コロナ危機に克つ:鈴木 圭一 浜銀総合研究所代表取締役社長インタビュー

浜銀総合研究所の鈴木圭一代表取締役社長は生産性新聞のインタビューに応じ、新型コロナウイルスの感染拡大に伴って停滞している日本経済のV字回復について、「2023年度の終盤ごろには経済活動が新型コロナウイルス前の水準に戻る」との見通しを明らかにした。コロナ危機からの脱却が欧米に比べて遅れているが、水際対策の大幅な緩和によるインバウンド(訪日観光客)消費の拡大が景気回復の起爆剤になるとの期待感を示した。

23年度終盤にコロナ前回復予測 円安効果でインバウンドが牽引

鈴木圭一 浜銀総合研究所代表取締役社長

10月に入り、1日当たり5万人の入国者数の上限は撤廃され、観光目的での個人旅行やビザなし入国も解禁されるなど、水際対策が大幅に緩和された。鈴木氏は「歴史的な円安・ドル高水準が追い風となるインバウンド需要の復活で、観光や飲食などのサービス業は、間違いなく回復してくるだろう」と指摘した。

 2022年4~6月期の実質GDPは約544兆円まで回復し、コロナ禍前となる19年10~12月期の水準を回復している。ただ、19年10月には消費増税があり、増税後の反動減の影響を受けている。このため、鈴木氏は「19年平均の約553兆円に戻れば、コロナ禍前の水準を回復したと言えるのではないか」とする。

 これまでの日本では、個人消費や設備投資といった民間需要の回復が鈍かったが、最近では、民間需要にも回復の動きが現れている。例えば設備投資をみると、22年9月調査の日銀短観では、22年度の企業の設備投資計画が全規模・全産業で前年比14.9%増となり、21年度実績(同1.2%増)からの加速が見える。

 また、産業別の実質GDPでは、デジタル関連が好調な情報通信業で、すでにコロナ禍前の水準を大きく上回っている。もっとも、一方で、宿泊・飲食サービス業や運輸・郵便業はコロナ禍前の水準を大きく下回っており、業種間の格差が大きくなっているのが現状だ。

2022年度・2023年度の景気予測
(2022年4~6月期2次QE後改訂)

浜銀総合研究所の「2022年度・2023年度の景気予測(2022年4~6月期2次QE後改訂)」(左図)によると、実質GDPは22年7~9月期以降も回復を続け、23年度終盤の24年1~3月期には、コロナ禍前ピークである19年4~6月期の水準を回復すると予測している。

予測を阻む可能性のあるリスクとして、鈴木氏は「欧米の景気の悪化」をあげている。米連邦準備理事会(FRB)がインフレを抑えるために景気を犠牲にして積極的な利上げを継続するとともに、欧州もインフレが加速する中で、金融引き締めの姿勢を強めている。欧米の景気悪化が深刻化した場合には、日本経済への影響も避けられない状況になると見る。

FRBの金融政策の見通しとして、浜銀総合研究所は、23年入り後のインフレ鈍化を想定し、同年1~3月期には利上げを止め、その後は景気が緩やかな回復に向かうとの筋書きを描いている。鈴木氏は「欧米の景気がどれくらい深刻化するのかがポイントで、利上げが個人消費や企業活動を過度に冷え込ませずに、インフレからのソフトランディングができれば、日本経済のコロナ禍前ピークへの回復シナリオが描けるだろう」と話している。



(以下インタビュー詳細)

経済正常化の遅れ、今後の日本には利点も 伸びしろは欧米より大の可能性
鈴木 圭一 浜銀総合研究所代表取締役社長

長期間にわたる新型コロナウイルスの感染拡大の中で、国民の意識は慎重になっていて、経済社会活動をコロナ禍前に戻すという思い切ったシフトチェンジに対する恐怖心がすぐには拭えない。先に正常化へと舵を切った米国は2021年4~6月期にコロナ禍前の水準に回復しており、欧州も半年遅れでそれに続いている。

欧米に比べて日本の正常化が遅れていることは間違いないが、逆にみると、日本経済のこれからの伸びしろは、より大きいと思っている。22年10月から、新型コロナウイルスの水際対策が大幅に緩和された。歴史的な円安・ドル高水準が追い風となってインバウンド(訪日観光客)の需要が戻り、観光や飲食などのサービス業は、間違いなく回復してくるだろう。国内でも、全国旅行支援が始まり、観光産業に活気が戻っている。

地元の経営者の声を聞いても、期待感は相当大きい。神奈川県では、横浜市には中華街があり、箱根や小田原も観光産業が地域経済を支えている。地元の商工会議所の集まりに出席した時、国内外からの観光客の復活に「待ちに待った時がやっと来たね」と歓迎と期待を口にしていた。

この冬の新型コロナウイルス感染拡大の第8波や、インフルエンザとの同時流行を警戒する声が出ていることが懸念されるが、感染防止重視から経済成長重視への急速なシフトチェンジはできなくても、慎重にそちらへ進んでいくという方向感はある。そうする中で、これまで慎重だったサービス関連消費についても回復傾向が鮮明になってくるだろう。

コロナ禍に対応した行動変容によって、完全にコロナ禍前には戻りにくい分野もある。例えば、テレワークの浸透によって、鉄道やバスなどの公共交通機関では通勤定期を購入する人が減少し、東京都心のオフィスでは賃料が低下した。夜間の人出の減少で居酒屋などでは客足の戻りが鈍く、ペーパーレスの浸透でコピー機の回転数も落ちていると聞く。これらの分野では、行動変容に対応した取り組みが必要になるだろう。

すでに米国経済に変化の兆し


歴史的な円安は、海外市場に販路を持つ大企業や中堅企業に恩恵があるが、中小企業には原材料費などの仕入れコスト増のデメリットが大きくなる。今後も外国為替市場の動きを注視する必要がある。

黒田東彦日銀総裁の任期切れが23年4月に迫っており、新しい総裁へと変わるタイミングで、金融政策を転換するのではないかとの観測がある。円安による実体経済への負担は重いが、一方で、経済の成長力が十分に高まらない下での金融の引き締めはリスクが高い。現実的には、現在の金融緩和政策を180度転換するのは難しく、23年春以降、徐々に正常化に向けて進んでいくことになるだろう。

そうなると、米連邦準備理事会(FRB)の利上げがいつまで続くのかということと、円安が進行する中で、日本経済が、いつまで持ちこたえられるのか、という2点を見極めなければならない。

米国経済は個人消費を中心に一定程度の内需成長力があることから、ドル高による輸出産業の競争力低下にも耐えることができる。ただ、FRBの利上げにより米株価や米国債価格が弱含む中で、「世界の主要通貨の中で、ドルだけが高値を維持することが妥当なのか」という疑問を投げかける声も出てきている。

米国の利上げは、景気を犠牲にして過度なインフレにブレーキを掛けようとするものだ。米景気の減速が確認され、インフレ率の低下に目途が立てば、利上げの終了観測とともにドル高・円安の進行にも歯止めが掛かってくるだろう。

すでに、米国経済には変化の兆しが見えている。住宅ローン金利が6%を超え、住宅については間違いなく買い控えが起きている。米国では、コロナ禍で中高年世代を中心に労働市場から退出する動きがみられたことで、労働市場のひっ迫感が強まり賃金にも上昇圧力が加わっている。金融引き締めにより株価の低迷が長引けば、家計資産の減少を背景に、こうした世代が労働市場に戻ってくるかもしれない。こうしたことも、賃金の上昇圧力を和らげ、米国のインフレを抑制する可能性がある。

国民生活を守る政策の継続を


世界的な穀物需要の増加やエネルギー価格の上昇に加え、ロシアによるウクライナ侵略などの影響により、資源エネルギー価格や食料品価格が高騰し、企業や国民生活に影響を与えているのは事実だ。政府に求められる対策としては、引き続き、国民生活への影響が大きい財の価格の安定を図っていくことが大事になる。

政府はガソリン価格を抑える補助金事業について、9月末の期限を年末まで延長したが、エネルギー価格の高止まりが続けば、継続が必要になるだろう。また、輸入小麦の売り渡し価格の据え置きや、肥料購入価格の一部支援なども継続していくことが必要になってくる。政府は10月に策定した総合経済対策の柱として、電気料金の負担を和らげるための支援制度の検討を表明した。こうした対策も必要だろう。

一方で、国内企業の賃上げの動きは総じて鈍い。中小企業では、資源価格上昇や円安による仕入れコスト上昇の影響で、利益が圧迫されている。物価高や人手不足を背景とする賃金上昇圧力はあるが、コスト増となる賃上げには慎重にならざるを得ないだろう。円安の恩恵を受けて業績を上げている輸出企業については、賃上げに前向きに対応していく姿勢が求められているが、欧米が景気を犠牲にして利上げを進める中で、好業績を維持できるのかは不透明だ。

こうした状況に対して政府は、企業が従業員の給与を増加させた場合に、一定の割合で税額控除を行うことができる「賃上げ促進税制」を実施している。制度の周知を徹底し、着実な実施や拡充を進めていくことが重要だ。全額控除の割合を上げたり、必須要件を緩和したりするなど、もう一段、踏み込んでもいい。

また、政府は、電気料金の負担を和らげる制度を検討する一方で、GX(グリーントランスフォーメーション)実行会議において、原発の再稼働や次世代革新炉の新増設など原発政策の見直しを検討することを示している。ロシアによるウクライナ侵略によって、原発が抱える地政学的なリスクと、カーボンニュートラルの達成への貢献という両面での論点が浮き彫りになっている。日本の目指すべきエネルギーミックスについて、フラットに議論を進めていく機会だと思う。



*2022年10月11日取材。所属・役職は取材当時。

関連するコラム・寄稿