企業経営の新視点~生産性の日米独ベンチマーキングからの学び⑱

第18回 企業成長を牽引していくために D&Iで経営イノベーションの推進を

大和証券グループ本社の日比野隆司取締役会長は、生産性新聞の連載企画「企業経営の新視点」のインタビューで、ダイバーシティ&インクルージョン(D&I)によって経営イノベーションを起こし、企業の成長を牽引していくことの重要性を強調した。また、ソサエティ3.0(工業化社会)に最適化されたシステムからの脱却に向け、企業独自の取り組みによる変革の余地が大きいことを指摘し、経営者のアニマルスピリッツに期待を寄せた。インタビューの概要は以下の通り。

経営の力で同調圧力を打破


日比野隆司 大和証券グループ本社取締役会長

当社は東京証券取引所と経済産業省が選定する「なでしこ銘柄」に7年連続で選ばれ、女性取締役も30%に近い水準まできているなど、D&Iについて女性活躍推進の観点では進んでいると思う。証券界ではアナリストはじめ早くから女性が活躍するフィールドがあったほか、ビジネスモデルが資産管理型コンサルティングにシフトしてきたこともあり、女性活躍の余地が大きいという産業特性によるところもあるだろう。

役員に占める女性比率向上を目指す、イギリス発の「30% Club Japan」の活動に私自身もメンバーとして参画し、経団連でも2030年までに女性役員比率30%以上を目標としている。ただし、D&Iを進める上では、数値や外形基準に引っ張られすぎないことが肝要であり、トータルとしての企業競争力強化という目的を決して忘れてはならない。しかるべき人がマネジメントに就くことが重要で、本質的な企業成長やイノベーションにつながるD&Iをどのように進めていくのか、時間軸をもって考えるべきである。

昨今はイノベーションや創造性が極めて重要になってきており、まさにそれを体現しているのがアメリカ企業であろう。アメリカは国の成り立ちからして人種のるつぼで、女性活躍も日本と比べて遥かに進んでいる。いろいろな切り口でD&Iが進んだ結果、GAFAMのように世界を圧倒的にリードするハイテク企業が現れたともいえる。GAFAMの株式時価総額は東証一部上場企業の合計額を上回っており、変化の激しいテクノロジー時代にはD&Iが企業成長に対する決定的要素だということは明らかだ。

日本社会は歴史的に同調圧力が強く、横並びが重視されるため、D&Iに取り組む際にもともすれば形式的な対応になりがちである。他社より外形基準で遅れているから形式だけ整えるというのは、何もやらないより悪いのではないか。私は経営の力でこのような同調圧力をはね返し、あくまで実質を追求していかなくてはいけないと考えている。

新自由主義的資本主義まで到達しなかった日本


欧米では許容できないレベルまで拡大した格差がマクロ的な成長の制約となり、経済社会全体の見直しの必要性が高まり、新自由主義的資本主義からステークホルダー資本主義へという流れが生まれている。だが、日本ではむしろ資本主義が十分に機能するところまで行かなかった結果、成長がそがれたことこそが問題だと思う。因みに、上位1%の富裕層が保有する資産の比率は、中国31%、アメリカ42%に対し日本は11%で格差の程度は全然違う。アベノミクスでも格差を示す再配分所得ジニ係数は小さくなっており、日本に欠けていたのは分配ではなく成長なのではないか。

この30年は日本の停滞が深まり、GDP世界シェアはかつての3分の1程度にまで下落し、株式時価総額世界シェアもバブル期の4分の1程度まで下がっている。

昨今、欧米機関投資家からは「パーパス経営」への言及が増えている。「三方良し」が根付き、企業は社会の公器であると自然に受け入れられ、儲け過ぎ批判が起きるような日本にしてみれば、今更という感もある。ただ、私自身も含め日本の企業経営者は「三方良し」をベースとしながらも、成長にプライオリティを置いて経営を考えていかなければならない。

地球課題や社会課題を解決するESGマネー市場は、世界全体で2020年に35兆ドル(約4000兆円)超まで拡大している。ESGは日本人のメンタリティーに非常に馴染みやすく、その点は一種日本のアドバンテージになりうる。また、国内には、2000兆円の個人金融資産があり、そのうち1000兆円は低金利の預貯金に張り付いている。これをリスクマネー化して企業の成長を後押しする順回転を作ることは大変重要であり、資本市場の担い手としての当社のミッションでもある。

企業側では、リーマンショック等ほぼ10年に一度の危機により資金繰りが悪化した生々しい記憶が投資への障害となりがちだが、内部留保が積みあがっている企業こそ、積極的に踏み込んでいく必要がある。企業は過去のトラウマを超え、レバレッジも然るべく活用した上で、次の成長に繋げる経営を目指すべきである。

ソサエティ3.0のシステムからの脱却


戦後30年間、日本はソサエティ3.0に最適な社会経済システムを築き、奇跡的ともいえる高度経済成長を遂げたが、今はそれが逆に足かせになっている。これを壊していくためには、根本的には教育システム、雇用慣行といった人に関わる部分の本質的な改革が一番重要だ。規制改革には一定の時間を要するが、一方で、企業が即座に対応すべきことも結構ある。

例えば大学生の一括採用においては、どの大学に入学したか、という学歴ではなく、在学中にどのような勉強をし、卒業段階でどのような専門性を備えたのか、ということを問うべきだ。企業が求める人材要件やその処遇内容を明示することは、企業トップが決断すれば直ちに実現可能であり、それを通じて学校教育に出口から変革を促すことが可能だ。

特に、修士や博士など高度な専門性を持つ人材が日本企業ではあまり厚遇されず、単に歳をとっただけの人と見られる風潮が強かった。最近ではジョブ型雇用を取り入れ、新卒でも博士で専門性がある人材に対しては最初から年収1000万円で処遇するなど、伝統企業でも処遇にバリエーションが出てきている。ソサエティ5.0に向かう社会の中では、とんがった人材が創造性を発揮してイノベーションを生む土壌を培っていかなければならない。そのために、人材や教育セクターに対し企業がそのインセンティブを与えていくことは重要だ。

新卒一括採用、年功序列賃金、終身雇用といった日本型人事制度のうち、終身雇用はかなり見直しが進んでいる。若い世代では最初に入社した会社でずっと勤め上げようと考える人は少なくなった。こういう変化はむしろ歓迎すべきものだろう。

快適な日本への危機感とアニマルスピリッツへの期待


かつて一億総中流という言葉がはやったが、近年の日本では世界の中での相対的貧困化がじわじわと進行している。海外への留学生数も2000年頃と比べ激減しているが、これも日本があまりに快適で、世界の現実を知らないまま漫然と生活できてしまうという事情もあろう。なかなかハングリー精神を保ちづらい日本の環境ではあるが、やはり成長の原動力として、企業経営者のアントレプレナーシップ、ケインズのいうアニマルスピリッツに期待したい。

(日本生産性本部 国際連携室)

*2021年11月30日取材。所属・役職は取材当時。

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