コロナ危機に克つ:東日印刷 新聞印刷から経営多角化へ

毎日新聞グループの東日印刷(本社:東京・江東区)は、2022年5月に創業70周年を迎える。本業である新聞印刷市場の規模縮小や新型コロナウイルスの感染拡大など経営環境が厳しくなる中で、従業員のやる気とアイデアを結集した新規事業を立ち上げ、経営の多角化を加速させている。ビジネス支援アプリや通販などの芽が出始めており、本業の新聞印刷に次ぐ事業の柱の育成に期待が膨らむ。

「T-BOX」「T-NEXT」「Tロケ」… 新規事業、次々開拓 社員のやる気とアイデア結集

武田芳明 東日印刷社長
東日印刷の経営理念は、「顧客に信頼される会社でありたい」「社員の誇りとなる会社でありたい」「地域で親しまれる会社でありたい」の3カ条だ。武田芳明社長は「なかでも、社員の誇りとなる会社であることを重要視している。社員が誇りを持つことができれば、顧客や地域でも信頼される会社になると確信しているからだ」と話す。

成熟産業である新聞印刷において、持続的に成長できる会社へと転換を進めるためには、従業員が誇りを持ち、自信を持って改革に取り組むことが何よりも重要になる。東日印刷のイニシャルである「T」を冠に掲げた新規事業も、従業員の自発的なやる気が原動力だ。

そのうちの一つで、2019年から始めた通販事業「T-BOX」では、20年の新型コロナの感染拡大期、アルコール消毒液が不足する中で、消毒効果の高い次亜塩素酸水「除菌水」を売り出したところ、注文が殺到した。


さらに、マスク不足の中、「暑くなると、冷涼効果のあるマスクが売れる」と考えて取引企業に持ちかけて売り出したのが、「クールコアマスク」だ。好評を得て、販売累計10万枚を超えるヒット商品になり、社長賞を授与した。

楽天市場への出店からスタートし、現在ではアマゾンやヤフーにも出店している。ネックとなった注文処理と発送の迅速化では、社内の技術部門がシステムを開発するなどバックアップしている。

将来の経営の柱の一つとして期待しているのが、デジタル事業部門「T-NEXT」だ。世界の理工系大学で有名なインド工科大卒(IIT)のエンジニア陣が業務用アプリケーションの開発に取り組んでいる。

2017年9月、IITの学生二人が、単位取得の条件として日本でインターンをするために、東日印刷にやってきたのが始まりだ。2カ月間インターンを体験したところ、「外国人を外国人扱いしない、アットホームな雰囲気が気に入ったので、ここで働かせてほしい」との申し出があった。

IITの卒業生は、GAFAやシリコンバレーのデジタル企業に就職することが多いという。その中で、IIT卒の後輩が先輩を慕って東日印刷の門をたたくケースが続き、10月に入社した二人の女性を含め、今では五人のインド人社員が働いている。

そのIIT卒の開発チームがスタートしたビジネスが、名刺管理アプリ「ネクスタ・メイシ」だ。氏名などから同一人物の名刺情報を自動的に統合し、常に最新の情報を表示する。登録した名刺は任意にグループ化でき、ターゲット別の顧客リストを作成できる。

打ち合わせ内容などを明示できるほか、議事録として社内共有することも可能だ。同一人物の部署、肩書などを古い順番に蓄積するので、交換相手の経歴が分かる。名刺をグループ化すれば、新製品情報や異動あいさつなどのメールを一斉送信できる。

スマホアプリを使えば、訪問前に企業サイトや所在地の地図情報をすぐに表示できるほか、メールや電話もワンタッチで可能だ。

そして、コロナ禍のリモートワークに必須となった「オンライン名刺交換機能」を追加して、製品版をリリースした。オンライン名刺交換は、「ネクスタ・メイシ」に自分の名刺を登録すれば、自動的に「ウェブ名刺」のURLが作られる。これをメール、チャット、LINEなどを使って送り、名刺データを届ける仕組みだ。

これまでに、印刷を受託している新聞社や取引先など数十社・組織で利用されている。初期費用なし、1ユーザー月660円(税込)で、さらなる契約増を目指している。

また、「ネクスタ・スケジューラ」は、社員のスケジュールを会社で共有することを目的とした業務用スケジュール管理アプリだ。スマホでも、PCでも、タブレットでも、ネットにつないでログインすれば、いつでも、どこでも、自分の予定の登録や、全メンバーのスケジュール確認ができる。

自分のカレンダーから日付を選び、時間と内容を書き込むだけで予定を登録できる。他のメンバーのスケジュールも、所属部署を選ぶだけで表示される。To Do(やること)機能を使って、カレンダーにタスクを書き込めば、通知が届くので忘れることもなく、抱えている仕事を他のメンバーも把握できる。テレワーク時の社員の業務管理にも役立つ。

3年前にスタートした「Tロケ」事業は、本社ビル(東京都江東区越中島)をドラマやCM撮影などに貸し出すものだ。2020年春の1回目の緊急事態宣言中の休止期間を経て再開し、それまで止まっていた撮影の遅れを取り戻そうと申し込みが相次いだ。今ではスタッフを増員、印刷や制作などの社員の協力も得て、土日だけでなく、平日や深夜早朝の撮影依頼にも対応し、好評だ。

ロケ仲介サービスも本格的に立ち上げた。昨年11月には、福島県猪苗代町と提携し、ロケを招致することで、街の活性化に寄与するプロジェクトにも乗り出した。

さらに、不動産の仲介事業などに取り組む「T-space」も始まっている。宅建免許を持つ社員が7人いることから、資産の有効活用を狙う。工場の敷地の有効活用がその一例で、埼玉県川口市の工場など広いスペースを持っている資産の活用に取り組む。

総務部が発案した「Tロケ」「T-BOX」「T-space」をまとめて、10月1日付でT事業本部として独立、10人程度の体制でスタートさせた。グループが持つ不動産やロシア、インドなどの外国にルーツを持つ人材のネットワークを活用し、商品・サービスの発掘に取り組む。

もうひとつの「T」は、制作局内に設けた編集プロダクション「T-pro」だ。元サンデー毎日編集長など編集経験が豊富なスタッフを集め、自治体や企業の広報紙制作を受託している。

コロナ禍で新聞に掲載される広告が減ってページ数が減少している。自治体の広報紙も数多く受託しているが、イベントの数が減り、ページ数が減少しているという。武田社長は「印刷の売上が減少を続ける厳しい経営環境の中で、社員の熱意から始まった新規事業が形になってきて、黒字経営を続けている」と話す。

本業の印刷でも1カ所に10セットの輪転機を持つという世界最大級の本社工場のスケールメリットを生かし、受託の幅を広げる狙いだ。また、神奈川県海老名市の工場では日本では数少ないパノラマ印刷ができる。等身大の写真が印刷できる機能を生かしたパンフレットを作り、地方紙に売り込みをかけている。

武田社長は「当社の技術力を生かし、社方針の『最高の品質、最高のサービス』を提供することで、本業の新聞印刷の顧客からの信頼をさらに強固にする。その土台の上に、各種のT事業を発展させたい。社員の前向きな姿勢と熱意が、それを可能にすると信じている」と話している。



*2021年9月10日取材。所属・役職は取材当時。

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