実践「生産性改革」:間下 直晃 ブイキューブ代表取締役会長兼グループCEOインタビュー
テレワークなどに対応したビジュアルコミュニケーションサービスを提供しているブイキューブの間下直晃代表取締役会長兼グループCEOは、「実践『生産性改革』」のインタビューで、日本企業が生産性を向上させるには、雇用の流動性を高めることが重要であると指摘した。解雇規制の撤廃や緩和と合わせ、働き手がリスキリングできる仕組みを充実させることをセットで進めることで、社会全体の生産性向上を実現すべきとの考えを示した。
変革のチャンス、雇用流動化進めよ リスキリング機会の充実とセットで
間下氏は「日本企業の優秀な人材の一人当たりの生産性は海外と比べても高い。平均的に労働者もよく働くし、時間も守るし、サボらない。1円あたりの生産量で比べても引けを取らない。それなのに、国際比較では日本企業の生産性が低迷を続けている原因を考えなければならない」と話す。
日本企業の生産性向上の重しになっているのは、雇用の流動性の低さであると間下氏は考える。特に、企業側が正社員を解雇するにはハードルが高く、雇用を調整することが難しいため、成長分野へのシフトなどの思い切った戦略を打ちにくい。その結果、余剰人材を抱えて経営しなければならず、競争力や生産性の低迷を招いている。
間下氏は、この状況を変えるには、労使双方が、「選択できる」仕組みを構築する必要があると指摘する。「能力を生かして、もっと働いて、もっと稼ぎたい」と考える働き手に対しては、高い報酬を支払う代わりに、労働時間の上限規制を緩和できる制度が必要になる。ただ、その時は、企業側がヘルスケアのチェックを徹底し、体調管理に万全を期することが前提になる。
企業側の「選べる」仕組みについて、間下氏は「波紋を呼ぶ意見かもしれないが、解雇規制を撤廃するか、大幅に緩和することによって、企業の生産性を高め、社員の給与を上げるという選択肢を与えるべきだ」と提言する。
労働法制などの規制緩和と合わせて、社会的なセーフティーネットの仕組みを整備する。企業に解雇された人材が、新たに活躍できる能力と場所を見つけられるリスキリングの機会を官民が連携して用意することが重要になる。
また、間下氏は「生産性改革を進めるには、政治と経済がリーダーシップを発揮できるかに懸かっている。リーダーは日本国内の状況だけではなく、グローバルとの対比において、モノを見て、判断しなければならない。コロナ禍で国民が危機感を共有した今が、変革のチャンスだ」と話す。
雇用の流動性を高める改革と合わせて、企業の新陳代謝を進めることも重要だ。日本と米国の企業の数を比べると、人口比では日本の方が多い。それが、過当競争を招き、生産性を引き下げている。
また、実質的に経営がほぼ破綻しているにもかかわらず、金融機関や政府などの支援により市場から退出せずにとどまっている、いわゆる「ゾンビ企業」の問題が、日本の産業構造の転換を遅らせている。
間下氏は「支援を止めるという判断は、痛みを伴うものであり、反感も買う。そういう難しい判断をすることがリーダーシップの本質だ。30年間先送りにしてきた問題に正面から向き合わなければならない」と話している。
(以下インタビュー詳細)
テクノロジーで「選べる働き方」提供 リモートワークは生産性を高める
間下直晃 ブイキューブ代表取締役会長兼グループCEOインタビュー
ブイキューブは、テレワークに必要なツールや環境インフラを幅広く提供している。事業領域を大きく分けると、映像を使ってリモートのコミュニケーションを行うウェブ会議サービスと、オンラインイベントのサービス、テレワークを行う防音機能を持ったスペースを提供する「テレキューブ」の3つだ。
ウェブ会議システムを使ったテレワークは、コロナ禍以前は普及が進まなかったが、今は当たり前に行われており、コモディティ化も進んだ。当社のサービスも約5,000社に使っていただいている。
オンラインイベントに関しては、数十人から数万人規模の大小様々なイベントを年間約1万回提供している。オンラインイベントのプラットフォームとスタジオ、運営スタッフをパッケージ提供することができる。株主総会など失敗が許されない企業のイベントや、政党の代表選などの重要な政治イベントの運営を、オンラインを含めて丸ごと請け負うノウハウがあり、他社の追随を許さない。
3つ目のテレキューブは、ウェブ会議や面談など、少人数の会議にぴったりなプライベート空間を提供する。防音性が高く、作業や仕事に集中でき、1人用から2~4人用までのラインアップがある。テレキューブを2017年に始めた時には、「変わったことを始めたな」と言われたが、コロナ禍を機に一気に普及が進み、駅や空港、コンビニ、ビルの一階などに約1万5,000台が設置されている。
テレワークをするときの課題は「場所がない」ことだ。日本では自宅にテレワークをできる書斎のような部屋がない家庭が多く、会社に出社しても会議室を取るのが大変で、空港やカフェなどの公共施設で会議をするのも難しかった。この問題を解決しないと、日本にテレワークを普及させられないと考えて、テレキューブを始めた。
ツールやインフラなどを用意して、テレワークを支える分野で、国内のリーディングカンパニーだと自負している。コロナ禍以降、オンラインイベントと、テレキューブの2つのサービスが伸びている。様々な分野に映像を活用しようと、エンタメのライブやイベント、スポーツの中継など、あらゆる分野のオンライン化を支援することで、今後も成長を続けたい。
ハイブリッドに働ける時代
こうしたテクノロジーの発達によって、働き方や暮らし方を選べるようになった。これは生産性の根幹だ。コミュニケーションは、リアルとオンラインを自在に選べるハイブリッドの時代に入った。正しく選ぶことができれば、生産性を向上できるはずだ。
日本でも、コロナ禍を経て、テレワークが進み、働き方はガラッと変わった。在宅勤務でテレワークを行う人もいれば、出社している人たちが社内でウェブ会議をやっている。在宅でも、出社でも、リモートコミュニケーションをすると生産性が高くなる。
日本の場合、住宅環境が悪いので、在宅でリモートワークするよりも、出社してリモートワークをしたくなる気持ちは理解できる。だから、出社率が高いことは必ずしも生産性を下げることにはならない。テレキューブが売れているのは、外出してテレコミュニケーションをやる人が増えていることを示す。
エグゼクティブが出席すると、会議の意義や影響力は格段に大きくなる。他社との会議の場合、相手側がトップを出席させると、「うちもトップを出席させよう」となり、両社の交渉が大きく進む。
これまでは、トップが会議に出席するためには、日程調整が大変だった。「その日は取締役会があるので、遠方へ移動できない」ということが頻繁に起きた。しかし、取締役会をオンラインで行えば、トップは遠方の出張先からでも容易に出席できる。
もし、国会答弁がリモート化されたら、「大臣は国会答弁があるので、外遊に行けない」という制約はなくなるはずだが、政治の世界ではそう簡単にはいかない。しかし、ビジネスの世界では、やる気になればすぐにできる。場所の制約をなくし、行くべきところに行き、やるべき仕事ができる。エグゼクティブの移動は増えるだろう。
ツイッター社員解雇の意味
テレワークが広がってくると、仕事ができる人と、そうでない人との評価がはっきりと分かれる。「そこにいた」から評価され、お金がもらえるという時代ではなくなる。「これをやった」「この成果を上げた」から、お金がもらえるという時代になる。これは本来、生産性を上げるためには、大変重要な要素だ。
一方で、テレワークが普及すると、生産性が低い人がすぐに分かり、その職場では必要とされなくなってしまう。「コロナ禍でテレワークをしていると、実は仕事ができないことがバレてしまった」というエピソードは少なくない。仕事をしていない人を抱えながら経営すると、当然その企業の生産性は低くなる。仕事ができる人と、そうでない人を見分けて、生産性の高い人材に仕事をしてもらい、そうでない人には辞めてもらうことができれば、企業の生産性は高くなる。
さらに、その職場で溢れた人たちをリスキリングして、違う場所で活躍してもらうというセーフティーネットの仕組みができれば、社会全体での生産性も高まる。これまでの日本社会は、良くも悪くも、全てを丸ごと抱えることによって、生産性は低いが、みんなでなんとか経済を回してきた。社会はそれを変えることを躊躇してきたが、コロナ危機が変革の方向へと突き動かしている。
米国では、ツイッターを買収したイーロン・マスク氏が、従業員に対し、「激務か、退職か」を迫った。このニュースを見て、「米国の働き方や暮らし方がコロナ禍前に戻った」と考えるのは大きな間違いだ。相次いで人員削減を打ち出した米国のビッグテックは、高給取りの人材が過剰となり、水膨れ状態に陥っている。マスク氏は年収4,000万円で在宅勤務をする社員に「このままでは事業が立ち行かない」と働き方の修正を迫ったのではないか。
日本の働き方改革でも、低賃金で長時間勤務をさせることはいけないが、たくさん働いて、たくさん稼ぎたい人たちにはその機会を与えることが必要だ。政府はスタートアップ支援を打ち出しているが、企業は上場準備に入ると、上場審査に対応するため、働き方を選択できなくなる。これでは、世界のスタートアップに勝つことは難しい。
健康管理の仕組みを整えることが大前提だが、ホワイトカラー・エグゼンプションや、裁量労働制の範囲の拡大などを進める必要がある。そして企業は、働き方の選択肢やストックオプションを含めた報酬に関する方針を明確に示すことが重要だ。自らのライフスタイルに合った働き方を選び、その変化に合わせて、自由に職業を移動できる社会が実現すれば、生産性改革は大きく前進するだろう。
*2022年11月22日取材。所属・役職は取材当時。