コロナ危機に克つ:白波瀬 佐和子 東京大学大学院教授インタビュー
「コロナ下の女性への影響と課題に関する研究会」(事務局=内閣府男女共同参画局、以下「研究会」)の座長を務めた白波瀬佐和子 東京大学大学院人文社会系研究科教授は生産性新聞のインタビューに応じ、誰一人取り残さないポストコロナ社会の実現に向けた課題について語った。「意思決定の場における女性の参画推進が鍵を握る」として、政府や企業などに女性リーダーの積極的な登用と、「育てる風土」の醸成を求めた。
「女性リーダー育てる好機」
日本社会の性別役割分担モデル打破 あらゆる分野で圧力を
そして、ポストコロナに向けて「ジェンダー統計・分析の重要性」「ジェンダー平等・男女共同参画の取り組み、女性の参画」「制度・慣行の見直し」を提言した。
ジェンダー統計・分析については、男女・都道府県別のデータ把握、既存統計の個票分析、調査設計にあたって主な対象へのオーバーサンプリングなど、さまざまな手法で迅速・的確な実態把握と分析が重要であることを強調した。調査の実施のみならず、その分析にも予算と人員を配分するよう求めている。
新型コロナウイルスなど専門性の高いテーマへの対処が課題となる中で、自らも研究者である白波瀬氏は「データの分析のトレーニングを受けた研究者が政策実施者や各分野の専門家と連携し、マクロとミクロのデータをシェアリングしたうえで、必要な政策を導き出したり、検証したりする必要がある」と述べた。
また、ジェンダー平等や女性の参画に関しては、緊急対応に加え、経済的自立などの女性のエンパワーメントを拡大し、ジェンダー平等・男女共同参画の取り組みを加速させていくことを政府、政党、地方自治体、民間企業、NPOなどに求めた。
このほか、意思決定の場における女性の参画やジェンダーに配慮した政策を実現するために、政策論議にも多様な視点を取り入れる必要性を訴えた。
白波瀬氏は「マイノリティである女性の参画を進めるため、あらゆる分野でこの5年、10年は圧力をかける時期である」と述べた。
さらに、制度・慣行の見直しについては、「日本社会の根底にある固定的な性別役割分担モデルや制度などを見直す好機であり、女性の活躍の場が広がることはポストコロナでの新展開が求められる企業経営や日本経済にもプラスとなる」として、政府に対し、主導的な役割を果たすように求めている。
新型コロナが感染拡大した2020年4月、国連のグテーレス事務総長が、コロナ対策において女性を中核に据えるよう声明を発した状況を踏まえ、研究会は同年11月、「DV(ドメスティックバイオレンス)、性暴力、自殺などの相談体制と対策を早急に強化するとともに、感染拡大期においても可能な限り必要な機能を果たすこと」や「ひとり親家庭への支援を強化すること」など、8項目の緊急提言を出した。
白波瀬氏は「新型コロナによって、女性たちが多く関わってきた業種に直接的な被害が集中し、自殺者数の増加など女性への深刻な影響が明らかになった。その根底には、これまでジェンダー平等や男女共同参画が進んでいなかったことがある」として、これを契機に改革を進めるよう促している。
(以下インタビュー詳細)
女性の参画阻む“強敵”無意識バイアス
見方や捉え方にゆがみや偏り
新型コロナウイルスの感染拡大に伴い、3密の回避が経済活動に少なからぬ影響を及ぼし、諸活動においてバーチャルとリアルでの二極化が進んだ。
対人のサービス業や看護師などの医療関係、地域のソーシャルワーカーといった業種で多くの女性たちが働いており、感染拡大の負の影響がこれらの産業や非正規雇用労働者を直撃した。
いまや女性の収入は家計の補助に留まらない。今回のコロナ禍に伴う収入減少がもたらした実質的な影響により、低賃金で働く女性たちの実態を見直す必要が明らかになった。また、シングルマザーの失業率は上昇し、一人で家計を支え子育てする彼女たちへの支援は欠かせない。
さらに深刻だったのは、外出の自粛によって、家庭内の様子がますます外から見えなくなったことだ。問題を抱える家庭では、家庭という密室の中で問題が深刻化することが多い。私たち研究者が2020年の感染拡大を受けて真っ先に対応が必要と考えたのは、家庭内でDVなどの被害に遭っている人の安全の確保だった。
実際、3密回避の対応の中で女性に対する暴力は深刻化。DV相談件数が前年同期比1.5倍に増加し、精神的暴力や経済的暴力も顕在化した。
また、給付金に関して、世帯ごとの受給の窓口となる「世帯主」は、夫婦が揃っていれば、9割以上が男性である。
実際のところ、給付金が必要なのは子育てを直接担う母親であることが多いのに、世帯主である夫に留まり、彼女たちにまで届かないケースが見受けられる。離婚のタイミングによっては、給付金の支給対象から外されてしまう状況もあった。
残念ながら、女性の自殺者が増加し、だれかと同居する主婦などの無職者や女子高校生が命を絶つケースが確認された。女性の心身の健康に対する新型コロナのインパクトは大きく、医学や公衆衛生の分野においてジェンダーの違いに配慮した検討や対策が強く求められている。
研究会が8項目の緊急提言
研究会においても、2020年11月19日、雇用面や生活面で特に女性に対する深刻な負の影響が出ており、ジェンダー格差拡大の懸念をもって、「いわゆるエッセンシャルワーカーの処遇改善などを十分考慮すること」など8項目を盛り込んだ緊急提言を出した。
9月に研究会を立ち上げて、11月に緊急提言をまとめることができたのは、本件が緊急性の高い事象であるという強い危機感があったからである。メンバーの問題意識とデータに基づき、多様な視点から的確な議論が展開され、「理想的な進め方だ」との評価をいただけたのは幸いであった。
特に、2020年4月は一斉休校の時期であり、その間に何が起こったのかについて、早期に把握することができたのは重要なことである。一斉休校による感染拡大防止の効果は否定できないが、母親に与えた影響は大きかった。
例えば、失業率と無業率の変化を、ミクロデータ分析を通して見てみると、コロナ禍で無業になる確率は、配偶者がいる場合といない場合で異なる。シングルマザーに代表されるように、他に頼る者がおらず、子供を育てながら働き続けなければ生活が成り立たない現実に対して、どのような対策が求められているのかは常に配慮すべきである。
休校は特に小学生の母親の就業に大きな影響が認められ、配偶者のいる既婚女性の非労働力化(無業化)が進行した。女性の家事・育児・介護の負担感が増加している。これを機に、男性の家事・育児・介護への参画を進めていくことが必要だ。
しかしながら、これまでの子育てに関する制度は硬直的で、柔軟な対応が期待できなかった。例えば、2時間でも預かってもらいたいという緊急的なニーズに対応するのは極めて難しい。また、終わりの見えないコロナ禍にあって、生活する上での緊急対応への要求は今後増えていくであろう。既存制度の改善を求める必要性が明らかになってきた。
例えば、DV相談機関に助けを求めることができない声なき声をいかにすくいあげるか。実際に何が起こっているのか。早急に対応すべき案件はどれか。これらについて、研究会では積極的に議論した。橋本聖子 内閣府特命担当大臣(当時)や男女共同参画局長と問題意識を共有し、早い段階で緊急提言を出して、補正予算も付けていただいた。
格差広がる日本社会
研究会での議論をもとに、ポストコロナに向けて「誰一人取り残さない社会」にするために何が求められているかについて報告書をまとめた。そこでは、「ジェンダー統計・分析の重要性」「ジェンダー平等・男女共同参画の取り組み、女性の参画」「制度・慣行の見直し」を提言した。
女性の参画を阻んでいる一番手強い相手は、「アンコンシャスバイアス(無意識バイアス、無意識の偏見)」である。これは、自分自身が気づいていない「ものの見方や捉え方のゆがみ・偏り」のことを指す。誰もが持っているものであり、私自身も意識しない偏見を残念ながら持っている。
多様さを認める社会に変えていくためには、このような偏見の存在を常に意識し、改める努力を惜しんではいけない。同時に、あるべき社会に向けて制度を修正し、慣行を変えていく取り組みが必要だ。
ジェンダー平等の観点から、日本が実態としても、また実現にむけた取り組みとしても、他の先進国に後れを取っている理由の一つに、既得権の問題が大きい。既得権益者を敵に回してばかりでは、説得が進まない。「どういう世の中にしたいのか」というビジョンを共有すべく、できるだけ仲間を増やしていくことが重要だ。
さらに、危機感の共有も大事になる。日本は、未来に向けて改めるべきところを変えていかなければ、次の世代が立ち行かなくなる、このままでは決して市民社会として生き残っていけない、という強い危機感の共有だ。慣行を変えるには意識から変わらなければいけないと言うが、それを待っていては遅い。
女性参画の一つの鍵を握るのは、女性管理職の増加であり、意思決定の場に女性が「飾り物」でなく「参画」することが何よりも重要だ。一方で、これまで何の期待もされず、十分な練習期間もなく、突然、管理職を任され物事を決めよといわれても、うまくいかないことがある。その時に、周囲がどう受け止め、育てる環境をつくっていくかが大事だ。女性管理職登用の数値目標は良いことだが、その数値をクリアしたら終わりではなく、サポート体制や育てる文化を醸成していかなければならない。
日本社会は新型コロナ感染拡大の中で、格差が広がっている。デジタル化の進行など目まぐるしく変わる世の中についていけるかだけでなく、それをどのように積極的に使いこなせるかをめぐって、格差はさらに広がり、社会の分断を生む可能性が高い。新しい技術を学ぶ職業訓練や、年齢にかかわりなくスキルアップのためのリカレント教育の役割がますます重要になる。
かつて英国でも10代のひとり親の貧困が問題になり、ブレア政権の下、教育投資の重要さが叫ばれ、教育改革に取り組んだ歴史がある。今の日本社会にとっても、教育をはじめとする人への投資の強化が求められている。
*2022年3月16日取材。所属・役職は取材当時。