企業経営の新視点~生産性の日米独ベンチマーキングからの学び⑯

第16回 産学連携強化で高等教育のリターン向上を

コロナ禍は医療、教育、ビジネスといった社会のあらゆる場面において、日本のデジタル化の後れを強く認識するきっかけになったが、新たなデジタル技術活用においては、同時に新たな人的資本投資が欠かせない。生産性向上はもとより経済成長や社会の進歩、競争力の源泉であるイノベーションも、人的資本投資、すなわち教育や能力開発によって活性化されることは論を俟たない。

日本生産性本部による支援のもとで米国ブルッキングス研究所が行った生産性研究では、日米独の教育制度や労働市場の違いが、イノベーションを通じ経済成長に変化をもたらすことに注目しつつ、3カ国の長期にわたる人的資本の相違を明らかにした。その上で、日本の生産性向上のために高等教育システム改革、及び外国人や女性活用強化の必要性等を提言しているが、今回は主に高等教育を取り上げる。


教育レベルに関するOECDのデータ(表1参照)によれば、日本及び米国、ドイツでは人口の約4割が大学以上の高等教育を受けている。加えて、ドイツでは伝統的に重視されている職業訓練プログラムを人口の半分が受けており、日米独3カ国共に総じて高い教育水準にあることが分かる。しかしながら、日本の修士号以上取得者は博士号取得者を合わせても2%のみで、米国(修士号12%、博士号2%)やドイツ(修士号12%、博士号1%)に比べ驚くべき低さに留まっている。実際、グローバル化や少子高齢化といった社会の構造変化に対応し、デジタルトランスフォーメーションやSociety5.0の進展を支える高度専門人材の必要性が叫ばれつつも、日本の大学院では入学定員未充足が常態化しており、大学院在学者数は25万人程度で横ばいの状況が続いている。



背景として、日本では大学卒業後すぐの就職を前提とする新卒一括採用、終身雇用の慣行が根強いほか、米国などに比べて大学院を出ても収入面での優位性が認められないため、学生側にも大学院で学位を取得しようとするインセンティブが低いことが挙げられる。一方、米国の労働市場はオープンかつ競争が厳しいため転職も多く、毎月の離職率は約4%(年換算約54%)で、そのうち約3分の2は労働者による自発的な離職である。一旦社会に出て働いた後に大学院に入り修士号等を取得、その後キャリアアップするケースも多く、企業経営幹部にはダブルマスター、ドクターを持つ人も少なくない。なお近年、日独では高い雇用保障と高い賃金を特徴とする正規労働市場(または中核的労働市場)と、開放的かつ規制の緩い派遣・パートタイム労働者等二次的労働市場という、二重構造がみられる。


表2は、ブルッキングス研究所が各国家計調査などをベースとしたルクセンブルグ所得研究(LSI)のデータ(2004-2018年)を用いて、年収と学歴の関係を、高卒を基準として年齢や他の変数(週労働時間や既未婚、非正規、一般的退職年齢など)を考慮しつつ回帰分析した結果である。

※出典 ルクセンブルク所得研究および慶應義塾大学パネルデータ統計・解析センターの提供データに基づく。
P値が0.001未満の場合は***、0.01未満の場合は**で示した。


これは、収入が労働者の限界生産性を反映しているという仮定を置き、大学教育を受けた労働者の賃金プレミアムが高いということは、大学で習得したスキルの企業業績への貢献度が高く、大学で受けた教育へのリターン(効果)も高いとみなした分析だ。今回の分析をみると、米国の大卒男性の賃金(係数0.44)は高卒男性に比べて約44%高くなっている。

同じようにみていくと、日本の大卒男性の係数は0.204で、高卒男性より20%程度高いということになり、3カ国の中では最も低くなっている。したがって、日本においては大学教育のリターンが米国やドイツより低いという事になる。大卒者と高卒者との賃金格差が小さい理由としては、高卒者が比較的安定したキャリアパスを持ち、就職後もOJTなどの教育訓練を受けている可能性も考えられる。一方米国では、大学に進学しなかった労働者は低賃金かつ教育訓練機会に乏しい職にしか就けず、多くの高卒の若者を失望に追いやっている現状がある。GAFAのようにハイテク分野で急成長している企業があるにも関わらず、高卒者向けの雇用創出は十分ではないのだ。例えばアップルは自国内でほとんど製品を製造せず、中国など他国のサプライヤーに製造委託している。そうすると、雇用機会は、どうしても高卒者よりも高いスキルを持つ大卒以上になってしまう。アマゾンは高卒者への雇用を生み出してはいるものの、そのほとんどを占める倉庫従業員の収入はささやかなものにすぎず、ハイテク産業の強力なイノベーションを源泉とする利益が、米国社会経済全体に行き渡っていない課題が浮かび上がる。


これらの研究成果をもとに、ブルッキングス研究所は、日本の高等教育システムが米独のように大卒者の生産性や賃金を向上させていないため、大学教育そのものの見直しをすべきであると提案している。企業側も新卒一括採用などいわゆる日本型雇用システムに囚われたり、個々の学生がモチベーションを持ちリスクを取って学ぶ姿勢を軽んじたりするべきではない、としている。

産学の連携強化はイノベーションの創造にも不可欠であり、これまでの本連載における経営者インタビューでも産学共同で人材育成、人材交流を発展させていくべきであると繰り返し言及されている。日本では大学側には「企業はお金儲けばかりしている」、企業側には「大学は象牙の塔に自らを閉じ込めている」という双方の誤解が根強く、企業は大学卒業後の学部生を速やかに採用し、企業の中でOJT教育により育成・活用した方が良い、という新卒一括採用の慣行につながった。

前述したように、米国では高卒者に労働市場の失敗がしわ寄せされ、学歴による賃金格差が大きいという課題はあるものの、米国の大学は、戦後、産業界との連携を強化し、世界中から優秀な人材を引きつけ、研究開発やイノベーションを強力に推進し、世界に冠たる地位を築き上げた。日本でも幅広い分野で産学の人材交流を広げ、率直な意見交換を通じ相互理解を深めることにより、経済成長や生産性向上に資する真の産学連携を図ることが求められているといえよう。

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