コロナ危機に克つ:紀伊國屋書店 「電子も紙も」コンテンツ充実を

紀伊國屋書店の高井昌史代表取締役会長兼社長は生産性新聞のインタビューに応じ、「コロナ禍で書籍が生活必需品であることを痛感した。書籍を届けることが書店の使命であるとの思いを強くした」と述べ、書籍流通のDX(デジタルトランスフォーメーション)の加速に意欲を示した。ポスト・コロナを展望した書店経営のあり方では、「電子か紙か」ではなく、「電子も紙も」という意識を持って、コンテンツの充実を促す取り組みの重要性を指摘した。

コロナ禍「書籍は必需品」痛感

高井昌史 紀伊國屋書店代表取締役会長兼社長
高井氏は「新しい生活様式が広まったことで、書籍を求める顧客の行動は大きく変わった。例えば、書店の滞在時間の短縮や客単価の上昇という現象が認められたのは、来店頻度や家族での来店を減らし、目的の書籍を短時間で購入するという購買スタイルが主流になったことが原因と考えられる」と話す。

紀伊國屋書店では、こうした変化への対応にいち早く取り組んでいる。店舗部門では、2020年7月に導入した「在庫取置サービス」が前年比20%近い伸びを示し、21年9月からは、自宅への配送申し込みをスマートフォンから行える「店頭在庫配送サービス」も各店に順次導入している。

ネット通販の業績も飛躍的に成長した。「多数の書店の休業が発生した際は受注が相次ぎ、大変な混乱が起きたが、休業で勤務できない店舗所属の従業員をネットの業務に当たらせるなどして、社一丸となって対応した結果、5倍近い売り上げを確保することができた」(高井氏)。

休業期間が終わった後も、ネット通販の業績は安定的に伸長し、また電子書籍の売り上げも順調に伸びている。オンラインイベントやオンラインサイン会の運営も軌道に乗り始めているほか、ツイッター、ユーチューブを活用した情報発信の強化にも積極的に取り組んでいる。

外商部門では、コロナ禍においても学術情報サービスの需要が堅調で、電子書籍プラットフォーム「KinoDen」は県立図書館での一括購入などで利用が拡大している。


21年6月には、国立情報学研究所が進める目録所在情報サービス(NACSIS-CAT/ILL)の再構築事業を受託した。学術文献資料を包括する総合目録データベースを再構築することで学術資料のデジタル化を推進するものだ。

図書館システムの海外最大手であるOCLC社、ExLibris社と連携して、日本の大学における学術資料のデジタル化やグローバルシフトに対応する学術基盤構築を支援する。

高井氏は「いつの時代も本を求める人がいる限り、メディアとしての活字が廃れることは決してない。媒体が電子か紙かの議論は無意味であり、どちらも活字メディアの両輪だ。何が書かれているか、それをどう伝えるかが重要になる。時代の変化にひるむことなく、前を向いて進んでいきたい」と話す。

(以下インタビュー詳細)

教育のために全書籍をデジタル化 文献も資料も検索あっという間
紀伊國屋書店 高井昌史代表取締役会長兼社長インタビュー

小説や文学作品、社会科学書については、スマートフォンを使って電子媒体で最初から最後まで読むのは目が疲れるとの声がある。実際に、電子書籍で売れるのはコミックが多く、夏目漱石や森鴎外の全集を電子書籍で読み通すのは厳しい。そこに紙の本の強さがある。

これに対し、本を探すことについては、電子は非常に威力を発揮する。そう考えると、「電子か紙か」の議論はナンセンスであり、それぞれが得意なもので読めばいい。電子でも紙でも中身は同じなので、要は本を読むことが重要なのだ。

一方で、教育・学習については、デジタルによって大きな変革をもたらす可能性を持っている。例えば、米国の大学生は、インターネットを使って情報を収集し、自分の研究テーマの本を探す。電子媒体で情報収集、検索を行い、一次資料を調べるときは紙の本に当たっている。

米国では、図書館にある本のほとんどが電子化されている。紙の本で調べることもできるし、電子化された本を横断検索することもできる。デジタルを活用した教育法が確立されているので、今後も学生たちの勉強方法は大きく変わっていくだろう。

これに対し、日本はデジタルを活用した勉強方法が遅れている。文部科学省が小中学生に対し、「GIGAスクール構想」の実施を前倒しし、電子端末の配布などに取り組んでいるが、ハードウエアや通信環境を整備しても肝心のコンテンツがなければ高い効果は得られない。

重要なことはコンテンツを増やしていくことであり、当社は、ネットアドバンスの総合学習支援ツール「ジャパンナレッジSchool」の販売代理店となり、中等教育におけるICT活用をバックアップしている。また、デジタル技術を使って先生がどのような授業を展開するのか、まずは、教える側の教育方法の習熟を促していくことも大切になる。

英語の教科書を読む勉強法


高等教育における「デジタル教科書」にも同じことが言える。結局はコンテンツが大事だ。日本では電子化されている書籍は非常に少なく、百科事典、文学作品、歴史、語学、辞書などのコンテンツの電子化に遅れてしまっている。

国会図書館や地方の図書館、大学の図書館などに相当な宝物が眠っている。国が予算を投じて、一気にデジタル化を進めるような思い切った政策を打ち出して、出版社も辞書や辞典を電子化し、データベースをつくるなどを急ぐ必要がある。

地方の文学館などを合わせると、日本には全国各地に資料が多く存在している。それらがデジタル化され、どこにどのような文献があるのかを検索できるようになれば、研究者の新しい発見の助けになり、将来のノーベル賞受賞者を育てることにもつながる。

もし、それができないのであれば、研究者の海外流出が進んでしまうことになりかねない。こうした取り組みによる情報インフラの強化が日本の学術研究の発展につながるだろう。日本を強くするためには、10年かけて、全てをデジタル化するくらいの勢いで進めていくことが求められている。

日本での書籍のデジタル化や教育のDXに早くて10年かかるとして、それまでの間、日本の学生たちは、どうすればいいのか。答えは簡単で、すでにデジタル化されている英語の教科書や英語の資料を使って勉強すればいい。

洋書の教科書は何万冊と出ており、教科書は全てデジタル化されている。米国でもシンガポールでも、電子化は当たり前だから、「デジタル教科書」という言葉はない。デジタルを活用した新時代の勉強法がすでに進んでいる。

日本で教科書のデジタル化を急ぐことは重要だが、デジタル化された英語の教科書を読んだ方が、国際的な素養も身に付いて一石二鳥だ。

米国の出版業界は業績が絶好調だという。その背景には、世界で読者人口が増えていることがある。米国内の人口増ではなく、世界の人口が増えることで英語を話す人が増えて、多くの国で英語の本が読まれているからだ。とりわけ、高等教育で学ぶ人たちは、ほとんどが英語の本を使って勉強している。

当社の海外店舗で扱っている本も、ほとんどが英語で書かれている。東南アジアの国々の学生たちも英語を苦にせずに話す。英語が良いとか悪いとかの問題ではなく、英語が世界の共通語になっているから、共通語ぐらい話せる国になっていこうという考えなのだろう。

外向きの人材を育てよう


コロナ禍を経て、日本人の内向きの傾向が強まり、国際感覚が薄れてしまうことを懸念している。コロナ禍で海外留学に行けないし、海外からも日本に学びに来ることができない。このような状況が続くと、内向きになってしまうのはやむを得ないことかもしれない。

だからこそ、ポスト・コロナを見据えて、国の政策として、海外留学生を増やしていくことを意識的に行うべきだ。コロナ前に、筑波大学がマレーシアのクアラルンプールに分校を開設する構想が明らかになったが、日本の大学の学部を海外に開設するような取り組みをどんどん進めていただきたい。国も、補助金などを通じて、海外拠点の開設を促す政策を進めてはどうか。

日本の高専(高等専門学校)は、アジアではよく知られており、「KOSEN」で通じる。この高専を海外に展開しようという構想があると聞く。

実務者、技術者を養成する制度としては、日本の高専は素晴らしい。橋梁の技術者や、高層ビル建築の技術者などを育成するのは難しい。タイなど東南アジアの新興国で、技術者を養成するための教育機関として、高専を設置しようという動きがあるようだ。

それには、高専の教科書をすべて英語にする必要がある。電気、機械、土木といった優れた日本の専門教科書の英語版をつくることは、東南アジアやアフリカの国々のインフラなどに関する技術者を育成することにつながる。

コロナ禍でも、外向きになれる学生を増やすことが大事であり、大学の4年間、しっかり勉強できる環境を整えるべきだ。大学に入ってすぐに就活を始めるような現状は好ましいとは言えない。

「人生100年」の時代になり、大学卒の22歳で社会に出なくてもいいし、文系、理系を問わず、大学院に進んで6年間じっくり勉強するような学生が増えてもいい。社会に出ても、定年まで同じ会社に勤める人は少なくなるだろう。

米国では社会に出てからも、ステップアップの転職を積み重ねることをめざす人が多い。企業から求められる人材になるには、自分で勉強し、能力を高める姿勢が欠かせない。卒業してからも1年100日は勉強に充てることが必要だと言われている。

コロナ禍をきっかけにオンライン授業が増えた。コロナの前は教科書を買わない学生が多かったが、オンライン授業に不安を抱いた学生たちが教科書や参考文献をネットで取り寄せるという現象が生まれた。

このほか、オンライン授業を早く取り入れて、教育の成果を上げる大学と、そうでない大学で格差が生まれた。学生間でも、学ぶ意識の高い人とそうでない人の差は大きくなった。

先の見えない時代にこそ、しっかりと本を読み、教養を身に付けることが重要だ。大学の教育が高度化し、意識の高い学生が増えてくれば、コロナ後になって「コロナの時代を機に、日本の教育が変わった」と言える日が来るかもしれない。



*2021年12月1日取材。所属・役職は取材当時。

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