論争「生産性白書」:【語る】加賀見 俊夫 オリエンタルランド代表取締役会長兼CEO

東京ディズニーランド(TDL)と東京ディズニーシー(TDS)を中心とする東京ディズニーリゾートを運営するオリエンタルランドの加賀見俊夫代表取締役会長兼CEOは、生産性新聞のインタビューに応じ、サービス業の生産性向上を実現するためには、多様化する顧客のニーズへの対応が重要になるとの考えを示した。そのうえで、東京ディズニーリゾートのコンテンツや演出などソフトウエアの領域で多様化への対応を急ぐ方針を語った。

多様化する顧客ニーズに対応 規模から質へ、競争戦略を転換

加賀見俊夫 オリエンタルランド代表取締役会長兼CEO
加賀見氏は「サービス業では、顧客のニーズが多様化しており、それぞれに対応するためのハードやソフトを提供しなければならない。また、企業も従業員も考え方を変えなければならない」と述べた。均一的なサービスを提供することで、日本のレジャー産業のスタンダードを示してきたオリエンタルランドが、ポストコロナの新たな時代に対応した戦略へと舵を切った。

TDLがオープンした当初は、均一的で品質の高いサービスの提供を徹底することで、高い評価を受け、成功を収めることができた。しかし、その後40年弱が経過し、客層が大きく変化しているという。

加賀見氏は「以前は90%をファミリー層と捉えて、均一的なサービスを提供すればうまくいった。しかし、今はペアでの来場者が増える一方、同じ子供連れでも未就学児と小中学生では客層が違うと認識し、サービスを細分化しないと満足してもらえない」と話す。

多様化する顧客のニーズと多様化する従業員の価値観の双方を把握したうえで、新しい基本コンセプトを策定することで、生産性向上につなげることを目指している。

具体的な方法の一つとして、デジタル化を挙げ、「人から人へというサービスの基本を守るだけでなく、スマートフォンなどのデジタルツールを活用」することによって、一人ひとりの来園客が楽しめるサービスに進化させる方針を打ち出した。


一方、TDLとTDSのチケット価格の幅を10月から見直したことについては、「チップ文化などが根付いた欧米に対し、日本ではサービスは無料という意識が強い。少しずつ、サービスにもコストがかかるという理解を浸透させたい」とその狙いについて説明した。

見直しの内容は、予想される混雑の状況に応じて価格を4段階に分けた。休日に予約が集中する状況の緩和をめざす。平日では値下がりする日がある一方で、休日では最大700円値上げされている。季節によっても価格を変動させることによって、需要の分散化を図り、来場者数や混雑状況などパークの平準化を進める狙いだ。

TDLがオープンする前は遊園地の年間来場者数が300万から400万人程度だった中で、オリエンタルランドは開園初年度1,000万人を目標に掲げ、コロナ前には二つのパークで3,000万人以上まで引き上げることに成功した。 加賀見氏は「これまでは規模の競争をしてきた。しかし、これからは、少子・高齢化の進展に加え、コロナ禍でインバウンドの客足もすぐには戻らないと想定し、質を高める競争をコンセプトにしたい」と話した。

(以下インタビュー詳細)

「決断」こそが、革新を生む 権限委譲が現場の自主性養う

生産性向上について論じる時、業種や規模、または地域特性などによって全く事情が違うということを頭に入れておかなければならない。生産性向上について総論で話すのは簡単だが、各論になると意見が分かれてくるのもそのためだ。

オリエンタルランドのようにエンターテインメントを提供するサービス産業の立場から見ると、今後の生産性向上について最も懸念しているのが、少子・高齢化の問題である。労働力人口が急速に減少する中で、どうやって生産性を向上させるかという大きな課題を乗り越える必要がある。

労働力人口の減少に対応する処方箋としては、まずデジタル技術の活用が挙げられる。ただ、デジタル化もまた、業種によって全く違った形で進められるのではないかと感じている。仕事の内容によっては、デジタル化すべきところと、すべきではないところがある。同時に、そこで働いている人たちにとっても、デジタル対応に向いている仕事と、向いていない仕事がある。

それらをしっかりと見極めて、適正に振り分けていくことは非常に難しい問題だ。きちんと整理しないまま、中途半端にデジタル化を進めると、かえって無駄な作業が増えるという事態にもなりかねない。

そもそも、生産性の向上というのは常に進化するものであり、一度決めたからといって、それで終わりではない。変化に追いつくために、経営者は常にアップデートしなければならない。経営者の資質として、変化に対して考え方をアップデートする能力は、非常に大切だと思っている。大きく変化している時代の経営は、質と量の掛け算を考えることができるかが問われる

また、デジタル化を効率的に進めるためには、「何のためにデジタル化をするか」という理由を明確にし、その目的を組織で共有しておくことが重要になる。デジタル化はあくまでも手段であり、目的ではない。もちろん、そのものを否定するものではない。むしろ、有効活用していかないと、世の中の潮流に対応することができなくなるからだ。

顧客だけではなく、従業員の価値観やライフスタイルも多様化しており、これを束ねることは昔よりも難しい。しかし、サービス産業の競争力を担うのは「人」であり、人を育て、イノベーションをどう進めていくかが問われる中では、従業員と心を一つにして進めることが極めて重要だ。また、従業員はマニュアル通りやればよいのではなく、個々人がイノベーションをどう進めるのかを考える力がないと強い組織にはならない。

今から約40年前、TDLがオープンするとき、「人」が大事だということは分かっていたので、従業員の採用には多くの時間とコストをかけた。サービス業に従事した経験者を一人も採用しないなど、従来とは全く違った考え方で選考を始めたことが、功を奏していると感じている。

サービス業の経験者は、当社の厳しい教育やマニュアルの実践についてくるのが難しいと思った。人間というものは、過去に一度、楽なやり方に慣れてしまうと、1~2年は耐えることができても、結局は昔のやり方に戻りたいという気持ちが強くなり、サービスが低下してしまう。

最初のまっさらな状態から、サービス業のあるべき姿を自社でしっかりと教育してきたので、当社の従業員は自分で何をすべきかを考えて、自主的に行動するという習慣が身についている。

従業員が自分で判断することが自然にできた例が、2011年3月11日に発生した東日本大震災の対応だ。ゲストに対して、グッズを配って元気づけたり、食材を提供したり、寒さをしのぐため、店頭の毛布やジャケットなどの防寒具を提供するなど、会社が指示しなくても、商品本部やフード本部などが発案し、速やかに実行した。

従業員に対する教育では、一人ひとりがゲストの立場に立って、自主的にやるべきことを考える、という基本的なことだけを教えている。具体的にどうすればいいのかという各論は現場に任せる、ということが実践できたと感じている。

従業員の自主性を養うには、現場に権限を与えることも重要になる。何事も上司に聞いてから動くのではなく、自分たちの権限を発揮して仕事をする姿勢が人を育てると思う。

例えば、経営のトップである私でも、パークでは自由に行動できない。現場のリーダーやマネージャーの許可を取らなければならないという原則を徹底しているからだ。日ごろから現場に権限を委ねているので、万一の時にも、スムーズに行動ができる。

イノベーション型の経営を進めるには、経営者が社員と一緒になって、まずはやってみるという気持ちが大事だ。その結果、方向性を見極め、どう判断するか、最後には経営者による決断が求められる。

私は判断と決断を使い分けている。判断は過去の蓄積をどう見るのかであり、判断だけでは現状維持にしかならない。前に進むには、先を見据えた決断が必要になってくる。決断こそがイノベーションを起こす原動力になる。

もちろん、決断の中には失敗もある。しかし、失敗を恐れていては、前進はできない。失敗を認め、失敗を恐れずチャレンジすることで、イノベーションへの道が開ける。

日本はこれまでも、さまざまな決断と工夫を行うことで独自のイノベーションを起こしてきた。漢字を輸入してひらがなを発明したり、自動車や電化製品等を高性能化・小型化・軽量化させるなど、新たな価値観を世に広めてきた。TDLやTDSのサービス開発においても、最終的にはライセンス契約をしている米ディズニーの承認が必要だが、さまざまな決断と工夫を重ね、日本流にアレンジされた新たな価値を創出した。

40年前にTDLをつくった時、頂戴した意見の大多数は成功を疑問視するものだったし、TDSをつくった時も、「せっかく成功したのに、なぜ全く新しいコンセプトのものをつくってリスクを冒すのか」との批判をいただいた。

そうしたときには、従業員と一緒になって、「全く新しいビジネスを成功させるのだ」という野心を燃やし、一丸となって仕事に取り組んだ。コロナ禍で強い逆風を受けたが、将来どうするのかという課題について、社員と一緒に考え、取り組んでいくつもりだ。厳しい状況だが、現在も新しいコンセプトのパークをつくろうと、再び闘志を燃やしているところだ。

これからの日本も、生産性を高めていかないと成り立っていかない。そのためには、国民全員が同じ危機感を抱いて、一丸となって取り組んでいかなければならない。

生産性の向上は、「ゼロ」からつくるだけではなくて、今やっている仕事の「1」をどれだけ大きくするかを考えなければならない。先ほど例に挙げたように、「ゼロ」から全く新しいものを創り出すというアプローチだけでなく、今、目の前にある「1」をどうやって「2」や「3」に、あるいは「10」に引き上げるのかを考え、行動することが、生産性向上に寄与すると思っている。



*2021年9月28日取材。所属・役職は取材当時。

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