コロナ危機に克つ:小松印刷「紙印刷は文化」

香川県高松市に本社と工場を構える小松印刷は、グループ企業の独立性を尊重し、共に成長するM&A(合併・買収)戦略を打ち出し、関東から九州までの「太平洋ベルト地帯」における製造拠点網の構築に取り組んできた。新型コロナウイルスの感染拡大に伴う需要減に見舞われたが、小松秀敏社長は「デザイン力を強みに巣ごもり需要に対応する印刷に活路を見出した」とし、ポスト・コロナの反撃に意欲を示している。

巣ごもり需要に対応 「通販カタログ」などに活路
小松印刷 小松秀敏社長に聞く

小松秀敏 小松印刷社長
《コロナ禍での自粛要請は、イベントなどへの集客効果のある折り込みチラシの受注がなくなるなど、印刷業界の需要にも大きな影響を与えた。一方、家で本を読む人が増えて、書籍の印刷需要に動きが出るなど、人々の巣ごもりに対応する需要は増え始めた》

デザイン力に強みがある小松印刷は、VMD(ビジュアル・マーチャンダイジング:視覚に訴える商品政策)に対応した印刷を提供してきた。VMDとは、売りたい商品について、視覚的な効果による販売増を実現するものだ。

しかし、最終的にどのようなアウトプットをするかという課題の中で、コロナ禍で人々が外出自粛を強いられ、外出を呼びかける類の印刷需要はほぼ消滅し、苦戦した。当社の売上高の4割から5割を占めるのは新聞の折り込み広告であり、外出を促すようなチラシの自粛の影響は小さくなかった。

一方で、家の中でもできること、楽しめることに対応した依頼が増えた。例えば、ECの需要増に伴い、通信販売のカタログやホームページのデザインの発注が活発化した。印刷業界の中では、保険の見直しを促す保険会社のダイレクトメールなどの需要も多かったと聞く。

小松印刷のグループには、書籍を制作している会社がある。巣ごもり需要の中で、スマートフォンで読める雑誌やコミックが大きく伸びたことはよく知られているが、実は紙の本をECで買って、家で読む人も増えた。


《コロナ以前から手掛けてきた業界最安のスマートフォン向け紙製VRゴーグル「Auggle S2」(オーグル・エスツー)への問い合わせが増えたという。スマートフォンに取り付けるだけで、手軽にVR(バーチャル・リアリティ=仮想現実)のコンテンツが楽しめる製品だ》


印刷業界はDTP(デスクトップ・パブリッシング)に対応するために、早くからデジタル技術の活用に取り組んできた。小松印刷でも、約120人のオペレーターがパソコン上でチラシなど印刷物の制作に取り組んでいる。

紙製VRゴーグルでは、こうしたデジタルの技術力を生かした。コロナ禍でリアルイベントの自粛を強いられる中で、バーチャル・イベントを展開したい主催者の要望にマッチする製品で、外出できない中で問い合わせが増えた。

このゴーグルは、スマートフォンに取り付ける仕組みで、どのような機種にも対応する。組み立ても、ハサミやのりは不要で、レンズをはさんで本体を巻くだけで完成する。ロット3,000個の場合、1個100円以下の低価格で提供できる。

例えば、コロナ禍でオープンキャンパスを実施できない大学は、時間や場所を問わず学校の雰囲気や施設を体験してもらえるVRキャンパスツアーを提供できる移動を伴わずに手軽に体験できるため、より多くの学生たちに大学の魅力をアピールすることができる。

また、バーチャルでのオフィス見学や仕事の疑似体験を提供するVRインターンシップで、会社の紹介が可能になる。都合のよい場所・時間でインターンシップ(就業体験)に参加できるため、遠方で来社が難しい場面も柔軟に活用できる。コロナ禍では、採用活動に苦労している企業が多い。社内を撮影したコンテンツをホームページにアップしておき、二次元コードを表示しておけば、スマートフォンと紙ゴーグルで職場の雰囲気を伝えることができる。

最近では、企業のマーケティングにも活用され始めている。例えば、コロナ禍で自動車販売店に来てもらいにくい中で、新車を360度撮影したコンテンツを制作し、ユーザーに二次元コード付きのハガキを郵送すれば、家にいながら新車の魅力を伝えることができる。

当社の営業担当者も、お客様に紙パンフレットの印刷を勧める際、お客様の問題解決の一助として活用している。あらかじめ、校舎や食堂、図書館などの施設を撮影させていただき、営業活動の場で実際に見てもらい、関心を高めてもらっている。


《新型コロナウイルス感染拡大防止のための飛沫防止パーテーションの製造にも乗り出した。PET素材のパネルをスチレンボードで挟み込んだ仕様で、アクリル製と異なり非常に軽く転倒時でも割れやケガの心配がないという高い安全性が特徴だ》


店頭に据える販促什器、ディスプレイを作るために、さまざまな素材をカットできる機械を持っており、その技術をコロナ対策のパーテーションに活用した。大量に売れるものではないが、コロナ禍で状況が変わっていく中で、リアル店舗のためになる印刷物を提供するという私たちの存在意義を示す一手になったと思っている。

リアル店舗も通信販売も含め、全業種全産業と取引できるのが強みであり、コロナ禍で苦戦している取引先があれば、「こんなやり方で、その困りごとを解決してはいかがですか」と提案できる存在でありたい。


《全国に7カ所の支店・営業所と4カ所の工場のほか、M&Aによってグループ化した会社の事業所を合わせ、20拠点以上の生産・販売体制を構築している。各拠点に充実した設備と制作部隊を配置し、全国のどこで受注しても、最適な拠点でデザイン・組版を行い、納品先に最も近い工場に制作データを転送し、印刷・納品できる体制を整えた》


前経営者の父の時代から、積極的にM&Aを進めてきた。「これから印刷業で発展を続けるには、太平洋ベルト地帯を押さえていくことが重要だ」と考え、東京から九州まで沿岸部を押さえてきた。

印刷事業も「地産地消」が重要になっている。東京で受注した仕事を高松で印刷し、完成した印刷物をトラックで運び東京に納めるとなれば、時間も物流コストも掛かる。東京で受注した仕事を大阪、名古屋、四国など、複数の場所に納品してほしいという要望にも、スピーディに対応するためには、多くの拠点を持つことが必要だ。

コロナ禍でも、収束した時を見据えて、工場建設の手を緩めることはせず、新入社員の採用や設備投資も進めてきた。なかなか終わりが見えないので不安もあったが、ようやく、この10月から再始動できる状況になった。「これから、小松印刷の人間力、設備力、グループ力を結集して、反撃に打って出るぞ!」と気合が入っている。

ポスト・コロナにおいて、紙媒体の環境は厳しくなると指摘されている。製紙会社では「用紙、新聞は斜陽で、段ボールで何とか持ちこたえている」との話を聞く。しかし、印刷業界で生きていく以上は、「紙印刷は文化である」との気概を持って、その文化を守る使命を果たしたい。

コロナ禍で印刷業界では設備投資が進まなかった。中小・零細企業にとっては、印刷設備の投資額は相当大きいからだ。しかし、子供たちの世代に、素晴らしい紙印刷の文化を引き継ぎ、より一層発展させていくことは、私たちの使命であると感じている。



*2021年10月28日取材。所属・役職は取材当時。

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