こっている。企業は、こうした変化を先読みし、新たなビジネスにしなければならない。しかし、企業自身が現状に満足していてはチャンスを生かすことはできない。変化に対応できる態勢にトランスフォーメーションしていかなければならないと考えている。

これまでは、食酢と言えば、酸っぱいモノ、酢の物や寿司をつくるための調味料という概念だった。しかし、食酢を健康の要素として考えるならば、食酢が違う価値のある食品であり、さらに、食品以外のモノになる可能性が出てくる。

社内では常に「食酢をこれまでの食酢と考えるな」と号令をかけている。食酢市場そのものの捉え方を見直し、社内をどうトランスフォーメーションさせるかがカギだ。

ディスカッションを繰り返しながら、さまざまな可能性を考え、アイデアを出し合い、新しいチャンスの芽を探しているところだ。唯一の正解はないと思っている。



*2021年8月25日取材。所属・役職は取材当時。

関連するコラム・寄稿