企業経営の新視点~生産性の日米独ベンチマーキングからの学び⑲

第19回 社会課題と経営:Society5.0と多様化するステークホルダー

日立製作所の東原敏昭会⾧兼CEOは、生産性新聞の連載企画「企業経営の新視点」のインタビューで、日本の製造業として世界で戦うため製品のみならず顧客協創、社会課題解決の3起点を並行させ、産官学オープンプラットフォームで市民を巻き込み社会課題を解決することが重要だと強調した。また組織の多様性を築きつつ、最重要ステークホルダーである従業員のミッション、バリューへの原点回帰を進め方向性を共有することこそ、企業発展の原動力だと語った。インタビューの概要は以下の通り。

顧客協創、社会課題解決起点でグローバルに戦う


東原敏昭 日立製作所会長兼CEO

創業112年目となる日立だが、以前は「良い製品を作れば売れる」という時代があり、工場を中核とした製品起点のものづくりビジネスだった。デジタル化の進展を受け2016年5月にIoTプラットフォーム「Lumada」の提供を開始し、お客様との協創ビジネスを推進している。協創とは、製造業でいえば品質向上やリードタイムのミニマム化といった顧客課題を、サイバーフィジカルシステムの活用により解決するもので、製品の提供にプラスしソリューションを取り入れた。

さらに日本全体ではデジタル技術で誰一人取り残さず、人間を中心とした安心安全に暮らせる社会をつくろう、というSociety5.0が提唱されている。まさにデジタル技術が実装された快適な社会生活の実現であり、グローバルで優位に立てるだろう。

日本の人口は減少し、産業分野もそれほど成長性がないため、製造業は世界市場で勝ち残らなければ淘汰されてしまう。そこでグローバルで戦うスキームやビジネスモデルをどう作るかがポイントになってくるが、当然、それらはデジタル技術によって裏打ちされなければならない。

日本の製造業には、良い製品を作って納入し、ライフサイクルを通してメンテナンスしながら長く顧客に使っていただくという長所がある。これにデジタル技術を導入し、日立では鉄道、エレベーター、コンプレッサー等にセンサーを入れて納入することで、稼働状態を全てデータで把握、かつ分析して故障や部品交換の予兆診断を行うことが可能となった。

また日本の生産技術は大変高度だが、技術継承問題に直面している。そこで、デジタル技術で匠の技術を録画し新人のものと比較解析することにより、匠に近づくための教育にも役立つ。

三つ目は、サプライチェーンの課題解決だ。半導体不足や材料等の高騰、コロナ禍のロックダウン、あるいは地政学的要因等を見える化し、全体の中でボトルネックやリスクを検証すれば、予め対策を講じられる。

このように、デジタル技術を活用し保守や教育、あるいはリスク管理といった分野で打って出れば、日本の製造業のポテンシャルは非常に大きく、世界で戦える確信がある。大事なのは製品起点にこだわるのではなく、お客様の課題解決である顧客協創起点、そして社会課題をいかに解決していくかという社会課題起点の3つを並行して進めることだ。

社会課題解決に向けた「創造的消費者」の巻き込み


環境やフードロス、高齢化などの社会課題を各々の枠を超え一緒に解決する動きを世界中で進めていかねばならない。日立は2020年11月、社会課題解決に向け「Lumada」をオープンプラットフォーム化し、インターフェースを全て開放し、今は仲間となる企業が30社以上集まった。

もう一つ大事なのは、創造的消費者を巻き込んだ議論が進むことだ。つまり、一人ひとりの市民、消費者がフードロスやプラスチックごみを絶対に出さない、エコバッグは必ず持つ等、マインドを変化させていくことが非常に重要で、産官学共同体に市民まで巻き込み世の中を変えていく。

日立には現在従業員が約37万人、うち日本人は16万人、海外従業員は21万人いる。一方、鉄道事業は、年間延べ185億人にサービス提供している。がん治療機器は8万人のがん患者を治療し、一日7000万人に安全な水を提供する等、社会インフラ提供に深く関わっているのだ。

経営者として、私は従業員に「環境やフードロス、プラスチックごみなどの社会課題を自分事として考えてください」と訴えている。従業員には自分の枠に留まらず社会とのつながりを考えることにより、エバンジェリスト(伝道者)になってほしい。それが従業員とのエンゲージメントで最も大事にしていることで、創造的消費者は、将来の社会課題解決に大きな役割を果たしていくだろう。

企業の生き残りに多様性は不可欠


企業が生き残るためにダイバーシティ(多様性)は不可欠だ。日立も典型的な日本の企業だったが、2009年3月期決算で7873億円という巨額赤字を出し、これでは勝てない、ダメだと考え、その後V字回復に至るまで収益性確保を目指しやってきた。2021年度までの現中期経営計画では、社会イノベーション事業におけるグローバルリーダーになることを目指している。

そのための手法は二つあり、一つはインサイドアウトのグローバル化、自分たちの持つ技術の海外展開だ。代表は鉄道事業で、日本で培ってきた鉄道車両、運行管理、座席予約等の技術を、海外ではまずイギリスへ展開、そして後にイタリア企業を買収し拡大してきた。

もう一つは、多様性を海外企業買収によって築くアプローチだ。ABBのパワーグリッド事業買収では、既に世界ナンバーワンの直流送電や遮断器などの技術だけではなく、日本にはない組織文化までをも取り込み、黒船来航の如く日立を変えることを目指した。

経営者は、各地域で異なる文化やバックグラウンドへの理解も重要だ。アメリカは多民族国家のルールがあり、中東地域は宗教的色彩が強く、アジアはアジアで異なる。阿吽の呼吸は日本だけの、多様でないがゆえの文化的特性で、これはこれで大事にして良いが日本的な考え方では世界をガバナンスできない。日立内では海外のマネジャーを日本へ、逆に日本の将来リーダーを海外へ駐在させ、相互理解・交流も深めている。

従業員と共に


日本には元々三方良しという考えがあるが、改めて企業の社会貢献を再考すべきだ。

日立では、小平浪平創業社長が数名のエンジニアと共に起業した1910年当時への原点回帰を進め、「優れた自主技術・製品の開発を通じて社会に貢献する」という企業理念、ミッションを改めて大切にしている。また、徹底して議論し、一度方向が決まれば一致団結する「和」、顧客や自分に嘘をつかない「誠」、失敗を恐れず挑戦する「開拓者精神」の三つをバリューとして受け継いでいる。2021年11月、創業地にオリジンパークを作ったが、コロナ収束後には世界中の従業員が訪れ、不変のミッションとバリュー、日立の原点を体感する場となるだろう。

ステークホルダーの中でも従業員とのエンゲージメントは最も重要だ。日立の社会イノベーションはPowering Goodという標語に集約されており、世の中にとっていいことをみんなでやって世界を輝かせようと、シンプルに皆で言い合い、方向性を共有する。それこそが、企業をより強く、グローバルに発展させる原動力となるのだ。

(日本生産性本部 国際連携室)

*2021年12月21日取材。所属・役職は取材当時。

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