コロナ危機に克つ:JR東海 ビジネス列車戦略を加速

JR東海(東海旅客鉄道)新幹線鉄道事業本部長の大山隆幸取締役常務執行役員は、生産性新聞のインタビューに応じ、東海道新幹線のビジネス環境整備を加速させる方針を明らかにした。新型コロナウイルスの感染拡大を契機に普及したテレワークやウェブ会議などの新しい働き方に対応したサービスを、駅から車内までシームレスに提供する。ビジネス客が7割を占める新幹線の特徴に磨きをかけ、利用客のV字回復を目指す。

テレワークやweb会議などの環境を整備し、駅・新幹線でシームレスな仕事を実現

大山隆幸 JR東海取締役常務執行役員
コロナ禍での利用客の減少について、大山氏は「ビジネス客と観光客では、減少するときは同じレベルのインパクトがあるが、観光客は感染が落ち着くと急速に回復するのに対し、ビジネス客は戻りが遅い」と話す。

オンラインでの仕事の仕方が定着し、移動して現地を訪問する仕事が厳選されるようになったことで出張の機会が大きく減っているためだ。

こうした中、航空機や高速列車などの長距離移動サービスにとって、出張客の囲い込みは最重要課題だ。東海道新幹線では、21年10月から、EXサービス会員を対象に、ビジネスパーソン向け「S Work車両」やワークスペース事業「EXPRESS WORK」を提供している。また、駅待合室には誰でも使える無料のビジネスコーナーを整備した。

「S Work車両」の”S”には、新幹線でシームレスに仕事をしてもらいたいという意味が込められており、「のぞみ」7号車を、気兼ねなくモバイル端末を使って仕事を進めたいニーズに対応させた。また、通信環境拡充のため、「N700S系」の7号車と8号車では、従来の約2倍の通信容量を備えた新しい無料Wi-Fiサービスを順次導入した。

「EXPRESS WORK」は、主要駅の一部に個室のワークスペース(ボックス型)を設置するとともに、東京駅直結の「丸の内中央ビル」には、個室や会議室を備えたワークスペース(オフィス型)を展開。EXサービス会員を対象に有料で提供している。

さらに今春から、ビジネス環境の拡充に踏み切っている。「N700S系」の7・8号車間のデッキ部分には個室タイプの「ビジネスブース」を試験的に導入。室内にはテーブル、ハイチェア、コンセントなどを整備し、一時的な打ち合わせのほか、web会議、電話などに活用してもらう。22年5月9日から順次サービスを開始しており、当該列車の運行状況は当日の朝にJR東海のホームページで告知される。

また、駅待合室内の半個室タイプのビジネスコーナーは、すでに設置していた東京駅、名古屋駅、新大阪駅に加え、22年7月ごろをめどに、品川駅、新横浜駅、京都駅に新設する。これにより、東海道新幹線の全ての「のぞみ」停車駅の待合室でビジネスコーナーが活用できるようになる。さらに、22年9月ごろには東京駅と名古屋駅に追加整備する予定だ。 大山氏は「新幹線の事業本部を担当している立場として、ビジネス客に戻ってきていただくために知恵を絞ることが、コロナ危機に克つために最も大事なことだ。これからも、『東海道新幹線で移動すると仕事がはかどる』と実感してもらえるように、乗車前から降りた後まで、仕事をしやすい環境整備の拡充を続けていきたい」と話している。

(以下インタビュー詳細)

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大山隆幸 JR東海取締役常務執行役員インタビュー

新型コロナウイルスの感染拡大が始まった時、JR東海として最も注力したことは、「お客様に安心な輸送をお届けすること」だ。コロナ禍の利用客の減少に対応して列車の運行本数を減らし過ぎると、コストは下がるが、乗客数に対して利用可能な座席数が減る。コロナ禍でも移動する必要があるお客様にとっては、少し密な空間になってしまう恐れもあるので、しっかりと余裕のある座席数を提供できるように運行本数を確保している。

当初、窓が開かない新幹線車両については、「十分な換気が行えるのか」という不安の声も寄せられたが、実際は空調・換気装置により、常に外気との入れ替えを実施している。計算上では約6~8分で車内の空気が全て入れ替わる。

また、駅・車両内の消毒や清掃も徹底している。新幹線の全駅と在来線の有人駅には消毒液を設置。利用客の多い駅では、券売機など手が触れやすい箇所を基本的に毎日消毒している。新幹線の車両内も、トイレのドアノブなどを含め、車掌が巡回時に消毒している。

駅員や乗務員、社員の飛沫感染防止対策も徹底しているほか、お客様に対しても、車内・駅構内でのマスクの着用や座席を回転させずに利用していただくなどの協力をお願いしている。こうした地道な感染防止対策の徹底が、ウィズ・コロナ、ポスト・コロナにおける利用客数回復のベースになると考えている。

20年春から本格化した感染拡大局面での利用客数の減少は、21年度第3四半期決算の発表時には、年末年始を故郷で過ごす帰省客が戻った影響もあり、回復の兆しが見えていた。これは、デルタ株による第5波が落ち着いた21年11月から12月の数字を反映している。

しかし、年明けには、感染力がより強いオミクロン株による第6波に突入し、利用客数は再び厳しい状態に逆戻りした。まん延防止等重点措置の解除で下げ止まったが、21年度期末連結決算では519億円の純損失、利用客数はコロナ前の18年度と比べると2分の1程度に過ぎない。

新幹線移動なら仕事ができる


経営計画の策定に取り組んでいる総合企画本部との議論では、ポスト・コロナになったとき、観光客の需要は回復し、インバウンド(訪日外国人旅行)も、海外からの受け入れが正常化すれば徐々に戻ってくると予測している。

一方で、東海道新幹線の7割を占めるビジネス需要は、コロナ前の水準まで戻るには時間がかかる。例えば、取引先との対面での打ち合わせや商談のために移動する需要は次第に戻ることが期待できるが、社内で行っていた連絡会議などは、移動を避け、なるべくオンラインでということになるだろう。さまざまなアンケート調査からも、出張の需要はコロナ前の8割程度にしかならないと見たほうがいい。

JR東海の新幹線鉄道事業を担う立場としては、利用客数を9割、そして、10割に戻すように知恵を絞ることが至上命題だ。「航空機の移動ではできない仕事も、東海道新幹線ならできる」と実感してもらえるよう、ICTの整備と仕事ができる空間の確保に力を入れていく。

新幹線車両でのビジネス環境としては、全ての「のぞみ」の7号車に導入したビジネスパーソン向け「S Work車両」が軸だ。

「N700S系」の7号車(普通車)と8号車(グリーン車)には、新たな無料Wi-Fiサービス「Shinkansen Free Wi-Fi for Business」を導入した。従来の約2倍の通信容量を備え、利用時間の制限なども設けない。ビジネス利用を考慮し、通信を暗号化している。

東海道新幹線区間の「N700S系」の「S Work車両」では、個数には限りがあるものの、膝上クッションや簡易衝立、PC用ACアダプタ、USB充電器、小型マウスなどのビジネスサポートツールを無料で貸し出している。

22年春からは、「N700S系」の7・8号車間のデッキ部分に、web会議などを行いやすいよう配慮した個室タイプの「ビジネスブース」を試験的に導入した。利用状況を見ながらビジネスブースの形状の改善や他のサービスについても検討したい。

一方、駅でのビジネス環境については、東京駅、名古屋駅、新大阪駅の待合室内に設置しているビジネスコーナーを、東海道新幹線「のぞみ」の全停車駅に拡充する。

EXサービス会員向けに展開しているワークスペース事業「EXPRESS WORK」は、ビジネス客の利用シーンに合わせて快適かつ便利に使っていただけるよう、3種類のワークスペースを駅構内や駅直結ビル内などに用意している。

まず「EXPRESS WORK-Booth」は、周囲を気にせずに仕事やweb会議ができる個室のことで、東京駅、名古屋駅及び同駅直上のJRセントラルタワーズ、京都駅、新大阪駅に設置している(利用料金は従量課金制)。

また「EXPRESS WORK-Lounge」は、複数人での打ち合わせや、落ち着いた空間で仕事に集中できる施設だ。東京駅直上の「丸の内中央ビル」(東海道新幹線日本橋口改札から徒歩1分)に立地しており、個室や会議室などさまざまなタイプの席を用意している(利用料金は従量課金制)。

もうひとつのタイプの「EXPRESS WORK-Office」は、法人向けの家具付き小規模レンタルオフィスで、短期間の入居も可能である。こちらも東京駅直上の「丸の内中央ビル」に設置しており、出張時の拠点やサテライトオフィスなどに活用できる(賃料は月単位)。

海外交流の正常化に期待


欧米ではウィズ・コロナの中で、日常生活を取り戻す動きが出ている。日本でも入国者数の上限規制などがなくなり、外国人観光客が自由に入国できる日が来ることを願ってやまない。

インバウンド(訪日外国人旅行)では、東海道新幹線に乗って東京と京都の両方を楽しめる観光コースが人気だ。入国制限が解除され、海外からの観光客が戻ってくれば、東海道新幹線が活気づくことは間違いない。先を見据えて、駅員・乗務員の外国語対応力を高めたり、車内に大型荷物スペースを増やしたりと準備を進めている。

「のぞみ」30周年キャンペーン


東海道新幹線「のぞみ」が運行を開始して、22年3月で30周年を迎えた。この間、新型車両の投入などによる安全性・安定性の強化に加え、快適性の向上や、より高速で高頻度な輸送の提供など、サービスレベルにも磨きをかけ、多くのビジネス客や観光客に利用していただくことができた。本来なら、盛大なイベントを実施したかったが、第6波の最中にあったため、新幹線の新たな魅力を掘り起こす企画などを展開した。

なかでも、社員からのアイデアに基づいた、新幹線1両で「こんなことができたらいいな」という希望をかなえるイベント「あなたの〝のぞみ〟をかなえます」と題した企画は、テレビ番組で取り上げられるなど大きな反響があった。

これは、「のぞみ」1両を貸し切って実施したい企画を募集し、当選者のアイデアを実現したものだ。コロナ禍で実施できなかった高校の修学旅行を卒業旅行として実現したい、車内で結婚式を挙げたいなど、さまざまな望みが寄せられた。応募があったアイデアの一部については、今後、新しい旅行商品として展開していくことも検討していきたい。

*2022年4月13日取材。所属・役職は取材当時。

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