コロナ危機に克つ:全国社会保険労務士連合会 中小企業のデジタル化支援強化

社会保険労務士(社労士)の会員らでつくる全国社会保険労務士会連合会(東京都中央区、以下「連合会」)の大野実会長は生産性新聞のインタビューに応じ、新型コロナウイルスの感染拡大を契機に経営課題として浮上している中小企業・小規模事業者のデジタル化の支援を強化していく方針を明らかにした。必要書類の電子申請にとどまらず、データを活用したさまざまな経営改善に生かすため、顧客企業と二人三脚で伴走する。

労務管理のプロ、データ活用も指南

大野実 全国社会保険労務士連合会会長

連合会は、全国47都道府県会および約4万4,000人の会員で構成されている。新型コロナウイルスの感染拡大に伴い、あらゆる価値観や生活様式が大きく変わる中で、「Beyond CORONA~変わりゆく世界 変わらない使命」をスローガンに掲げ、企業と労働者の福祉の向上に資するさまざまな取り組みを展開してきた。

大野氏は「働き方改革は、コロナ禍を経て働きがい改革という言葉に置き換えられた。働く人たちのエンゲージメントや仕事に対する熱意、意欲、幸福度など『人』にフォーカスし、より働きがいを高めていこうとする非財務の視点が重要になっている。労務管理の専門家であり、人を大切にする企業を支援してきた社労士に対する期待は高まっている」と話す。

社労士の多くが顧客としている中小企業・小規模事業者の中には、デジタル化投資やデジタル化に対応した人材の育成は、「荷が重い割に、メリットが少ない」と感じる企業が多いという。また、資本金の額や従業員数などで対象企業が決められている電子申請への対応については、「うちには関係ない」と考える経営者もいる。

しかし、大野氏は「デジタル化を進めることで、さまざまな有益なデータを活用できるようになる。中小企業・小規模事業者にとっても、働き方改革につなげることも可能で、うまくいけば、経営改善や業務の効率化という効果を導き出すことができる」と話す。

連合会としても、電子申請をはじめとする業務のデジタル化に伴う新たな対応や、デジタル化に対応した社労士業務を支えるクラウド型のインフラ構築、デジタル社会を見据えた労務管理分野での労務診断・労務監査などの積極的な展開や、その強化を検討している。

大野氏は「社労士も、労務管理の専門家として、社会からの期待に応え、関与する企業とともに変化に対応するために、日々業務に当たらなければならないと考えている」と話す。

デジタル化の推進に関しても、社労士が日本のデジタル化を支える専門士業であるということを、広く国民から信任を得られるように各種の施策を展開しているという。大野氏は「社労士が関与する中小企業などのデジタル化推進のための支援を強化していく」と話す。

連合会は、以前からコーポレートメッセージとして、「『人を大切にする企業』づくりから『人を大切にする社会』の実現へ」を掲げ、積極的に取り組んでいる。

大野氏は「働き方改革の支援に関しては、近年、多様な働き方が定着し始めており、生産性の向上も一定の進展がみられる。これからは、デジタル化の推進による『働きがいの向上』という視点からも事業を展開したい」と話している。


(以下インタビュー詳細)


専門家自負、中小企業をサポート 働き方改革やDXに二人三脚で伴走
大野実 全国社会保険労務士連合会会長インタビュー

これまで私たち社労士は、1社でも多くの企業と一人でも多くの労働者の雇用を守るべく全力で取り組んできた。新型コロナウイルスの感染拡大という危機に直面しても、その使命は変わらない。

わが国の企業の大多数を占める中小企業・小規模事業者が、この苦難を乗り越えていくためには、日ごろから企業と二人三脚で伴走し、現場の実情を知っている社労士によるきめ細かな助言・指導が不可欠だ。社労士一人ひとりが危機感を共有し、その対応に当たっている。

連合会では、新型コロナウイルスの急激な拡大に伴う企業活動への影響が懸念され、雇用に関する問題が表面化してきたことを受けて2020年3月9日に会長声明をリリースした。この会長声明では、労務管理及び労働社会保険諸法令を扱う国家資格者としての社会的使命を果たすべく、関係省庁や都道府県会と連携して各種支援策を講じることを表明した。

ホームページに「緊急特設ページ」を開設


さらに、連合会のホームページに新型コロナウイルスに関する「緊急特設ページ」を開設し、最新の行政施策などの情報を発信した。また、従来から連合会で行っている「職場のトラブル相談ダイヤル」に併設する形で「新型コロナウイルス感染症対応のための労務管理・労働相談ダイヤル」を開設し、相談を受け付けた。その相談内容は、助成金・給付金関係、休業補償関係、及び感染症を理由とする解雇・雇止め、退職に関する相談などが上位を占めた。

コロナ禍に際して社労士がするべき対応は、関与する企業などの業種や規模などを踏まえた個別の対応に委ねられるところが大きい。このため、連合会では社労士がどのような対応をするべきか適宜考える参考にしてもらおうと、具体的な取り組みのケースなどを示した。初期段階の感染拡大防止に必要なこととして次のような取り組みを例示した。

・政府や公的金融機関などが発信する労務管理や労働社会保険に関する情報の収集と企業などへの提供

・臨時休業・雇用調整に伴う雇用調整助成金などの活用に関する相談対応

・時差出勤やテレワークなどの活用のための労務管理に関する相談対応

・関与先企業などの状況の把握とその対応

・給与計算などに関する業務対応 など

雇用調整助成金調査に想定を上回る反響


一方、厚生労働省では、コロナ禍で休業などを余儀なくされた事業主を支援するため、雇用調整助成金の特例措置を設けるなど、支援内容を拡充したが助成金の申請に関するさまざまな課題が浮上した。

連合会では、これらの状況を踏まえ、2020年4月10日から19日の間で、助成金に関する課題や要望を広く受け付けるための緊急アンケートを実施した。助成金の手続に関する改善策を提案するにあたって、現場の声を聞き、基礎的な情報として活用することが目的だ。アンケートは想定を上回る反響があり、5月17日の再延長の締め切りまでに、延べ913件にのぼる多くの回答が寄せられた。

主な意見としては、「支給対象として、事業開始したばかりの事業所や過去1年以内に事業を拡大した事業所も対象にしてほしい」「取締役などの会社役員や個人事業主、家族従業者も対象としてほしい」「感染拡大防止の観点から、生産指標要件を撤廃してほしい」などがあった。

このほかにも、「助成金センターなど窓口の電話がつながりにくい状況にある」「要件やマニュアルが頻繁に変更されるため、利用者側、窓口側双方に混乱をきたしている」「雇用調整助成金の電子申請化」など、実務に関する実情や改善に向けた具体的な提案なども数多く寄せられた。

これらの意見は、貴重な現場の声として厚生労働省に伝えた。その結果、雇用調整助成金の要件緩和が行われるなど、問題を改善する方向につなげることができたと思っている。

社労士向けの雇用調整助成金に関する動画配信やQ&Aなど、実務を担う社労士が新しいノウハウを習得するための仕組みも提供した。その背景には、雇用調整助成金を全国的に取り扱うのは、2008年のリーマンショックの時以来だったことがある。

社労士の経験年数によっては、ノウハウが偏在している実情に加え、今回の新型コロナウイルス感染症に伴う特例によって、要件が緩和されるなどの新たな展開も出てきており、それらを踏まえた全国の社労士による統一的で早急な対応が必要だと考えたからだ。

また、雇用調整助成金などの相談・手続きについては、「国民の期待に応えることが社労士の使命」という思いで、全国の社労士が奔走し、顧問先の相談対応に当たった。また、観光業・飲食業などの業種において、これまで関与がなかった新規の経営者からの依頼にも対応すべく、全国の社労士が奮闘している姿が報道された。

産業雇用安定センターと連携


2021年2月、労働力需給の安定、持続的な企業の成長と経済の発展に資することを目的として、公益財団法人産業雇用安定センター(以下、「センター」)と相互に協力して推進することで合意し、共同宣言を行った。

これまでも、センターとは地域レベルにおいて個別に連携を図りながら、出向移籍支援活動に取り組んできた。コロナ禍に際し、政府の雇用関連施策が強化されたことなどを踏まえて、全国レベルでも相互連携を深めている。具体的には、センターが推進する在籍出向などのマッチング事業や各種助成金制度による支援について、連携を進めた。

コロナ禍はなかなか収束しないが、今後に向けては、感染拡大防止と経済活動の両立という難しい課題に対応しなければならない。こうした取り組みを進める中で見えてきた現実は、企業の経営環境の厳しい状況と、新しい働き方への対応の必要性が高まっていることだ。

中小企業・小規模事業者を取り巻く経営環境は厳しいが、コロナ禍以前からデジタル化などの変化に対し、正面から働き方改革を進めてきた企業は、危機に対する対応力を持っている。小さい企業は小回りが利くため、改革する意志を持ちさえすれば、それを実現しやすい。ただ、ノウハウや情報などを有する人材が、必ずしも、各企業に存在するわけではない。

コロナ禍で変わっていく社会において、働き方改革を担う専門家として、情報などの欠如をサポートする社労士の役割がより重要性を増していることは間違いない。テレワークなど新しい働き方を推進していく支援をするとともに、企業、社労士ともにDX(デジタルトランスフォーメーション)への対応が必要となる。

昨今の社会情勢は、新型コロナウイルスの感染もなかなか収まらず、また、ロシアによるウクライナへの軍事侵攻もあり、世界中が混乱し、将来を見通せない状況にある。

日本においても、人口オーナスという時代を迎えて、第4次産業革命ともいわれる急激なデジタル化により、巨大企業や大企業と、中小企業・小規模事業者との間で格差が生まれ、格差の拡大あるいは二極化が現実に進んでいる。

多くの人々の不安が高まっている状況を踏まえ、社労士も労務管理の専門家であり実務家として、社会からの期待に応え、関与する企業とともに変化に対応すべく、日々業務に当たらなければならない。



*2022年8月5日取材。所属・役職は取材当時。

関連するコラム・寄稿