論争「生産性白書」:【語る】田代 桂子 大和証券グループ本社取締役兼執行役副社長

大和証券グループ本社の田代桂子取締役兼執行役副社長は、生産性新聞のインタビューに応じ、生産性白書で重要性を指摘している多様な人材の活用について、女性が活躍できる環境を企業が整備することがその突破口になると指摘した。そのうえで、個人の能力を適正に測ることができる評価制度を整え、意思決定に関与できる女性役員を増やすことが、国際競争力の強化や生産性向上に寄与するとの見解を示した。

女性活用が多様化の突破口 生産性向上へ「自ら変わろう」

田代桂子 大和証券グループ本社取締役兼執行役副社長
生産性運動の展開に関して、田代氏は「生産性を上げればみんなが幸福になれる。変化することが『怖い』とか『面倒だ』とか思わずに、外圧によって変化を強いられてから変わるのではなく、自ら変わろう」と呼びかけた。そして、出産や子育てなどのライフイベントを経験した女性には変革を牽引する資質があるとの考えを示した。

企業が多様性のある組織へと変革するためには、女性社員が昇進・昇格を重ねて、意思決定のプロセスに入っていくための改革が必要となる。大和証券グループでは、2009年に田代氏をはじめ、4人の女性を一気に執行役員に昇格させる人事を行った。

田代氏は「1~2人の女性が役員に昇格してうまくいかなかった場合、『やっぱり女性はダメだ』と言われてしまう恐れがある。一方で、4人同時の昇格も、ハイリスクで勇気の要ることだったと思う」と振り返る。

同社は、2005年から女性活躍推進に積極的に取り組み、さまざまな施策を継続的に実践してきた。その結果、多くの役職や部門で活躍する女性の数が大幅に増加している。日本の役員に占める女性の割合は上場企業全体で6.2%だが、大和証券グループ本社の女性取締役比率は28.6%となっている。

2010年に英国で創設された、企業の持続的成長を促進するために役員に占める女性割合の向上を目的とした世界的なキャンペーンである「30%Club」で掲げる数字の達成は目前に迫っている。


田代氏は「意思決定をする際には、多様な人たちが集まって、議論して決めた方が成功する確率は高い。オペレーションは同質の方が便利だが、戦略的なことは異質が集まる方が良い」と述べた。

そのうえで、日本経済の生産性向上には、企業が求めるマネジメント像を時代に合わせて変えることと、適正な人事評価体系を構築することが重要になると指摘した。

新時代のマネジメント像については、従来のように上から目線の上司よりも、「寄り添って一緒に頑張ろうというリーダーシップが求められている」とし、理想の部長像を変えることで、女性部長の誕生を促していく必要性を示した。

それには、適正な人事評価がカギになると指摘。勤務時間を基準に評価するのをやめることが第一歩になる。「効率が良い人の給与が低くて効率の悪い人の給与が高いと、生産性は下がってしまう」と述べた。

それぞれのライフステージによって仕事のパフォーマンスが下がってしまう時期もあるが、「仕事に復帰した時点で、再び能力とポテンシャルが適正に評価される」制度が求められるとの考えを示した。

(以下インタビュー詳細)

女性登用、トップの決断が原動力 多様な意見「束ねる力」必要

大和証券グループ本社が女性活躍支援に早くから取り組んでいるのは、当時社長だった鈴木茂晴名誉顧問のリーダーシップが大きな原動力になったことは間違いない。

2000年前後にIRを担当していたが、上司が鈴木名誉顧問(当時常務取締役)だった。海外投資家向けのIRに出かけると、出席者から「どうして、女性のマネジャーがいないのか」と繰り返し質問を受けた経験から、女性登用に問題意識を持つようになっていったと思う。

また、鈴木が社長に就任した後、各支店への訪問に同行する機会があった。鈴木が「なぜ、優秀な女性がいっぱいいるのに、結婚して子供ができると辞めるのか」と聞くと、現場からは「子育てしながら仕事を続けるのは難しい」という返事があった。

海外では女性登用の質問攻めに遭い、社内では子供ができると辞めてしまうという実態を目の当たりにして、何とかしなければいけないと、積極的に対策を打ち始めた。

当社は企業理念として、競争力の源泉である人材を重視する姿勢を打ち出しており、2005年には社内に女性活躍推進チームを発足させた。同年、育児休職期間の延長や、保育施設費用補助などの制度を充実させる一方で、職場復帰のモチベーションを高めるプロフェッショナルリターンプラン制度を創設した。この後も、19時前退社の励行(2007年)や、女性向けキャリア支援研修の開始(14年)、広域エリア総合職の導入(19年)など制度の充実を続けている。

均等法世代がぶつかる壁


日本企業の中で女性の昇進・昇格を阻む一番大きい壁となっているのは、アンコンシャス・バイアス(無意識の思い込み)だ。「男性はずっと働くものであり、女性は働いていても、家族や子供の世話をするものだ」といった無意識の観念が、経営者、男性、女性にも根強くある。

男女雇用機会均等法(1986年施行)世代として入社したが、当時、身の周りには、おかしな決まりがたくさんあった。例えば、労働基準法における母性保護規定によって、男性と女性で残業時間の上限が異なっていた。このため、女性は残業手当が付けられず、サービス残業するか、仕事をストップして帰宅するかを迫られた。証券業界で働いていた女性の多くが、それが嫌で外資系へ転職した。

均等法が施行される前は、男性と女性で仕事が分けられていた。学生時代は能力に差はなくても、入社した後は、経験する仕事が違うので、能力差が付きやすい。

均等法前、金融機関では、大変優秀な女性社員でも総合職ではなく、事務職だった。大和証券では、優秀な女性が働ける環境をつくらないといけないと考えたが、そのような発想がない会社は、このようなことを意識せず、アンコンシャス・バイアスの状態が続いたのだと思う。

均等法世代として、社内のルールや慣習で「おかしいな」と思ったことは言ってきたつもりだ。小さな話だが、海外転勤のとき、引っ越し荷物を積み込むための枠がある。本人分が「1」、配偶者分が「2」、子供の分が「0.5」だった。

本人は男性で、配偶者は女性であることを想定した振り分け方であるのは明らかだった。女性は家事や育児で持っていく荷物が多いということだろうが、「それはおかしい」と感じ、「本人の分を2にして配偶者の分を1にすべきだ」と訴えた。

当社も昔は、社内のルールづくりに関しては堅い考えの部分もあったが、今では、柔軟なルールに変わってきた。「女性が子供連れで海外駐在に出る場合」「現地でベビーシッターを依頼する場合の費用負担」など、男性でも女性でも、それぞれのライフスタイルに合わせたルールになった。

今後、企業が人材の多様化を進め、生産性を高めていくには、女性が意思決定のプロセスに入っていくための改革を進める必要があると思う。大和証券グループ本社は現在、取締役の比率では14人のうち4人が女性で、28%超を占めている。役員全体の比率上昇には時間がかかると思うが、経営トップが世界的なキャンペーンである「30%Club」に加入しているので意識は高い。

ただ、課題もある。次の役員を目指す管理職の女性をどう増やすかには工夫が必要だ。というのも、私が入社した時、総合職と事務職に分けられており、全体で250人のうち、総合職の女性は5人しかいなかった。その後、15年間、女性の総合職入社は全体の2%しかいなかった。ということは、今、その人たちが管理職になる年代なので、次の役員を目指すマネジメント層の女性を増やすには、社内の一般職だった女性を育てるか、外部からヘッドハントするしかない。

社外から優秀な人材を確保することは社内への刺激になるが、社内の人材を育てるのもモチベーションが高まり、重要ではないかと思っている。今は総合職の女性は多いし、一般職で経験を積んだ人も研修することで十分候補者になれる。

マネジメント層の多様化を進めるには、求められる「マネジメント像」を変えなければならないと思っている。部長に昇格するための要件を見直す時だろう。今は、部下に寄り添って、「一緒に頑張ろう」と言えるマネジメントも求められる時代ではないだろうか。

一方で、女性の候補者が増えれば、部長のポストが増えない限り、部長にならない男性社員も増えることになる。その事実に対してどう対応するのか考えないといけない。多様な人材の活用、多様な職場に変えるには、この問題を直視する必要がある。「現状維持の方が楽だから」と言って避けて通ろうとすると、いつまでたっても多様性のある職場はつくれない。

多様性のある組織をつくるのはトップのリーダーシップだ。10年以上前のことになるが、地方の法人担当を女性にも任せることが決まった時、現場からは「客を軽く見ていると思われる」との懸念が出た。その結果、女性が担当する会社は「証券ビジネスが活発ではない会社」になってしまった。

ところが半年後、社長がその配置を知って、「これでは実績が上がらないに決まっている」と言って、一番活発な会社を女性に担当させる配置へと切り替えさせた。そのうえで「もし、お客様が怒るようなことがあれば、私がご説明に伺う」とまで言った。

私はその会議に出席していたが、「責任を取るということは、こういうことなのだ」と実感した。中間管理職レベルでは責任を回避してしまうような決断をトップ自らがズバッと下し、あるべき方向へと導いていくリーダーシップが今、求められている。

これからは、多様性のある組織が強くなっていくことは間違いない。これまで、阿吽の呼吸でやっていた意思決定の場に女性を含め多様な人材が入ることで、企業の経営は大きく変わる。

組織を強くするために多様性を求めるのであれば、その人たちの意見を聞いて、より強くするために、多様な意見の総和を施策に落とし込むことが必要だ。多様な意見を一つの決断に持っていく「束ねる力」が、リーダーには求められている。



*2021年9月30日取材。所属・役職は取材当時。

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