コロナ危機に克つ:KMバイオロジクス 「混合ワクチン」開発に意欲

明治ホールディングス(HD)グループで、新型コロナウイルスに対する不活化ワクチン「KD-414」の開発を進めるKMバイオロジクス(熊本市)の永里敏秋代表取締役社長は、生産性新聞のインタビューに応じ、このワクチンの承認を早期に取得し、2022年中にも供給を始めたい意向を表明した。また、新型コロナとインフルエンザに対応する「混合ワクチン」の開発についても、「当然、チャレンジしたい」と意欲を示した。

世界各地で発生確認 コロナとインフル同時感染に対応

永里敏秋 KMバイオロジクス代表取締役社長
国内でも接種が行われているファイザーやモデルナの新型コロナワクチンは、メッセンジャーRNA(mRNA)と呼ばれるもので、ウイルスを構成するたんぱく質の遺伝情報をワクチンとして投与する。その遺伝情報をもとに、体内でウイルスのたんぱく質をつくり、そのたんぱく質に対する抗体がつくられることで免疫を獲得する。

これに対し、不活化ワクチンは、インフルエンザや日本脳炎等のワクチンと同様の製造法で、感染力や毒性をなくした病原体からできている。アナフィラキシーを起こすような物質が入っておらず、重篤な副反応がほとんど見られないのが特徴だ。

KMバイオロジクスが開発を進めている不活化ワクチン「KD-414」は、2021年10月から最終段階である国内第2/3相臨床試験を開始している。18歳以上の健康成人を対象に2回接種した際の有効性や安全性などを検証。年度内にも仕上げの第3相臨床試験に移行し、早期実用化をめざしている。

同社は、不活化ワクチンの生産能力を備えた生産設備を熊本県菊池市に整備している。年度内に生産体制が整う予定で、4月以降、実生産検証を行う見込みである。

永里社長は「小児用の定期ワクチンは不活化ワクチンであり、安全性は一番高いと考えている。社会的課題である新型コロナワクチンの子供への接種にも効果的だ。国内向けの新型コロナワクチンとして、早期承認を得たいというのは、私たちの心からの願いであり、今後、医薬品医療機器総合機構(PMDA)と検討したい」と述べた。


今後はインフルエンザと新型コロナの同時感染への対応も焦点となっている。同時感染の事例は世界各地で報告されており、感染力の強いオミクロン変異株の感染拡大に伴い、インフルエンザとの同時感染も増加する公算が大きいとの見方もある。

米モデルナのステファン・バンセルCEOは、1月17日に開かれた世界経済フォーラムが主催するオンライン会議で、新型コロナの追加のワクチン接種(ブースター接種)用とインフルエンザなどのワクチンを混合した新たなワクチンを開発中であることを明らかにするなど、世界の医薬品業界の視線は次の感染症対応へと注がれている。

KMバイオロジクスは、季節性インフルエンザワクチンの国内トップシェアを持っている。永里社長は「不活化ワクチンの特徴は、その年の流行株を入手することによって、流行に備えたワクチンを提供できることであり、インフルエンザワクチンのノウハウを活用し、新型コロナとの同時感染に対応できる混合ワクチンにも当然、チャレンジしたい」と話す。


(以下インタビュー詳細)

感染症拡大と地球環境問題は同義語 社会課題、製薬会社の貢献重要
KMバイオロジクス 永里敏秋代表取締役社長インタビュー

KMバイオロジクスは、「ヒト用ワクチン」「動物用ワクチン」「血漿(けっしょう)分画製剤」「新生児マススクリーニング」の4事業を行うバイオロジクス企業である。ワクチンや献血された血液から有効な成分を精製した血漿分画製剤を供給するなど公益性の高いバイオ医薬品を展開している。

これは、化学及血清療法研究所(化血研)の事業譲渡の受け皿として設立されたという経緯が背景にある。2015年、化血研が国の承認書と異なる方法で血液製剤を製造していたことが明らかになった。厚生労働省による110日間の業務停止命令を経て、化血研の主要事業は、明治グループと地元・熊本県の企業連合や熊本県が出資した新会社に譲渡され、2018年にKMバイオロジクスが誕生した。

このため、2018年、19年は不祥事の再発防止に集中し、ガバナンスとコンプライアンス、そしてインテグリティ(誠実さ)の徹底に注力した。「ごまかす」ということは絶対にあってはならない。ただ、「だめだ」と言うだけでは人間は安易な方に流れるので、「ごまかせない」仕組みづくりの構築に腐心した。

従業員に対する教育はもちろん、医薬品を国に届け出た製法で製造するよう標準作業手順書に落とし込むなどモノづくりの基本を徹底し、決められた手順を守る考え方などを浸透させていった。

不祥事の芽を摘むには、リスクとなりうる情報が経営トップに集まってくるようにしなければならない。不祥事が発覚してから、社長自身が「知らなかった」とか「想定外だった」という言い訳は通用しない。

「週報」でリスク情報を収集


課長クラスが部下から上がってきた1週間の出来事をまとめる「週報」というものがある。「週報」は毎週、部長から本部長、そして社長へと提出されるのだが、私は「リスク案件に関しては全てを拾うように」と指示している。

拾ってきたリスクについては、部単位または課単位で解決していくものが多いが、「これは大きくなりそうなリスクだ」と判断したら、すべて社長に情報が上がってくる。上の立場の人が下の人に「すべて任せている」という考え方では不祥事が起こりうる。不祥事はコミュニケーションの問題だ。

2,000人で業務を行っている中で、製造部門だけでなく、経理などの間接部門を含めたすべての部門で、些細なことも含めた一切合切のリスク要因を全部、毎週集約させている。

ここまでやるのは、リスクが顕在化してから手を打ったのでは遅いからである。顕在化する可能性があるリスクは全部報告させており、社長がウォッチすることで的確な指示を出せているため、この仕組みが効果的に機能しているという手ごたえがある。

とはいえ、各職場でリスクにつながることを隠されたら手の打ちようがない。このため、インテグリティ教育は極めて重要であると考えている。

中期経営計画においても、インテグリティの実践強化を重点方針として掲げ、その浸透に力を入れてきた。全従業員がインテグリティを認識し、行動することで、不祥事の芽を摘むことができる。

最近クローズアップされているジェネリック医薬品メーカーの不正製造・販売の問題に関しては、まさに企業におけるインテグリティが欠如した結果、引き起こされたものである。

一方、ジェネリック医薬品が抱える構造的な問題が影響している側面もあると思う。ジェネリックのビジネスはコスト的にかなり厳しい。ジェネリックは特許切れのものが毎年20件程度出てくるが、薬価は毎年どんどん下がる。

製造管理などにリソースを割けない企業は、どうしてもコスト競争だけに追われてしまう。こうした現状を是正するには、企業努力だけでは限界がある。明治グループの医薬品会社、Meiji Seikaファルマの取締役も担っている立場として、国にも薬価制度の見直しなど、ビジネス環境の改善に向けた責任を果たしていただきたいと考える。

今後も続く感染症のリスク


コロナ禍が世界に未曽有の危機をもたらしている。明治イノベーションセンターで研究開発に携わっていた時から、感染症というのは必ず定期的に来ると予測していたので、驚きはない。

それよりもむしろ、国を挙げて、感染症対策をとってこなかったことは残念でならない。企業にとっては、いつ流行するかわからない感染症領域のビジネスに積極的な投資をしにくく、開発に資金を投入しても、回収できないリスクを伴う。

これまで抗生物質や抗菌剤が効かない風邪やバクテリアなどの菌が出現しても、日本は非常に衛生状態が優れているので、国内では蔓延しなかった。Meiji Seikaファルマは薬剤耐性(AMR)に有効な医薬品の開発に取り組んでおり、フェーズⅢの段階まで進んでいるものがあるが、治験をやろうとしても国内ではできない。患者が確保できないからだ。

今回、コロナ禍に直面して初めて、「感染症が蔓延すると経済がストップして大変だ」という経験をした。コロナ禍を教訓に官民が連携して、感染症対策に取り組む機運が高まってほしいと期待している。感染症対策は、普段からの備えが重要だ。ポスト・コロナになっても、国の本気度を維持し続けてもらいたいと願っている。

政府は今回、ファイザーやモデルナなどの米企業が手掛けるワクチンの確保に莫大な資金をつぎ込んだ。国内において、接種が進んでいるのはこれらの海外ワクチンだが、今後も必要量を長期にわたって確保できるかわからない。

現在、3回目の接種が進んでいるが、新型コロナがインフルエンザのように毎年定期的に流行する可能性があることから、国産ワクチンを日本国民に継続して安定的に供給するために、開発に全力を注いでいる。

国の支援を受けながら、国内のメーカーが開発して、即座に日本国民にワクチンや治療薬を提供することができれば、企業も潤い、法人税収も増えるという好循環を生み出すことができる。そういう意味でも、国産ワクチンの開発意義は大きい。

今後も、さまざまな感染症が世界中で流行するのは避けられないと懸念している。それは、地球温暖化や世界の人口増とも大いに関係していると思う。

これまで、感染症の警戒地域としては、熱帯地域に目を向けていた。しかし、地球温暖化の影響で、熱帯地域でしか流行しなかった感染症が、温帯地域にも入ってくる可能性は高まる。

明治グループでは、本業を通じて日々グループ理念を実施し、社会に必要とされる存在であり続けることこそ、社会的責任を果たすことであるとの考えを、グループサステナビリティの基本としている。

目指すべき企業グループ像を示す「明治グループ2026ビジョン」においても、サステナビリティの推進を最重要テーマの一つと位置づけ、「社会課題への貢献」を実現するための具体策として「明治グループサステナビリティ2026ビジョン」を策定した。

私は地球環境問題とウイルスの感染拡大の問題は、ほとんど同義語だと考えている。世界中でサステナビリティ活動に力を入れないと、もっと恐ろしい感染症の出現が繰り返されるのではないだろうか。

当社は企業として生き残っていくためにも、不活化ワクチンの技術を深掘りする一方で、メッセンジャーRNAワクチンや、アジュバント(薬物による効果を高めたり補助したりする目的で併用される物質・成分の総称)など、新たな開発にもチャレンジしていかなければならないと思っている。



*2022年1月7日取材。所属・役職は取材当時。

関連するコラム・寄稿