論争「生産性白書」:【語る】鶴岡 光行 全トヨタ労働組合連合会会長

トヨタ自動車系の労働組合でつくる全トヨタ労働組合連合会の鶴岡光行会長(中部生産性本部副会長)は、生産性新聞のインタビューに応じ、生産性白書で指摘しているDX(デジタル・トランスフォーメーション)の必要性に関連し、日本の自動車業界のデジタル化の遅れが生産性の向上を阻んでいるとの認識を示した。そのうえで、勘やコツに頼った仕事のやり方から脱却し、デジタル化を取り入れた日本独自の「カイゼン」を実現することが重要になると指摘した。

勘・コツに頼った働き方からの脱却を AI活用した新たな「カイゼン」提案

鶴岡光行 全トヨタ労働組合連合会会長/中部生産性本部副会長
CASE(Connected=つながる、Autonomous=自動運転、Shared & Services=シェアリングとサービス化、Electric=電動化の頭文字)や、MaaS(Mobility as a Service=ICTを活用した交通のサービス化)が進むなど、自動車業界が100年に一度の大変革に直面する中で、鶴岡氏は「業界全体でみると、諸外国と比べてデジタル化が相当遅れている」との危機感を示した。

業界のDXを進めるには、「ティア2」や「ティア3」と呼ばれる部品や素材の供給を担う中小の部品メーカーを含めたネットワークの構築が重要になるが、「実際は紙ベースの事務仕事が多く残っているうえ、モノづくりに関しても、勘やコツに頼って多くのことをこなしている」と指摘する。

新型コロナウイルス感染拡大防止の対応では、首都圏などの都市部を中心にオフィスワークやモノづくりの現場で、オンラインでの仕事の進め方が広まった。これに対し、地方では、設備投資の負担増や、セキュリティ強化の課題などに直面し、簡単にはデジタル化を進めることができないという。

鶴岡氏は「人に頼った仕事のやり方が至る所にあり、結局、現場に出社しなければ仕事が進まないという現状がある」と話す。完成車メーカーから部品メーカーまで、業界が一体となったデジタル化を推進するには「働き方を根本から変える必要があり、まだ遠い」という。


生産性白書でも指摘しているように、日本社会が少子高齢化や生産年齢人口の減少などの課題を抱える中で、働き手を確保するには、多様な人材を活用していく必要がある。そのためには、多様な働き方を実現することが肝要で、中小メーカーでも在宅勤務ができる環境を整備することが求められている。

鶴岡氏は「日本は、すり合わせや勘・コツによるモノづくりを強みとしてきたが、逆にそれがデジタル化の弊害になっている可能性がある。その課題をしっかりと解決していかないと、競争力を維持できないのではないかと危惧している」と述べた。

さらに、自動車メーカーでも、完成車メーカーからの発注が集中する部品メーカーに関しては、デジタル化のハードルは一段と高くなる。「大手メーカー各社の生産システムの仕組みが微妙に違っているためで、中小メーカーへの技術的なサポートが求められている」と指摘。

一方で、「現場主導でモノづくりを進化させてきたカイゼンの重要性は少しも変わらない」と話す。モノづくりの国際競争力を向上させるには、製造工程でうまくいかなかったケースのデータを蓄積させ、AI(人工知能)に最適な「カイゼン」を導き出させるような日本独自のデジタル技術活用の取り組みが必要になるとの考えを示した。

(以下インタビュー詳細)

脱炭素はライフサイクルアセスメント モノづくりの根幹を変えて

自動車業界が直面している最大の課題は、2050年のカーボンニュートラルに向けての取り組みだ。カーボンニュートラルは、経営課題だとよく言われるが、これはまさしく、雇用に直結する問題であり、労働組合としても関わりを強めていかなければならない。

メディアでは「カーボンニュートラル=バッテリーを積んだ電動自動車」と結論付けるが、実は、カーボンニュートラルというのは「ライフサイクルアセスメント」であり、自動車を「製造する」「乗る」「廃棄する」というすべての段階で、二酸化炭素の排出をどう削減していくかが問われている。

電気自動車が火力発電所で二酸化炭素をたくさん排出しながらつくった電気を充電すれば、カーボンニュートラルを実現したとは言えない。今は、ガソリンエンジンが悪者になっているが、電気分解された水素を使った新しい燃料である「eフューエル」で走れば、二酸化炭素を出さない。何が環境に優しいのかという冷静で客観的な認識を持つことが大事だ。

ガソリン車がバッテリー車に置き換わると、2~3万点の自動車部品から、約1万点の部品でできているエンジンがなくなる可能性が取りざたされ、組合員の雇用に大きな不安が湧き上がった。

そうした情報に惑わされ、「もう自動車業界には魅力がない」「内燃機関の関連メーカーで働いても将来がない」といった考えが広まった。労働組合としては、ライフサイクルアセスメントについて正しい認識を持ち、職場の中でどう運営するべきかという大切な取り組みが求められている。単組だけでは正しい認識を伝えることが難しく、全トヨタ労連が、グループ政策として取り組んでいる。

モノづくりの根幹を変えていかないとカーボンニュートラルは達成できない。重油などの化石燃料を用いて熱処理していた工程を、再生可能エネルギーを活用した電気へと変えるために、知恵を出して変化に対応していくことは、単体の労働組合の役割だ。全トヨタ労連というグループ政策と、各単組の取り組みの両方が重要な局面にある。

自動車の環境対応に関しては、各国・各メーカーの思惑が非常に強い。特に欧州は、全てを電気自動車に置き換えていく方針だ。欧州の発電は、水力発電や原子力発電がメインで、ほとんど化石燃料を使わない。そこで電気自動車に充電し、カーボンニュートラルを目指している。

政治的に、欧州中心で物事を変えようという流れが強まっている。国連気候変動枠組条約第26回締約国会議(COP26)を契機に、議論が大きく加速する。日本政府には、日本の実情を踏まえたうえで独自の主張を展開してほしい。資源のない日本がカーボンニュートラルを達成する道筋を、政治のリーダーシップで示してもらいたい。

労働組合も、世界が変わっていくのを黙って眺めていたら、モノづくりとしての競争力は失われてしまう。まずは職場の困りごとを労使の問題として吸い上げていく。

具体的には、愛知県知事を中心としたカーボンニュートラルに関する懇話会の開催にも力を注ぐ。自民党、公明党、立憲民主党、国民民主党などの政党の県連代表者、知事を中心とした県関係者、そして全トヨタ労連が一緒になって取り組みを進めている。国が解決すべきこと、県で解決すべきことについて、労使の困りごとの解決に結びつけてもらう場であり、スピード感を持って進めていく。資源のない日本の自動車産業の雇用を守り、競争力を維持するために非常に大切な時期だ。

チームワークが日本の強み


春闘だけではなく通年で、新しい働き方とそれに対応する制度を労使で話し合っていくことが重要だ。例えば、製造現場での自動化を推進し、設備に部品をセットするような仕事をしていた現場の人たちが、もう少し高度な仕事に取り組み、生産性を高めていければ、その働き方の変化に応じた制度をつくるように経営側に要求できる。

カギになるのは、現場を運営する職制(管理・監督的な地位またはその地位にいる者)の魅力をつくることだ。コロナ禍では、生産の増減が大きく振れ、日々の生産台数が変わり、急にラインを止めなければならない事態が起こる一方で、部品が調達できるようになったら今度は増産へと舵を切るなど、これまで経験したことがない難しい職場運営が求められている。

また、生産年齢人口が減少する日本社会では、モノづくりの現場でも、若手からベテラン、男性、女性など、多様な人材がさまざまな働き方を必要とする時代であり、職場運営は極めて難しくなっている。職制は、さまざまな観点に配慮しながら、職場を運営し、目標を達成しなければならない。

安全・品質を担保し、困難なチームづくりに取り組むなど、職制自体が高度化しているにもかかわらず、待遇改善が置き去りになっている。若い人たちには「あんなに忙しそうなのに、問題が起これば上司に叱責されるのは割に合わない。自分は職制になりたくない」という声も多い。魅力ある職制の働き方を提供していくことは喫緊の課題だ。

そもそも、日本と欧米の働き方は大きく違う。欧米諸国の工場で働いている従業員は、時間当たりの報酬の条件で、納得できれば働いてくれる。それに対し、日本は毎年、経験を積み上げて仕事に反映する働き方で、隣の人が困っていれば手伝うことも大切な仕事だ。つまり、「チームとして成長していく」ことが求められている。

チームとして強みを発揮し、年を重ねるごとに成長する人材をどう評価するのか。また、まとめ役である職制の人たちの頑張りをどのように補完するのか。将来を見据えれば、こうした課題に対応できる制度の構築が非常に重要だ。働き方に応じた賃金制度をしっかり整備していかなければならない。

チームワークは日本の強みであり、それを伸ばしていくことが生産性向上につながる。生産性運動の中で今後も大切にしなければならないのは労使協議であり、働き方を変えていくことや、新しい働き方を補完する制度をどうするかを話し合い、決着していくことが求められている。生産性が向上すれば、賃金の上昇に反映できる。自分の成長とともに賃金が上がるという仕組みが大事だ。

以前、IT企業の人事担当をしていたという外国人に話を聞いたことがある。「これからは企画が大事だ。企画さえできれば、ボタンを押せばすぐに新しい図面や工場ができ上がる」と言うのだ。私はその意見には賛同できない。日本の良いところは、現場の人たちが、現場の問題や課題を改善し、常に新しいモノづくりに反映し、モノづくりを進化させることができることだ。「カイゼン」はモノづくりを進化させ、自分たちの働き方を楽にする。

今後は、デジタル技術を取り入れた新しい日本流の「カイゼン」をつくっていかなければならない。AIにこれまでに失敗した事例を学習させ、今後は同じ過ちを繰り返さないようにさせるというデジタル化の活用が効果的だと思う。AIに改善をどんどん蓄積していくことも、新たな発想につながるだろう。



*2021年10月27日取材。所属・役職は取材当時。

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