コロナ危機に克つ:60団体・企業結集 スタートアップハブくまもと
肥後銀行(2019年度日本経営品質賞受賞)の笠原慶久代表取締役頭取は、生産性新聞のインタビューに応じ、「オール熊本」で創業・開業を支援するプラットフォーム「スタートアップハブくまもと(略称・スタハブくまもと)」に、100を超える問い合わせが寄せられていることを明らかにした。産官学金が連携し、スタートアップに必要な課題をワンストップで支援するもので、まずは、コロナ禍で廃業・休業が相次いだ中心市街地の賑わいの復活を目指している。
オール熊本で創業支援 まずは中心市街のにぎわい復活
「岸田政権が提唱する新しい資本主義でも、スタートアップ支援の重要性が指摘されており、コロナ禍で様々な業種の企業が廃業に追い込まれる中で、地域の起業家を支援することは私たちの役目だ」(笠原氏)。
「スタハブくまもと」は、新型コロナウイルスの感染拡大の影響で多くの事業者が廃業・休業に追い込まれている地域の現状を踏まえ、肥後銀行の主導で4月にオープンした。
熊本県や熊本市、熊本県商工会議所連合会、県内の各大学、日本政策金融公庫、熊本県信用保証協会、各ビジネスパートナーなど約60の団体・企業の賛同を得て、「オール熊本」で運営している。
産官学金の各ジャンルの専門家がサポートするほか、創業・開業に必要なビジネスパートナーをマッチングし、地域のネットワークでサポートするという3つのハブ機能を活用し、ヒト・モノ・カネ・情報をつなぐ。
肥後銀行の支店統合に伴い、肥後銀座通ビル(熊本市中央区)に生まれたスペースをオフィスとして確保した。2階には産官学金をつなぐためのインフォメーションゾーン、3階にはビジネスパートナーをつなぐデモンストレーションゾーン、4階には地域をつなぐコミュニティゾーンなどを設けた。
スタハブくまもとは、熊本県内の創業・開業を目指す個人・法人の全業種を対象にしているが、とりわけ、コロナ禍で廃業・休業に追い込まれた外食産業での挑戦が多い。その背景には、「新型コロナウイルス感染拡大前は、中心市街地が賑わっているのが熊本の特徴だったのに、今ではシャッターにテナント募集の貼り紙が目につくようになっている」(笠原氏)現状がある。
約3000店あった中心市街地の店舗のうち約2割が廃業・休業状態にあり、そうした空き店舗を活用した創業によって、街の賑わいを取り戻すことが喫緊の課題だ。すでに、支援開業1号店として、創作居酒屋「いとし」が4月27日にオープンしたほか、6月末時点で121件の相談があり、うち25件の新規開業につながっている。
笠原氏は「ノーベル平和賞受賞者のムハマド・ユヌス氏の考えにかねてより共感しており、『階級の固定化』に問題意識を持っている」と話す。
コロナ禍でも開業できたバーなどに赴き、開業資金の調達方法や金融機関の対応などをヒアリングした。開業したバーの店主らは、金融機関が求める自己資金額は大きく、自己資金集めが大変だったと言い、自己資金の問題で開業を断念している人も多いとのことだった。「これが格差を拡大する要因になっているのではないか」と考えた。
笠原氏は「やる気のある人には、早くチャンスを与える必要がある。オール熊本でリスクを分かち合い、スタハブくまもとを開業資金がなくても挑戦できる日本で唯一の場所にしたい」と話している。
(以下インタビュー詳細)
「成り行き」でなく「意志ある未来」へ 地方銀行が伴走支援して
笠原慶久 肥後銀行代表取締役
熊本県では、コロナ禍での金融支援の対応は非常に早かった。これは、2016年の熊本地震の経験を活かし、自治体と金融機関が連携し、官民一体となった支援態勢を構築できたためである。
売り上げが減った企業を対象に実質無利子・無担保で融資する「ゼロゼロ融資」については、他の地域では、2020年5月の連休明けから、民間金融機関の融資が本格化したが、熊本県ではそれに先駆けて、3月初旬から対応を進めることができた。
信用保証協会の保証額をみると、熊本県は平時では、経済規模を反映して30位前後だが、2020年4月末では、大都市圏に次ぎ、全国7位という高い水準だった。肥後銀行をはじめとする県内金融機関の早期の融資対応が奏功したからだろう。
また、九州フィナンシャルグループ(FG)としても、財務基盤の充実を目的とした独自の劣後ローンを提供しており、業績が悪化した企業については劣後ローンなど資本性資金を導入して支援している。
非金融面の様々な取り組み
新型コロナウイルス感染流行の初期、マスク不足が社会問題化した。一方で、飲食店が営業自粛を強いられたことによって、失業者や、自宅待機で収入が減ってしまった人が出た。そこで、官民が連携し、「副業でみんながつながる熊本産マスクプロジェクト」を実施した。
収入が減ってしまった人たちの手作りのマスクを1枚500円で買い取った。事業総額2億4200万円にのぼり、大きな反響を呼んだ。
また、「さしより応援プロジェクト」と名付けたクラウドファンディングも話題を集めた。これは熊本県内の飲食店応援プロジェクトで、「さしより」とは方言で「とりあえず」という意味だ。休業しているお店を、前払いでチケットを購入してとにかく応援しようという試みだ。
これも500店舗で2500万円の支援を目標に始めたが、結果的には614店舗・3700万円の支援ができた。
口座分析システムでコロナの影響を把握
肥後銀行の口座分析システムを活用した事業性資金入金状況(全産業)によると、新型コロナウイルス感染拡大前の2019年の同月を100とした場合、第5波までは、熊本県の新規感染者数が増えれば、入金額が減少し、100を下回る傾向があった。
しかし、オミクロン株を主とする第6波では、新規感染者数の増加にもかかわらず入金額が増加し、100を上回っている状況だ。オミクロン株は重症化しにくいため、過度な自粛をせず、経済もそれなりに回るような状態になりつつある。つまり、ウィズ・コロナの対応ができていることが背景にある。
ただ、この数字は全産業の平均であって、業種別にみると明暗がある。製造業においてはサプライチェーン寸断の影響は改善し、加えてもともと需要もあるので、回復傾向にある。一方で、飲食・宿泊など人の移動が伴うもの、あるいは、対面でやるような業種は今でも影響がある。小売業は、チャネルが対面からEC(電子商取引)にシフトしており、その対応が課題だ。
影響を受けている業界については、最悪時よりは改善しているとはいえ、新型コロナウイルス感染拡大前の状況に戻るには程遠く、引き続き支援が必要だ。
帝国データバンクによる企業の意識調査でも、感染拡大によるマイナスの影響があると回答した九州の企業が6割超であることを踏まえると、今後も、業界や個別企業によっては、影響が続くケースもありうる。注意深く観察し、お客様に寄り添った対応をしていかなければいけないと思っている。
SDGsとDXの推進加速
今後は、ゼロゼロ融資をはじめとした金融支援の返済が始まり、リスクが顕在化しやすい局面になる。今こそ、地域金融機関のスタンスが問われる。「地域にどんな銀行があるかによって、その地域の未来が変わる」という気概を持って、業務に当たらなければならない。事業を改善させ、業績を回復できるように金融支援だけではなく非金融面も含めたアドバイスをするなど伴走支援していくことが必要だ。
パラダイムシフトのキーワードは、SDGsとDXであり、コロナ禍を機に、そのパラダイムシフトは加速している。
SDGsは、株式資本主義あるいは個人主義の時代から、地球規模で社会の持続可能性を考えるという価値観の変化だ。DXについては、技術的な産業革命が起きているので、デジタル技術を利用し、生産性を高めていく。
パラダイムシフトの際には新・旧パラダイムが重なる時期があるので、「今のままで大丈夫だ」と錯覚してしまいがちだが、コロナ禍によって、一気にそのシフトが加速していく。ポスト・コロナという、新しい世界にどう対応していくかを、お客様とともに考えている。
この先、どうなるかという「成り行きの未来」ではなく、この先どうするのかという「意志ある未来」を描くことによって、結果は劇的に変わる。人口減少で地域内の需要が減少する中で、持続可能な地域社会をどうつくるのか。生産性向上や域外需要を取り込むことによって、経済拡大・GDPの維持拡大を実現し、地域の価値創造に貢献することができる。
「金融」の文字ないパーパスを定義
九州FGは2021年4月にスタートしたグループ中期経営計画で、自分たちのパーパス(存在意義)を「私たちは、お客様や地域の皆様とともに、お客様の資産や事業、地域の産業や自然・文化を育て、守り、引き継ぐことで、地域の未来を創造していく為に存在しています」と定義した。
金融グループのパーパスに「金融」の2文字が一切入らないのは、非常にまれだということで、話題を集めた。低金利の時代、銀行部門だけでは、成長は難しい。10年ビジョンで「地域価値共創グループ」への進化を掲げており、メディアやアナリストから高い評価をいただいている。
「10年ビジョン」達成目指す
ただ、「本当にできるのか」という疑問を払しょくし、信用を得るために、実績を積み上げていかなければならない。地域の価値創造を目指す、10年ビジョン「地域価値共創グループ」の実現によって、意志ある未来を切り拓いていく。
10年後の具体的な戦略としては、銀行部門以外の事業である地域価値共創事業への挑戦と拡大だ。2023年度には改革を本格化させ、地域価値共創事業として取り組んでいる証券やグループ会社のリース・カード業に加え、非金融サービスを立ち上げていく。
人材サービスやリサーチ&コンサルティング、ICT・デジタルサービスにも力を入れ、2030年度には地域価値共創事業で、当期純利益を全体の40%にあたる160億円にまで引き上げたい。
九州FGの100%子会社で、地域のDXを支援する「九州デジタルソリューションズ」や、肥後銀行の投資助言会社「九州みらいインベストメンツ」など将来有望なビジネスの芽が育っている。人材紹介ビジネスはすでに立ち上がっており、ICT関係教育や研修事業の受託サービスなども収益が上がってきている。
また、地域の産品を海外に売り出す商社ビジネスも立ち上げたい。オーガニック成長や事業買収などあらゆる手を尽くし、「10年ビジョン」の達成を目指していく。
*2022年6月22日取材。所属・役職は取材当時。