コロナ危機に克つ:廣川 進 日本キャリア・カウンセリング学会会長インタビュー

日本キャリア・カウンセリング学会会長で、法政大学キャリアデザイン学部教授の廣川進氏は生産性新聞のインタビューに応じ、新型コロナウイルス感染拡大の中で注目が集まっている、新たなスキルを学び直す「リスキリング」について、企業側が社員の話を聞き、モチベーションを高めてから実施する必要性を指摘した。特に50代の社員に対しては、「受容、傾聴、共感といったカウンセリングマインドが重要だ」との考えを示した。

個別に適性を見極め学び直しを 50代再生は「傾聴・共感」が鍵

廣川 進 日本キャリア・カウンセリング学会会長

リスキリングとは「学び直し」を意味し、コロナ禍が世界的に広がる直前に開かれた2020年1月のダボス会議で「リスキリング革命」として提唱された。日本政府も、成長分野への労働移動を促すためにリスキリングを支援する方針を打ち出している。

企業では、社員のリスキリングを進める一環として、成長分野の職場に必要とされるスキルの大幅な変化に適応するために、必要なスキルの獲得を目的とした教育や研修機会の提供を検討している。

リスキリングはデジタル人材育成の文脈で語られることが多いが、すでに約20年前から、米国の心理学者が考案した「キャリアサバイバル」の中でもその必要性が指摘されていた。廣川氏は「リスキリングの効果を高めるには『時代の変化に対応するため』といった経営側の理論を説明するだけでなく、人事担当者らが社員の声を聞き、双方の通訳を行い、腹落ちさせることが大事だ」と話す。

これまで学びの機会が少なく、リスキリングの対象と想定されているのが、50代の中高年社員だが、新しい職場への異動に躊躇する姿も見られるという。役職定年や年収減など、50代を取り巻く労働環境は厳しく、モチベーションを維持するのが難しい現実がある。

廣川氏は「50代半ばのバブル入社世代にリスキリングを勧めると、自分が否定されていると感じてしまう。『生き残るためには仕方がない』ことは本人が一番わかっているが、認めたくない。社員のこれまでの苦労話を聞き、まずは会社への貢献をねぎらう手順が必要だ」と話す。

廣川氏がカウンセリングしたケースでは、関連会社への出向を承諾しなかった中高年社員と何度か面談し、本人がこれまで会社に貢献してきたこと、また、理不尽な思いをしてきたことなどのストーリーを聞き、共感を示していくうちに、不本意な人事異動を命じた会社に対する不信感が、次第に薄れていくのがわかったという。

廣川氏は大手企業と共同で、50代社員のウェルビーイングを高めるためのプロジェクトを立ち上げ、キャリア研修などを展開している。企業の多くは、バブル時代に大量採用した50代の社員を抱えており、年功序列時代の賃金カーブが崩壊した中で、適材適所の配置や従業員エンゲージメントの維持などの課題に直面している。

廣川氏は「リスキリングの必要に迫られている社員一人ひとりが、現実に向き合えるように心の整理をサポートする役割が企業側、とくに人事部に求められている。やる気のスイッチは一人ひとり違うので、人事は個別対応でそれぞれの価値観や適性を見極める姿勢が重要だ」と話している。



(以下インタビュー詳細)

感染防止、長期化する「不安感」 心身や行動に深刻な影響

新型コロナウイルスの感染拡大による危機は、私たちの職場や生活に大きな影響を与えている。目に見えないウイルスによってもたらされた危機は、その動きを読むことができず、身を守る明確な方法が見当たらない。

阪神・淡路大震災の時に、前職の編集者として震災の現場を訪れた。その時に、被災した人たちのために何かできることはないかと思ったことが、カウンセラーを志したきっかけだ。そして、カウンセラーになった後、東日本大震災では、被災者の捜索など過酷な任務にあたる海上保安庁の隊員らのカウンセリングを経験した。

震災による危機も、人々の心に大きな傷跡を残す。ただ、震災は発生から時間が経てば、次第に復興への道筋が見えてくる。これに対し、今回のコロナ危機は、出口が全く見えない。収束に向かったかと思えば、また、次の波がやってくる。いつになったら終わるのか、どの専門家の予測も不確かだ。先が見通せないパンデミックの不安は、ボディブローのように効いている。

2019年末から20年初めにかけて始まった新型コロナウイルスのパンデミックは、世界各地にほぼ例外なく、経済社会活動の停滞をもたらした。そして、それぞれの国によって、危機への向き合い方が違っていて、危機への対処のスピードに大きな差が出た。

早い段階で経済の再起動に舵を切った欧米各国に比べ、日本では、不安感が心の奥深くに刻まれていて、危機対応モードから正常化へのシフトチェンジに躊躇しているように見える。マスク生活やワクチン接種などの対応策に関しても、科学的なデータに基づく議論よりも、精神論で押し切られている印象だ。

不安感を抱きながら、感染防止の対策を続ける生活が長期化することによって、さまざまな年代で、心身や行動に対する影響が深刻化している。

声が出せない学生や子供たち


パンデミックが始まった年に入学した現在の大学3年生は、リアルでの入学式は行われず、キャンパスに行けないのでサークルにも入りそびれた学生が多い。多くの授業がオンラインで行われてきたため、対面のゼミでディスカッションをさせても、全く議論が盛り上がらない。

まず声が小さい。感染防止対策のアクリル板越しでは、相当大きな声を出さなければ通じない。オンライン授業で発言するときは、端末内蔵のマイクやヘッドセットを使うので、それに慣れてしまった学生は、声の音量調節すら難しいようだ。

そして何よりも、自分の意志を通そうとする意欲自体が下がってしまっている。尖った意見は避け、発言を求められたら、みんなと同じ考えを述べる。違う意見は叩かれると思っている。同調圧力によって、人と意見を戦わせることに臆病になっている学生も多い。

そこで、まずは発言することに対するモチベーションを高める工夫を取り入れた。一人ひとりが発言するたびに、「いいね」と言って称え合い、発言することがプラスになる文化を醸成した。違う意見を述べても心理的安全性が脅かされないよう、信頼関係を築いた。こうしたチームビルディングは本来、1年生の基礎ゼミあたりで行っておきたいものだ。

企業の新入社員でも、同じような問題が浮上している。IT系企業で毎年行っている新入社員面談は、コロナ禍前はリアルで行っていたが、今はオンラインで行っている。

新入社員らは、学生時代の就活からオンラインでコミュニケーションを取っているので、機器やアプリも上手に使いこなすし、プレゼンテーションもうまいが、熱意があまり伝わってこなかった。

新入社員らにとっては、オンラインでやるのが当たり前になっていて、リアルで何が問題なのかわからないし、問題があること自体、自覚していない。同期入社同士もリアルで関係を持たず、入社式で顔を合わせる機会も持たなかった新入社員が、配属が決まって初めて上司や先輩社員らとの関係を持つ。職場でのリアルな人間関係を築くことに不適応を起こし、1年以内に退職する新入社員も少なくない。

小学校の給食の時間でさえ、子供たちに黙食をさせなければならない状況が続いた。ポストコロナのいずれかの段階で、コロナ禍の黙食しか経験していない世代に対し、「食事中には会話をしましょう」とあらためて教えなければならなくなるのではないかと心配している。

「顔」のないオンライン会議


コロナ禍で一般的になったオンライン会議では、仕事に必要な情報をやり取りするだけで終わってしまいがちだ。若い世代はリアルよりもバーチャルの世界で発言するほうが生き生きし、中高年世代はバーチャルが苦手で、リアルでのコミュニケーションに慣れている。

対照的な世代間のギャップもあり、オンライン会議では必要な情報が十分に共有されていないのではないか。オンライン会議では、データ容量の制限に配慮してか、顔を出さずに参加している人もいる。出席者の顔の表情は重要な情報だが、「無駄なものである」という認識が広がっているように思う。

「情報」という漢字の語源はよく知らないが、「感情」の「情」と、「報告」の「報」と書く。情報は「フィーリング」と「データ」の二つの要素から成り立っていると考えてみると、オンライン会議では、人間の「感情」「情緒」がないがしろにされているように感じる。

日本では、「ビジネスライク」という言葉を「私情を挟まない」という意味で使う。しかし、米国のリーダーシップの教科書には「マネジャーは部下の感情に焦点を当てなければならない」と書いてある。ビジネスを成功させるにも「人間の心」は重要なポイントなのだ。

もちろん、デジタル化が進み、新しい職種が登場してくると、データのやり取りだけで仕事ができる職場も出てくるだろう。しかし、人間が中心の職場である限り、「情報」にはデータとフィーリングの両面が必要となる。

これまでの日本企業の会議では、会議の後のタバコ部屋での会話や廊下での立ち話の中で、会議内での発言の裏側にある思いや、経営陣の狙いと自分の部署の置かれた立場など、表立っては言えない本音や細かなニュアンスを伝え合ってきた。

コロナ禍で普及したデータのやり取りや建前の発言だけでは、前に進みにくい会議もある。米IT企業のオンライン会議でも、会議の前後に、リアルの廊下での立ち話のような本音を語り合える機能を追加する試みも始まっているという。

人間の感情や情緒が重要


従業員のエンゲージメントを高めるためにも人間の感情や情緒が大事だが、上司と部下が1対1で語り合う「1on1ミーティング」でも、ハラスメントのリスクを避けて、上司が部下の感情に触れることを避ける傾向がある。

部下の気持ちを引き出すには、カウンセリングで行うような「傾聴」や「共感」、「受容」といった心構えを持って接することが重要になる。一人ひとりの感情は違うので、何をどう聞くかをマニュアル化することはできないが、大事なことはまず、機械でも道具でもない生身の人としての部下に関心を持つことだ。

上司が部下の目線まで下りて、自分が体験した週末の「トホホな話」でもして、ハードルを下げ、部下が「この人には、こういう話をしてもいいんだ」と心理的に安心させることが、「情」を通わせる第一歩となるだろう。



*2022年10月14日取材。所属・役職は取材当時。

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