コロナ危機に克つ:広島電鉄 既存事業の「変革」と新規への「挑戦」

広島電鉄は、既存事業の「変革」と新たな事業機会への「挑戦」に取り組み、成長性の高い領域への経営資本の再配分に乗り出している。主力の鉄・軌道事業やバス事業の業務効率化を徹底する一方、新型コロナウイルス感染症に対応したニューノーマルで生まれた新たなニーズの掘り起こしを狙う。交通政策やDX戦略などを担当する仮井康裕専務に聞いた。

交通業務の効率化徹底 ニーズ掘り起こしも必要
広島電鉄 仮井康裕専務 戦略語る

仮井康裕 広島電鉄専務
《広電グループの目標と計画を明確化し、経営基盤の強化と企業価値の向上につなげるため、中期経営計画「広電グループ経営総合3か年計画2022」を21年5月に見直した。経営環境が大きく変化する中で、持続的な成長の実現を目指す。さらにコロナ禍での教訓を踏まえた新たなビジョンの策定に関する議論も始まっている》

運輸事業のウエートが高く、事業ポートフォリオを見直す必要性がある。昭和40年代から続けてきた事業が多く、抜本的な見直しに着手したい。今年1月には老朽化していたホテルを廃業するなど、運輸業の比率がさらに高くなっている。収益バランスが運輸業に偏っているため、今回のコロナ禍の影響を大きく受けたことを教訓としたい。

ただ、全く関連性のない別の業種に一足飛びに参入するのはリスクが大きいため、現在の事業の周辺を検討し、業種の広がりを持たせ、少しずつ別の事業へも足を延ばす現実的な戦略を考えている。これまでも社員に「変わろう」と呼びかけており、やっと変革の緒についたところだ。


広電グループの運輸事業は鉄・軌道事業、バス事業を中心に展開しており、それぞれの採算性を改善するため、さまざまな改革を進めている。鉄・軌道では、「広島駅前大橋ルート」と名付けた新線の工事中で、2025年春に開業する予定だ。駅から市中心部への速達性が高まる。

「乗り物を走らせていれば、乗ってもらえる時代」は終わり、ポスト・コロナという新常態の中で、人々の新しいニーズに応えた利便性を提供できるかが問われている。より分かりやすく使いやすい路線や運賃の見直しをはじめ、広島に合った公共交通のあり方を他社と協力しながら検討している。

打撃を受けた観光業はいずれ回復する。それに対応したMaaS(モビリティ・アズ・ア・サービス)やスマートフォンを活用したモバイルサービスなどのICT化は大きな課題だ。乗客の利便性向上を第一に考えた乗車券システムや、経路検索システムなどへの投資にも既に取り組んでいる。

合理化についても、デジタルを活用している。バスの営業所において、遠隔地からの運行前点呼をリモートで行い、乗務員のバイタルデータ(人体から取得できる生体情報)を含め遠隔管理できるシステムの整備を進めている。現在、国土交通省による社会実験にも参加している。

中山間地域の交通網を維持しようとすれば、営業所の統廃合と管理部門の集約は避けられない。今後は、他社とも連携し、こうしたシステムの活用を進めていきたい。


《「挑戦」を掲げた新たな交通モデルとして、五日市湾岸地区で運行を始めたAI活用オンデマンド型交通「スマートムーバー」の他地区への展開や、将来的な自動運転を検討。広島版MaaSやデジタルチケット「MOBIRY」の仕組みを用いて地域のイベントや文化・観光施設、学会などと連携し、移動の機会そのものを増やす取り組みを加速する》


AIオンデマンドバスは、乗りたい時にスマホのアプリや電話で小型の乗合車両を呼ぶことができるサービスだ。予約客を目的地まで運ぶ間に、他の予約が入ってくると、AIが最適なルートを導き出す。

当初、タクシー会社に相談したが、採算が合わないと敬遠された。そこで、新会社「ひろでんモビリティサービス」を設立し、まずは広島市西部の五日市湾岸地区で運行を始めた。

このサービスで収益を確保することは考えていない。中山間地域では、高齢者がバス停まで出てくるのが大変で、小さく小回りの利くモビリティが必要になる。

バスを走らせた場合と比べて赤字額を圧縮することが可能だ。バスの運転に必要な大型二種免許取得者も高齢化により減少しており、運転手不足解消にも役立つことが期待できる。


《宮島口の観光商業施設「etto」や広電西広島に隣接の「KOI PLACE」の開発を通じて、にぎわいを創出。広島都心会議に参画したほか、完全民営化した広島空港運営会社に出資した。広島市中区東千田町周辺地区の再開発と併せて街づくりに積極的に関わる。当初の計画通り、広島駅南口広場の再整備等事業に合わせて25年春に駅前大橋ルート供用開始を目指し、宮島口整備事業も23年春完了の予定だ》


路面電車(軌道)を中心に運輸事業を展開している特徴を生かし、街を「面」で捉えた街づくりを進めようと考えている。不動産事業では、広島市の中心部にオフィスビルを所有しており、「職住近接」の住みやすい街が強みのひとつになる。

本社所在地(東千田町)周辺の地域に企業内保育所を作ったが、今後は賃貸マンションや住宅以外の施設等もつくっていきたい。郊外に住んでいた世帯で子供が独立して夫婦二人になったり、高齢になり一人になったりすると、中山間地域から中心部へ移ってくる人も多い。高齢者が住みやすい街をつくりたいと考えている。

そもそも路面電車は高齢者に優しい乗り物であり、今後も住民が安心して移動できるような便利さと優しさに磨きをかけたい。例えば、現在、乗り降りがしやすい超低床車両は約6割だが、今後はこの比率をもっと上げていく。

中心部を運行する路面電車と郊外を結ぶ鉄道の乗り入れは昭和30年代から取り組んでおり、コンパクトシティとしての機能は充実している。若者はもちろん、病院に近く、運転免許を返納しても移動に困らないよう、高齢者も中心部に住むようになるのではないかと考えている。

ビジネスで広島を訪れる人にも便利に使ってもらえる公共交通を提供したい。出張先の街で路線バスを利用しない人が多いのは、どこへ行くのか、どこで止まるのかが分からないからだ。簡単に経路を検索し、路面電車やバス、自転車など、どのモビリティでの移動が便利なのかを提示し、乗車券の決済も行えるデジタルチケットサービス「MOBIRY」を充実させていきたい。

広島市は、学会や国際会議が多く開かれる「グローバルMICE都市」を掲げる。関係機関が会議の誘致や開催支援活動の強化に取り組んでおり、広電グループでは、外国人参加者にも安心して公共交通を活用してもらえるよう、会議参加の登録と公共交通機関のフリーチケットを同時に購入できるシステムの開発を進めている。今はコロナ禍で会議自体が非常に少ないが、実証実験にも取り組んでいる。

コロナ禍を経て、これからは大都市圏と広島との距離のハンデは減るだろう。広島に住みながら、リモートで仕事ができる機会は増える。広島を選んでもらえる街づくりを進める。

時差通勤は今後も進むことが考えられ、デジタルチケットで時間を区切って料金を設定し、時差通勤を後押しするようなダイナミック・プライシングの導入も検討している。

選ばれる街づくりの推進には、デジタル化のスピードをもっと上げなければならない。政府の規制改革が進むことを期待したいし、公共交通事業者側も変化に柔軟に対応できるように準備を進めなければならない。



*2021年9月17日取材。所属・役職は取材当時。

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