コロナ危機に克つ:バイオベンチャー企業「イーベック」

新型コロナウイルス感染症の治療薬のもとになる抗体を開発しているイーベック(札幌)の土井尚人代表取締役社長は生産性新聞のインタビューに応じ、開発中のヒトモノクローナル抗体(特定の抗原に結合する抗体)が、オミクロンをはじめとする「懸念される変異株(VOC)」を中和できることがわかったことを明らかにした。抗体カクテル療法より低コストで提供することが可能とされ、国産化された場合は安定供給が期待できる。今後、点滴による治療法の確立へ向けた研究開発を本格化させる。

コロナ治療薬用抗体 開発を加速 変異株への効果確認

土井尚人 イーベック代表取締役社長
イーベックは、北海道大学の高田賢蔵名誉教授が持つEBウイルスに関する技術と知見の実用化をめざし、2003年に設立されたバイオベンチャー企業。ヒト末梢血(血管の中を流れる血液)から、幅広い治療領域のヒトモノクローナル抗体を開発している。

また、同社は、感染症の原因となるウイルスなどを中和する完全ヒト抗体作製の技術力を持つ。2020年4月から国内の複数の病院や研究機関と連携し、新型コロナウイルス感染症の原因であるウイルスに対する抗体の開発に取り組んでいる。この抗体は、2020年3月に新型コロナに罹患し回復した人から提供を受けた血液をベースに、同年10月中旬から共同研究機関と抗体開発を開始。およそ2カ月後の12月上旬に作製を終え、従来株への中和活性を確認した(特許出願済)。

この抗体は、その後、感染が広がったアルファ株(イギリス型)やデルタ株(インド型)に対しても、低用量で中和できることがわかった。さらに、土井社長は「オミクロン株を含め、WHO(世界保健機関)がVOCに指定した変異株に対して、効き目があることを確認している」と話す。


(以下インタビュー詳細)

めざすは抗体医薬分野の「インテル」 三振恐れずバットを振り続ける
イーベック 土井尚人代表取締役社長インタビュー

北海道大学の高田賢蔵教授(当時)が、EBウイルスというガンの元になるウイルスの研究の過程で、「これを使えば人の血液内から抗体を直接採れる」と考え、その技術を実用化するために起業した。

2008年に独ベーリンガーインゲルハイムと大型のライセンス契約を結んだ。当時、日本のバイオベンチャーが海外のメガファーマと結んだ最高額は12億円だったが、この契約は88億円であり、業界では大きな話題となった。

抗体医薬は今、世界の医薬品開発の主流になっている。市場規模は十数兆円で、世界の売上高ランキングの上位15位の半数以上が抗体医薬を扱っている。イーベックは、抗体医薬の元となる抗体を提供することに特化している。薬をつくらずに、製薬企業に抗体を提供する。めざすのは製薬業界のインテルだ。

70億人をこっそり支えたい


当社のスローガンは「70億人の医療をこっそり支える」である。70億の世界の人々の健康に役立つ会社であるという意味であり、目立つのは製薬会社かもしれないが、見えないところでしっかりと健康を支えていこうというのが私たちのコンセプトだ。

これまでの抗体作製の技術は、マウスの先端の部分を遺伝子組み換えするなどの方法で変更し、マウス抗体をできるだけヒトの抗体に近づけることによって、副作用を抑えてきた。マウスの抗体が人間の体内に入ると、異物であるために副作用が起こりやすいからだ。

投与する抗体はヒトの抗体に近いほど良く、今は多くの企業がヒトの遺伝子を導入したマウスなどの動物に抗体をつくらせて使っていく方向だ。当社は、ヒトの血液から直接、抗体を採り出す技術を持っている。

世界で数社しかできない技術


ヒトの血液から抗体をそのまま採るのは難しい技術で、世界でも数社しかできない。当社は起業して2年後の2005年にはその技術を生み出したが、十数年経った今でも追いついてくる企業は少なく、世界でも数社しかない。

そのうちの一社は、当社が長年ライバルとして競っている海外のバイオベンチャーで、同社が開発したモノクローナル抗体が、オミクロンに効くと言われている抗体医薬「ゼビュディ点滴静注液(一般名・ソトロビマブ)」に使われている。

感染症にかかった直後にできるポリクローナル抗体は、その人にしかなく、複製することもできない。これに対し、モノクローナル抗体は、アミノ酸配列が分析できれば大量生産できる。医薬品は副作用の懸念もあるし、効能を維持するという問題があるから、同じ品質のものを同じようにつくり続けるのが絶対的な条件だ。

当社がこのヒトモノクローナル抗体の作製で世界をリードできるのは、創業者の高田氏が開発したEBウイルスに関する技術があったからだ。この技術は世界的にも非常に価値の高いものであり、抗体医薬のプラットフォーム技術として世界の医療現場での活用を期待している。

新型コロナのパンデミックはそろそろ終わるだろうと言う専門家もいる。しかし、ワクチンを打てない人や、重症化する可能性がある人が一定程度いるのであれば、そこに治療薬を届けることは私たちの責務だ。

また、新たな感染症の可能性もあり、対応を怠ることは許されない。最近20年を辿ると、2002年のハクビシンが感染原因となったのがSARSで、2010年にはラクダ由来から感染してMERSとなり、2019年にはコウモリから新型コロナウイルスが発生した。まだ、ウシやネコ、ブタ、トリなどが控えており、いつ、新たな感染症が発生しても不思議ではない。

当社が持っている技術は、新興感染症に対して、罹患後、数カ月経ち抗体の性能が向上している回復者の血液を入手できれば、約2カ月で治療に有効な抗体作製が可能であることを実証した。一方、再興感染症に対しては、すでにヒトはウイルスと対峙し鍛え上げた中和抗体を保有しているので治療に有効な抗体作製が可能だ。

海外から検体を入手し、抗体バンク化することを提案しており、官民に協力を呼び掛けている。抗体バンクは、感染症罹感者の多い地域から血液提供をしてもらうほか、過去に感染症に罹感し、抗体を保有している人から血液提供に協力してもらう。そして、抗体を作製し、バンク化しておく構想だ。

すでに見えていたコロナ危機


ジカウイルス感染症やデング熱などは海外ではかなり流行っているが、地元の人たちは小さい頃からかかっていて、体細胞変異によって良い抗体を持っているケースが多い。だから重症化が少なく、パンデミックにもならない。

しかし、経済のグローバル化によって、ウイルスが人の移動や貨物、蚊の移動によって、世界中に広がり始めている。今回の新型コロナもある意味そうだが、もうすでに流行していて、良い抗体を持っている地域から先に血液をもらっておけば、国内での流行に先んじて抗体作製の準備をすることが可能だ。

また、流行り出して3カ月ぐらい経てば、そこから血液をもらって抗体が作製できる。抗体バンクが持っていれば、パンデミックが始まった時にすぐに検査薬と治療薬に回すことができる。今回はスピード感で海外の後塵を拝したが、抗体バンクによって、形勢を逆転することができるはずだ。

創薬バイオベンチャーの経営は難しい。新型コロナが流行するずっと前から、新興感染症に対しての体制を構築する必要性を訴えていたが、周囲には、主人公がコレラに立ち向かった医療時代劇ドラマ「仁」の見過ぎだとからかわれた。新型コロナ対策として、良い抗体が採れた時も、ある大学の権威から「いずれ変異が起こるから、今から研究をしても無意味だ」と言われたこともある。

しかし、SARSから始まったコロナの歴史を紐解くと、今回のパンデミックは、すでに見えていた未来だった。

世界には、蛇毒のために死んでいる人はまだまだ多いが、まともな薬がない。感染症の治療薬の開発はリスクが高く、挑戦する企業は少ない。しかし、ひとたびパンデミックが起これば必要とされ、市場は必ずある。

日本経済はインバウンドの増加による経済成長をめざしていた。今回の新型コロナで、海外との交流を躊躇する人が増えるかもしれないが、国際交流が時代の潮流であるならば、積極的に交流を深めて、より良い国際関係を築くべきだ。

その一方で、感染症などの国際交流に伴う副作用のリスクを抑えることが必要になる。感染症に効果のある技術を持っている当社が果たす役割は小さくないと自覚している。

ある人に「感染症対策をやるためにバッターボックスに立ったなら、見逃し三振は許されない」と言われた言葉の重みを今でもかみしめている。何が当たるかわからないが、バットを振らないということは、何もしないのと同じという意味だ。

私たちに技術がある以上、挑戦しないという選択肢はない。これまでもRSウイルスや水痘・帯状疱疹、マラリアなどさまざまな抗体をつくってきた。新型コロナのパンデミックが起こった当初から、バッターボックスに立ち、三振を恐れずに思いっきりバットを振っている。当社の開発した感染症関連の抗体で見ると、打率は高いと自負している。



*2022年1月20日取材。所属・役職は取材当時。

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