コロナ危機に克つ:山口の釣り具メーカー「サンライン」

釣り糸のことを「ライン」という。1977年の創業以来、釣り人のニーズに応じたさまざまなラインの開発を手掛けるサンライン(山口県岩国市)は、新型コロナウイルスの感染拡大をきっかけに世界的にフィッシングブームが到来する中で、ビギナーにも釣りの魅力を伝え、ファンを増やす取り組みに知恵を絞る。また、釣り人たちが、いつまでもフィッシングを楽しめる自然環境を守るため、持続可能な社会の実現にも力を入れている。

3密回避で釣りブーム到来 次のステップへ知恵

左からサンラインの梶尾延行専務、中野郁夫社長、宮本照三管理部長
サンラインの中野郁夫社長は「創業以来、『お客様第一主義に徹し、品質至上主義を貫こう!』を企業理念の第一に置き、常に最高品質の製品を提供できるよう努めている。現在は、日本のみならず世界50カ国以上で支持されており、世界中のニーズに応えるために日々研究開発を重ね、あらゆる魚種、釣法、地域に対応した、多種多様な製品を提供している」と語る。

釣り具問屋として創業したが、釣具店に営業する中で、釣り人がラインに対して強いこだわりを持っていることを知った。さまざまなニーズに応じた釣り糸を自社で製造しようと一念発起し、ラインメーカーとしての歩みを始めた。

当時は、釣り糸と言えば、大手合繊メーカーのドル箱事業だった。大手企業から釣り糸の供給を受けて、表面の樹脂加工を手掛ける事業からビジネスを拡大し、1991年には地元の工業団地に釣り糸製造の一貫生産工場を建設し、釣り糸製造メーカーへと成長した。


釣り糸加工メーカーとして培った技術をモノフィラメント製造へと展開し、ポリアミド樹脂、ポリエステル樹脂、フッ素系樹脂からなるモノフィラメントを製造・販売するほか、高強力ポリエチレンからなるマルチフィラメントも取り扱っている。原糸や加工製品は、水産資材、衣料、スポーツなどの幅広い分野で活用されている。

また、環境に優しいプラズマ特許技術を活用した事業にも力を入れている。サンラインの大気圧低温プラズマ技術は、熱に弱い物質・生体への適応を実現しており、例えば、植物にプラズマを直接照射しても、焦げたり燃え出したりすることはない。得意とする繊維だけでなく、農業や医療、環境への応用を視野に入れている。

新型コロナの感染拡大は当初、釣り人たちの動きも止め、サンラインの事業も2019年後半から20年前半にかけては停滞を余儀なくされた。しかし、20年のゴールデンウイークを境に、釣り人の動きが再開したという。

サンラインの梶尾延行専務は「コロナ禍で3密を回避できるレジャーとして、フィッシングやサイクリング、ランニングなどアウトドアレジャーの魅力が見直された。そして、ファミリー層や初心者が、この機会に釣りを始める動きが広まった」と話す。

ただ、20年はフィッシング市場が盛り上がりを見せたものの、21年の春以降は伸び悩みの傾向が出ている。全国の釣具店を回る営業担当者のヒアリングなどによると、「釣りは天候の影響を受けやすい。21年は天候不順によって、家族層の足が遠のいた」とみる向きもある。

梶尾専務は「コロナ禍で吹いた追い風を、バブルで終わらせてはならないという気持ちを強く持っている。一時的な需要の増減に一喜一憂するのではなく、ニューノーマルと呼ばれるコロナ禍を経て変化した新たな生活習慣を見定めて、釣りを楽しんでもらうにはどうすればいいのか、新たに参入した家族層が次のステップに進むには何が必要かなどを考えていきたい」と話す。

また、サンラインの各事業部門は新型コロナの感染拡大防止対策にも取り組んでいる。営業部門は、横浜市に東日本支店、大阪市に関西支店を構え、関西以西に関しては山口県にある西日本支店でカバーしている。梶尾専務によれば、「テレワークや時差出勤を実施したほか、お客様との面会も意識的にリモートを活用している」という。

これまでは、ルート営業を得意としてきたため、最初は営業担当者に少なからぬ戸惑いがあったという。しかし、ノートパソコンなどのツールや通信環境を揃えて体制を整え、オンライン営業の強化に前向きに取り組んでいる。

釣り具チェーンなどの大口顧客は、オンライン環境を整備し、リモートでの仕事の仕方に大きくシフトしているので問題ないが、地方の個人経営の釣具店などからは「こっちに来て説明してほしい」という要望が強い。また、釣り糸は、見て触ってもらうことも重要だ。しかし、梶尾専務は「将来を見据えると、バーチャルでもリアルでも、しっかりと説明できるようなツールも登場するだろうし、デジタル時代への備えは必要だと考えている」と話す。

生活者側にとっての食のボーダレス化も進むだろう。これまでは家族のイベントの時は外食で楽しんでいた人が、イベントの時は内食にして、普段の食事に外食を増やすこともあり得る。

製造部門である本社敷地内の工場では、3密を回避するためにゾーン分けを徹底した。感染可能性をアラートするため、社内フェーズを設定し、リスクの度合いに合わせて感染拡大防止対策への意識を高め、足並みを揃える工夫をしている。オフィスでも、社内会議における時間や人数の制限、建屋から建屋を移動する際の手指の消毒やマスクの着用などを徹底した。

コロナ禍を経た人々の行動変化や、それに伴う市場の変化にも着目している。その一つがeコマースの増加だ。2017年にサンリオのハローキティとのコラボ商品を展開したのをきっかけに、オンラインショップを開設した。

ただ、顧客である釣具店との共存共栄を考え、多くの店舗に配置しにくい小ロットの商品や、店舗のない離島のユーザー向けを中心にした展開を進めている。宮本照三管理部長は「コロナ禍で、釣り人もeコマースの利用者が急増している。釣り具店の営業に直接的な影響を与えない範囲で、オンラインショップの充実にも取り組んでいる」と話す。

釣り具業界でも、大手のECサイトで店舗を開設し、販売を強化する動きも出ている。宮本部長は「eコマースを始めた釣具店から、『これまでより在庫を充実させたい』という相談も増えている。在庫を増やし過ぎると他に回すのが難しいので、どうリスクを回避するのか、店舗と一緒に検討している」という。

中野社長が「持続可能な社会の実現に向け、SDGsに参画し、当社の保有する環境に優しいプラズマ特許技術などを通じ、業界の枠にとらわれず社会に貢献していく」と強調するように、サンラインは地球環境保護の活動にも積極的だ。

コロナ禍を機に、ファミリー層や初心者が釣りの楽しさを知った。今後もビギナーやコアのファンに繰り返し足を運んでもらうためにも、釣り場環境の維持と魚の資源の保護は、釣り具業界にとって至上命題となる。

サンラインは、業界の枠を越えて自然環境を守る取り組みでスクラムを組み、自治体などとも協力しながら、自然豊かな釣り場を守る活動を一層強化していく方針だ。


*2021年8月31日取材。所属・役職は取材当時。

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