実践「生産性改革」:角野 然生 中小企業庁長官インタビュー

中小企業庁長官の角野然生氏は、特別連載「実践『生産性改革』」のインタビューに応じ、中小企業庁が取り組む「経営力再構築伴走支援」について語った。新型コロナウイルスの感染拡大や脱炭素社会の実現、デジタル化への対応など経営環境が激しく変化する中で、中小企業の経営者の潜在力を引き出すためには、「対話と傾聴」の姿勢で信頼関係を構築し、「伴走支援によって自己変革力の会得に導くことが重要である」との考えを示した。

中小企業支援は「対話と傾聴」 震災復興で潜在力を確信

角野然生 中小企業庁長官

これまでも中小企業支援の中で対話は行われてきたが、不足している点や問題点を支援者が特定・指摘する方法が多かったという。角野氏は「相手の話をしっかりと聞き、相手の立場に共感し、聞き出した内容をベースに問いかけを発する。相手の考え方が整理されたところで提案を行うことが重要だ」と話す。

傾聴、共感、問いかけ、提案の中で信頼を醸成し、相手の気づきや腹落ち、内発的動機付けを促す。さらに、伴走支援では、補助金などの支援ツールを届ける課題「解決」型から、経営者が本質的な経営課題は何かを認識・把握する課題「設定」型へと力点を移しており、課題設定する力を養うことも重要になる。

角野氏は「補助金・予算を用意して経営者に届けるだけでは生産性改革は実現しない。経営者自身が変わり、成長し、生産性を上げるという強い意志を持ち、潜在的な力を発揮するところまで持っていく。そこが支援政策のゴールだ」と話す。

角野氏が伴走支援の重要性に気づいたのは今から7年前。東京電力福島第一原発事故からの復興を目指し、被災した中小企業を支援する官民合同チームを率いて、現地で経営者らと奮闘した経験が影響している。

被災地域12市町村では、約8,000社の中小企業が事業を営んでいたが、原発事故の影響で避難指示を受け、事業を止めることを強いられた。100人の官民合同チームを結成後、現地に入った角野氏らは、2人1組になって、散り散りになった経営者らを避難先まで訪ねて回った。

東京電力や国、県などで構成するチームメンバーが訪ねていくと、故郷と仕事を失った失意の経営者から怒られ、最初は頭を下げるだけだった。その後も何度も足を運び、経営者の話に耳を傾けるうちに、腹を割って話ができるようになり、次第に信頼関係が芽生えていった。

やがて、経営者らから「故郷に戻れるようになったら、もう一回店を開きたい。その時は手伝ってくれるか」と言葉をかけられるようになった。角野氏は福島に移住し、3年間、設備投資や人材確保などの予算措置や支援に奔走した。5,000事業者を訪ね、要望があった1,400事業者の支援には全て応じた。

関東経済産業局時代にも、同様の伴走支援のスキームを実施して成果をあげた。そして、これを全国に広げるため、2021年10月に「伴走支援の在り方検討会」を立ち上げて議論を続け、2022年5月には関係団体の全国組織からなる「経営力再構築伴走支援推進協議会」を発足した。

角野氏は「被災した事業者が再び立ち上がる姿を見て、中小企業の経営者や従業員には潜在的な力があると実感した。自ら変わることができれば事業の再開も、さらなる発展もできると確信した」と話している。


(以下インタビュー詳細)

第三者の伴走支援が必要 「国民運動」的展開目指す
角野然生 中小企業庁長官インタビュー

中小企業は従業者数の7割、付加価値額の5割を占める日本経済の屋台骨であり、地域経済を支える重要な存在だ。日本経済や地域の経済社会の持続可能性のためにも、中小企業の役割は大きい。

コロナ禍や円安、エネルギー・原材料価格の高騰、気候変動、ロシアによるウクライナ侵略に見られる地政学リスクの増大など、まさに激動の時代だ。厳しい経営環境に直面している中小企業が事業を継続・発展させるためには、企業の自己変革が鍵を握っている。官民連携のもと、事業者の自己変革に向けた挑戦を支えることが行政の役割だ。

デジタル・グリーンに挑戦


東京商工リサーチの調査によると、新型コロナウイルスの感染拡大による影響が大きかった2020年5月には、売上高が対前年比で5割以上減少した企業が多くを占めていた。ほとんどの業種で5割以上減少したと回答しており、特に、宿泊業・飲食サービス業では80%以上が売上高を5割以上減少させていた。

それが、2022年9月の調査結果を見ると、ほとんどの業種で「2019年同月比で売上高が増加した」と回答している。厳しい環境が続く宿泊業・飲食サービス業でさえ、2019年比で約25%が増加と回答した(5割以上減少と回答したのは約11%)。長期間のコロナ禍に対応するため、事業再構築や自己変革に果敢に挑戦し、さまざまな課題を乗り越えようとする姿が浮かぶ。

また、デジタル・グリーンなど新たな課題に対しても、中小企業は自己変革・事業再構築によって、その課題を成長の糧にできる力を持っている。その潜在的な力を引き出すことが重要だ。

デジタル化は、中小企業の生産性を向上する有効な手段である。人手不足に苦しむ中小企業において、デジタル化(機械への代替等)などにより省人化を進めることができる。また、リモートワーク環境の整備などにより、働き方を多様化することができ、多様な人材の確保にもつながる。財務や労務データなど経営情報の見える化は、経営の改革を促すだろう。

グリーン化に向けた省エネ努力により、生産性向上の実現につなげることも可能だ。サプライチェーンで連携した取り組み(改善の取り組み、ノウハウの共有など)も始まっている。SDGsの重視などの新たな価値観への転換に伴い、消費者のニーズが多様化する中、グリーン分野など新たな産業領域への積極的な挑戦や社会課題解決型のビジネスを広げていく好機でもあり、それに向けてチャレンジする中小企業も増加している。

2022年10月28日に閣議決定した総合経済対策(物価高克服・経済再生実現のための総合経済対策)においても、中小企業の挑戦を強力に支援する施策の継続とともに、デジタル・グリーンなどの新たな取り組みにチャレンジする中小企業への重点支援対策のパッケージをまとめたところだ。引き続き、こうした挑戦を支援する。

経営者保証が積極投資の重し


一方で、中小企業の自己変革・挑戦を妨げる構造的な要因もある。これまで経営者や学識者との意見交換では、主に3点の指摘があった。1点目は、経営者の高齢化やオーナー経営による「現状維持志向」だ。試行錯誤を許容する風土があると回答した企業の割合は、経営者が30歳代以下だと7割超だが、80歳代以上になると5割を切る。

当然、意欲的なシニアの経営者も大勢いる。ただ、事業承継時に新たな取り組みに積極的に挑戦したと回答した経営者は4割を超え、経営者の世代交代と若返りは企業の成長にも重要だ。税制や補助金などを通じて、若い経営者の挑戦・変革を後押ししたい。

2点目は、チャレンジのリスクが高い事業環境である。例えば、借入金のある中小企業の7割が経営者保証を提供しているが、前向きな投資や事業展開が抑制されてしまうという評価がある。今般、信用保証制度において、一定の要件を満たせば保証料の上乗せ負担等により経営者保証の解除を選択できる制度の創設、金融機関に対して保証徴求の手続を厳格化する監督指針の改正等を柱とする経営者保証改革プログラムをとりまとめた。これにより経営者保証に依存しない融資慣行の確立を目指す。

3点目は、リソース・ノウハウの不足だ。デジタル化やグリーンへの対応など、激しく経営環境が変化する時代において、中小企業は人材や知見の不足に苦しんでいる。事業再構築補助金やものづくり補助金によるグリーン化につながる取り組みの支援をはじめ、IT導入補助金によるデジタル化支援などに取り組みつつ、今後はサプライチェーン全体で中小企業の変革を支える取り組みを応援したい。

生産性を上げて賃上げし、「成長と分配の好循環」を軌道に乗せていくためにも、生産性改革は重要だ。生産性改革の一つの鍵は、デジタル・グリーンなどの新しい課題に対応できる差別化された商品やサービスにより、付加価値を向上させていくことだ。

そして、経営戦略とそれを実行する組織能力の双方が重要であり、新しい時代に向けた自己変革にチャレンジすることが不可欠だ。しかし、原発事故に苦しめられた福島の中小企業をはじめ、厳しい経営環境への対応を支援してきた現場を見ると、経営者自らが変革を行うことは簡単なことではないことが痛いほどわかる。そこで、第三者による伴走支援が必要だと考えた。

政策のスコープを拡げる


「経営力再構築伴走支援」に関しては、2021年秋に中小企業庁で有識者検討会を開き、2022年3月には報告書をまとめた。これを受け、2022年5月には「経営力再構築伴走支援推進協議会」を立ち上げた。

地方経済産業局、よろず支援拠点、中小企業基盤整備機構、商工団体(商工会、商工会議所、中小企業団体中央会)、地域金融機関、士業などが連携して推進する。中小企業庁は司令塔的役割を果たすため、「経営力再構築伴走支援室」を設置した。

2022年5月以降、実務者レベルの会合を重ね、さまざまなやり方を検討している。「経営力再構築伴走支援」は、経営環境が大きく変化する時代において、経営者の自己変革を後押しする、より効果的な支援のあり方を体系的に整理しようという試みであり、暗黙知となっている支援手法をできる範囲で形式知化していきたい。これが政策として組み込まれることになれば「課題設定」「対話」という視点を前面に出して取り入れた産業政策として中小企業政策のスコープを拡げるものとなろう。

今後、支援スキルを実践できる人材の育成と、知見・ノウハウの発信、インセンティブ付け、制度改正を柱に全国展開の仕掛けを用意し、「国民運動」的に展開し、生産性向上の底上げにつなげていく。

事業再構築・生産性向上による付加価値の向上などを通じて、稼ぐ力を高めていくこと(成長)と、創出した価値を取引適正化・価格転嫁の徹底により、しっかりと賃上げへとつなげていくこと(分配)が重要であり、成長と分配の好循環を回していかなければならない。

日本生産性本部が掲げている生産性改革も、成長と分配の好循環を進める上での重要な鍵である。私たちも、生産性改革の国民運動に足並みを揃えていきたい。



*2022年11月8日取材。所属・役職は取材当時。

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