論争「生産性白書」:【語る】大坪 清 関西生産性本部会長

関西生産性本部会長で、段ボール製造・販売国内最大手であるレンゴー会長兼CEOの大坪清氏は、生産性新聞のインタビューに応じ、生産性白書にも記載されている生産性運動三原則の意義を再評価した上で、今後「利益の公正配分」の実現が重要になるとの考えを示した。そのためには、「米国型資本主義」から人を重んじる「日本型資本主義」への転換を図り、「日本型生産性」の研究を推進する必要性があると指摘した。

「日本型生産性」の研究進めよ 「人」を重んじる経営へ転換を

大坪清 関西生産性本部会長/
レンゴー会長兼CEO
大坪会長が企業経営で重要視しているのは、「現場を重んじ、人のつながりを重んじること」。レンゴーの社長を引き継いだ2000年の時点で2,000億円台だった同社の売上高は、今や7,000億円に迫っているが、その原動力は「人」を重視した日本型の経営手腕だ。

それを示す例は、リーマン・ショック後の大不況下の2009年、「派遣切り」が社会問題化する中で、レンゴーは派遣社員1,000人を一斉に正社員化したことだ。大坪会長は、「正社員化した人たちのモチベーションが上がり、段ボールの給紙の方法を工夫して、シートのロスを大幅に減らすなど、正社員化のコストを上回る生産性向上の効果を得た」と語る。

生産性白書でも議論している日本の生産性を巡る問題点については、「米国型の金融資本主義、あるいは、株主資本主義に基づいた労働生産性や資本生産性の考え方が日本に押し寄せ、本来の日本の経済システムが壊れてしまったのではないか」と危機感を示す。


具体的には、短期の利益を求める米国流の経済システムの下では、企業評価がROE(自己資本利益率)に偏り過ぎる傾向があることを問題視している。ROEは投資家から重要視される財務指標で、ROEが高いと株価も上がりやすい。

しかし、大坪会長は「ROEは重要だが、これがメインの経営指標になってはいけない」と指摘する。リターンは高める必要があるが、分母のエクイティ(株主資本)に対する考え方を間違えると、分母を小さくすれば良いという極端な考え方に行きついてしまうからだ。

大坪会長は「現状の利益の配分では、まず株主が取り、会社が取り、そして最後に働く者が取るということになってしまっているケースが多い。米国型の株主資本主義や金融資本主義の考え方に染まってしまっているからだ」と話す。

ようやく日本でも、株主主権論の行き過ぎを指摘する声も出てきた。大坪会長は、「会社が株主だけのものになってしまうと、株主資本主義に突っ走ってしまう。企業経営がマネーゲームになると、人も大事にされないし、利益を社会に還元して社会貢献をするという企業の役割も見失われてしまう」と警鐘を鳴らす。

その上で、日本の産業界が、米国型の金融を重視する資本主義一辺倒から軌道修正し、文化や伝統、そして人を重んじる日本型の資本主義に基づく「日本型生産性」の研究を始めることが重要だとの考えを示した。

大坪会長は「真の成果の公正配分を実現しようとするなら、この際、米国型資本主義から日本型資本主義、いわば公益資本主義に変えていくべきだろう。日本生産性本部が音頭を取って、インセンティブを作り出しながら、研究機関と連携して運動を進めていく必要がある」と提起している。

(以下インタビュー詳細)

デジタルとアナログの融合を 個が活かされる社会の実現へ

創立65周年を迎えた関西生産性本部は、関西における生産性運動をリードし、関西復権に向けた取り組みを強化している。「新たな価値の共創」を新ビジョンに掲げ、生産性革新リーダーの育成にさらに注力し、その取り組みを通じて、国際的なイベントである2025年の大阪・関西万博の成功を支える多様な人材の輩出につながることを目指している。

新ビジョンの狙いの一つは、デジタルとアナログの融合で、個が活かされる豊かな社会を実現することだ。新型コロナウイルスの感染拡大でクローズアップされたデジタル化に関しては、本質をわきまえた上で、変えていくことが重要になる。アナログの良い点を十分に踏まえた上で、デジタルを有効活用し、ニューノーマルを作り上げていくという視点を重要視する。

「デジタル・トランスフォーメーション(DX)」は重要だが、その前に、ニューノーマルに適した働き方を実現する必要があると考える。働き方改革を含めた「DX」としなければならない。

そもそも、トランスフォーメーションとは何か。日本語に訳せば、形質転換、本質をわきまえてその形をどんどん変える、ということだ。すなわち、形を変えるためにデジタルを本当に分かろうと思えば、その前は何だったのかを理解する必要がある。デジタル以前のアナログの世界を本当に理解しないと、デジタルの世界を本当に理解することにならない。

身近なデジタルと言えば5Gだ。サイバーに頼りきるのは問題であり、サイバーに頼る前にフィジカルを知る。サイバーとフィジカルを理解し合ったシステムをつくり、真のCPS(サイバーフィジカルシステム)をつくり上げなければならないと考える。

サイバーの関連語にバーチャルがあり、バーチャルの対義語としてリアルがある。そして、アートとサイエンス、実際の知と技術知、極端に言えば、文明に頼りきるというのは問題がある。

文明の前に文化を知る必要がある。文化とは、伝統と歴史と慣習である。京都大学の山極壽一前総長は、SDGsには17の目標があるが、足りないものが一つあり、それは「文化」であるという話をされた。文化を求め、大切にすることはとても重要だ。

この他の新ビジョンの狙いは、労・使・学が有機的に結びつくプラットフォームを提供し、共に新たな価値の創造を目指すこと、また、今こそ関西が飛躍を遂げるチャンスと捉え、関西の復権に貢献することだ。

関西の特徴として、高い技術力を持つ中堅・中小企業の集積がある。中堅・中小企業が生み出している付加価値額がわが国産業の50%強を占めていることからしても、日本経済の重要な担い手であることは言うまでもない。

関西には、ニッチな分野で優秀な製品をつくり、また、他の製品では代替できない独自性あふれる製品を生み出すことで、高いシェアを維持・向上させている中堅・中小企業が数多く存在している。中堅・中小企業のさらなる活性化がなくては、関西経済の復活・興隆はあり得ない。

しかし現状では、中堅・中小企業の労働生産性は大企業の半分にとどまっており、規模間格差は拡大傾向にあるとの調査もある。『中小企業白書』の分析によると、中堅・中小企業は、資本生産性は高いが、資本装備率は大企業に劣っていることが示されている。

中堅・中小企業が労働生産性を高めていくには、資本装備率を高めるとともに、イノベーションの創出と環境変化に迅速に対応する経営革新に取り組むことが求められる。

関西生産性本部は、中堅・中小企業の生産性向上と、モノづくり分野での生産性向上を支援している。経営革新のベストプラクティス事例に学ぶ「中堅企業研究会」や、経営革新を担う次世代人材を育成する「KPC中堅企業経営塾」、経営品質向上活動による経営革新支援などは関西らしい取り組みだ。

また、人口減少と少子・高齢化の同時進行、その結果としての生産年齢人口の減少にどのように対応するかも重要な課題だ。人材不足を克服するためには、技術革新を迅速かつ適切に展開し、生産性を向上させる必要がある。

それを担うのは結局「人」である。生産年齢人口減少下において、イノベーションと生産性向上によって新たな価値を創造する、いわば「中核人材」を育成することを狙いとする活動を展開していく。

コロナ対策と経済活動の両立を


日本企業が今直面している最大の経営課題は新型コロナの感染拡大防止の対策と経済活動の両立だ。企業や労働組合、自治体にコロナ禍が与える影響は厳しく、変革が求められている。

新型コロナのワクチン接種が進めば、今年後半には経済活動が戻り、ポスト・コロナへの先行きが見えてくると言われている。しかし、感染力の強いデルタ株の登場に見られるように、コロナ禍の出口はなかなか見通せない。

コロナ禍の企業への影響については、宿泊、飲食、旅行など接触型のサービス業は大きなダメージを被っているが、ソフトウエアなどの情報関係、ゲーム、食品スーパー、家電、宅配などの業種は業績を伸ばしている。産業によって影響の度合いにばらつきがあるのが特徴である。

一方、これまでの労働組合活動は対面による対話活動が基本であったが、コロナ禍の影響で活動の変革が求められている。当本部の「第5次ユニオン・イノベーション特別委員会」の予備調査では、さまざまな議論が行われている。

コロナ禍によって、企業、学校、商業施設などの活動に影響が出た。自治体は、休業を余儀なくされた企業などへの休業補償、オンライン授業の実施などの対応に追われている。財源や今後の施策のあり方など悩ましい課題が山積している。その中で、医療関係者には、感染防止策の周知徹底や重病者のための病床確保、ワクチン接種の準備と実行などに取り組んでいただき、感謝している。

ワクチン接種や、デジタル化、環境問題、ジェンダー、人権、財政などさまざまな社会課題において、日本が「後進国」へと転落したのではないかという新聞記事を読んだ。その背景には政治・行政の劣化があるとの分析だった。

この分析に100%同意するものではないが、国としてのガバナンスが問われていることは確かで、産業界としても襟を正して、ガバナンス改革に取り組み、官民協力して、様々な課題に主体的に取り組む「先進国」へと復帰する必要がある。

関西には医薬品や医療機器分野の企業や研究機関が集積しており、大きな強みとなっている。また、生活用品などの最終製品から、精密機器、化学工業、鉄鋼業などの基礎素材など、多彩なジャンルの製造業もあり、層の厚い産業集積ができている。関西の製造業がオープンイノベーションによる共創を推進することで、新しい製品・市場の創出を目指してほしい。

そのためには、「トランスフォーメーション」による生産性向上を行い、スピード感を持った取り組みを行うことで、ポスト・コロナでのグローバル競争を勝ち抜く力を付けることが必要である。



*2021年9月3日取材。所属・役職は取材当時。

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