実践「生産性改革」:勝木 敦志 アサヒグループホールディングス代表取締役社長兼CEOインタビュー
新しい特別連載「実践『生産性改革』」の第1回は、アサヒグループホールディングスの勝木敦志代表取締役社長兼CEOに、企業や産業界が取り組むべき生産性改革についての考えを聞いた。勝木氏は「社会の持続性や高い経営品質を伴うような付加価値の向上を実現することが重要だ」と述べ、企業には社会全体を俯瞰した生産性改革が求められていると指摘した。さらに、脱炭素社会の実現を可能にするために、産業構造の大転換を促す制度の創設を提案した。
持続性に資する生産性改革を 産業構造の大転換促す仕組みが重要
勝木氏は企業の生産性改革について「社会の持続性につながる取り組みや経営の質の向上を伴うプレミアム消費を生み出す取り組みを実施し、そのリターンとして利益も含んだ付加価値を生み出すという考え方が重要になる」と述べた。
アサヒグループが2022年2月に発表した中長期経営方針は、取締役会を中心に2050年までのメガトレンドを議論し、それが人類にどのような影響をもたらすのかを予想した上で、バックキャストして策定された。
その特徴は、社会の持続性に対する積極的な投資を掲げていることだ。勝木氏は「リーマン・ショック以後、世界や日本の消費財企業はコストカットを実施し、マージンを向上させることによって、株価を高めてきた。しかし、コストカットの先にはブランド力の向上はないことが分かった」と話す。
そして、2017年から18年にかけて、経営の質の向上へと転換する動きが業界で加速したことに対応し、アサヒグループでも、シーズの創出やニーズの把握などのマーケティング投資全般を拡大する方針を打ち出した。
さらに、ミレニアル世代やZ世代などを中心にエシカル消費が広がっていることに対応し、社会の持続性につながるような投資や事業展開を強化することも掲げた。
勝木氏は「企業のパーパスは『自社はどうありたい』という一人称から、『社会課題をどうするのか』という三人称で語らなければいけない時代だ。生産性についても、単位当たりのインプットに対するアウトプットの割合だけを論じる時代は終わった」と指摘する。
さらに、産業界全体で生産性改革を進めていくには、「日本の産業構造を大きく転換していくことが重要になる」との考えを示した。一案として、脱炭素社会の実現につながるような税制などのインセンティブを導入することで、それによって得られた税収を、産業構造を変えるための目的に絞った財源に充てることができるような制度の構築を挙げた。
勝木氏は「産業構造を大きく変えるには多額の資金が必要になる。この提案は炭素税と同じ考え方だが、日本で炭素税が導入される可能性は少ないかもしれない。炭素税と同じ効果をもたらすような制度の創設について、社会全体で議論を進めていく必要がある」と述べた。
さらに、成長分野や新産業への人材の移動が進みにくい現状についても「社会の持続性に資する新産業に労働移動を促す労働法制や労働慣行への転換が必要だ。労働市場の改革が進み、産業構造が変われば、日本は再び、成長路線に戻ることができる」と述べた。
(以下インタビュー詳細)
お客様の期待を超える商品・サービスを “変化するWell‐being”に応える
勝木敦志 アサヒグループホールディングス代表取締役社長兼CEOインタビュー
日本の総人口は2011年から減少に転じているが、実は、15から64歳の生産年齢人口は1995年をピークに減少しており、ちょうどそのころから、日本のビール類市場も下落が始まっていた。
アサヒビール(2011年に純粋持株会社制度に移行し、アサヒグループホールディングスに商号変更)は、ビールだけにこだわらない総合酒類化を掲げ、ウイスキーやワイン、焼酎、缶チューハイや缶カクテルなどすぐに飲めるRTD(READY TO DRINK)の展開を強化してきた。
2009年ごろからは海外展開に本格的に舵を切った。オーストラリアでクロスボーダーM&Aを展開し、その後、東南アジアに買収対象を広げてきた。2016年、17年には、世界のビール大手の再編に伴う競争法上の機会を捉え、欧州のビール事業に注目し、2年間で1兆円を超える大型買収に踏み切った。
その成果として、アサヒスーパードライ、ペローニ ナストロアズーロ(イタリア)、コゼル(チェコ)、ピルスナーウルケル(チェコ)、グロールシュ(オランダ)の五つのグローバルブランドを揃えることができた。
新型コロナウイルスの感染拡大の中で、買収してきた事業の安定化に力を注いできた。2020年には、国際ビール事業のさらなる成長のために、組織再編を実施した。
西欧と東欧の事業を統合し、アサヒスーパードライを含めたグローバルブランドの運営を欧州へと移管した。ポートフォリオ全体のプレミアム化を通じて、欧州各国のローカル市場での事業基盤の強化が狙いだ。
長期的経営で信頼関係築く
海外で事業を円滑に進めるために最も大事なのは、買収先の企業との信頼関係を築くことだ。欧米型の買収では、買収直後に経営陣を入れ替え、新しい経営方針を打ち出すのが通例だ。しかし、それでは、組織が脆弱化し、混乱に陥り、競合相手に付け込まれてしまうこともある。買収される会社にとっては「またいつか買収されるのではないか」「極端な経営方針の転換があるのではないか」と疑心暗鬼になるからだ。丁寧なコミュニケーションを図って、長期的な視野で経営をしていくことを明確に示すことが、信頼関係を築く第一歩だ。
売却前提の事業運営では、設備投資が削られたり、マーケティング投資が制限されたりすることも少なくない。信頼関係をベースに必要な投資を行えば、従業員のモチベーションは上がる。今までの進捗を見ると、当社では買収事業の成長や強化ができている。
2020年にグループ入りした豪州のCUB事業とのシナジーについては、2024年までにコスト削減効果が100億円、営業面での効果が50億円に上るとみている。
今後は調達についても、シナジー効果を高めていきたい。調達量の多い品目について、グループで一括調達し、各社に供給する仕組みをつくり、スケールメリットを生かしたい。購買力が高まることによって高品質の原材料を優先的に調達することができれば競争力の伸び代になる。
アサヒグループの売上収益に占める国際事業の比率は21年で45.5%、事業利益では64.5%になっている。日本人中心の幹部で日本の理論で意思決定をしていては、国際競争を勝ち抜けないのは明らかで、ガバナンスのグローバル化を進める。
グローバル展開を強化することによって、事業の幅が広がり、国内でリスクを取れる態勢が整った。挑戦した従業員が失敗しても、やる気をくじかないために失敗を責めないことで、挑戦者の心理的な安全性が確保された。挑戦する従業員が増えたことで、国内の成功例も増えてきた。
21年4月に発売した「アサヒスーパードライ生ジョッキ缶」のヒットも従業員たちのチャレンジ精神が生み出した。開栓すると、きめ細かい泡が自然に発生し、飲食店のジョッキで飲む樽生ビールのような味わいが楽しめる。
常に泡が上手く出るようにしなければならず、リスクを伴う商品開発だったが、失敗を恐れずに商品化にこぎつけた。発売以来、SNSでバズったこともあり、想定を上回る人気が集まり、最近まで出荷を一定量に絞っていた。
続く「アサヒ生ビール(通称マルエフ)」もヒットした。主力のスーパードライだけでは届かない層に訴えかけるため、飲食店で愛され続けたまろやかなうまみを追求した「復活の生」として投入した。21年9月に発売して以来、販売は好調で、発売直後は想定を上回る注文により、一時販売を休止したほどだ。スーパードライに頼り切ってしまう事業構成だと、新商品の開発にはカニバリゼーション(マーケティングにおいて自社の製品やブランド同士が一つの市場で競合する状況)を恐れる傾向が強い。マルエフの成功例によって、保守的な社内の意識にも変化が起きている。
主力のドライ36年目で刷新
そして、発売以来36年目を迎えたアサヒスーパードライについて、初の全面リニューアルに踏み切った。生ジョッキ缶で若者層の関心を引き寄せることにも成功し、2020年末に1,450万人程度だった国内のスーパードライのユーザー数が、リニューアル後、2,000万人を超えた。
これらの実績は、海外での成功や新市場の創出によって自信を得たことで、アサヒグループという会社が劇的に変わったことを示している。また、DX(デジタルトランスフォーメーション)によって、信念や勘だけに頼ってきたマーケティングに、データによる裏付けが加わり、失敗する確率自体も低くなっていることも挑戦を後押しする。
データを基にしたマーケティングへのシフトは、多様化が進むマーケットのニーズをつかむには欠かせない。経験や勘は、市場の太いトレンドをつかむには効果的だったが、今は市場を多角的、多面的に捉えないと見誤る。
今後、30年程度先を見据えると、テクノロジーの発展が人類に新たな技術力と時間を与え、気候変動・資源不足といった地球規模の課題を抱える中、社会・経済だけではなく、人類の幸福(Well-being)のあり方も変化していくものと想定される。
アサヒビールは長期経営方針において、「Value経営への変革」を掲げた。ボリュームだけを追う経営から脱却し、お客さまに提供する価値を追求することで、新たな市場を創りあげていく会社に変革する狙いだ。
そのために、お客さまの期待を超える商品やサービスを提供すると同時に、収益性を高め、創出した利益を「新価値創造」や「サステナビリティ」の分野へ投資していく。このサイクルを回し続けることで「Value経営への変革」を加速したい。2020年12月からアサヒビールは「スマートドリンキング」の提唱を始めた。お酒を飲む人や飲まない人など、様々な人々の状況や場面における飲み方の選択肢を拡大し、多様性を受容できる社会を実現するために商品やサービスの開発、環境づくりを推進する。
不確実性が高まっているが、ビールは景気が悪い中でも消費が落ちにくい「手の届くぜいたく品」だ。プレミアム化を進め、消費者の満足度を高めたい。一方、海外での事業を拡げたため、地政学リスクの影響を受けやすくなった。感度を高めて、危機に備えていく。
*2022年10月20日取材。所属・役職は取材当時。