コロナ危機に克つ:カイラボ 上司は自らのパーパスを語れ

社員の早期離職防止や定着率向上に向けたコンサルティングを展開する株式会社カイラボの井上洋市朗代表取締役は生産性新聞のインタビューに応じ、新型コロナウイルス感染症の感染拡大を機にコミュニケーションの変化が起こっていることに対応して、管理職がオンラインでのコミュニケーション力を磨く必要性を指摘した。職場の管理職が、「スキル」「マインド」「周囲との関係性」の3つをアップデートすることが重要になるとの考えを示した。

スキル、マインド、周囲との関係性 3つのアップデートの勧め

井上洋市朗 カイラボ代表取締役

社員の早期離職防止や定着率向上に向けたコンサルティングを展開する株式会社カイラボの井上洋市朗代表取締役は生産性新聞のインタビューに応じ、新型コロナウイルス感染症の感染拡大を機にコミュニケーションの変化が起こっていることに対応して、管理職がオンラインでのコミュニケーション力を磨く必要性を指摘した。職場の管理職が、「スキル」「マインド」「周囲との関係性」の3つをアップデートすることが重要になるとの考えを示した。

井上氏は「若手社員の早期離職を招く理由は成長予感、存在承認、貢献実感が満たされない職場環境にある。最近の傾向としては、職場が成長予感と貢献実感を提供できなくなっている。若手社員が職場のリーダーを見て、『こういう人になりたい』と思えなくなっている」と話す。

管理職自身が変わるには、「スキル」「マインド」「周囲との関係性」の3つのアップデートが必要だという。1つ目のスキルアップとは、コロナ禍で増えてきたリモートでのコミュニケーションのスキルを磨くことだ。最近は、コミュニケーションのあり方が大きく変わっており、職場のコミュニケーションは、よりスピーディーに、高頻度に行うことが求められているという。

井上氏は「リモートのコミュニケーションはテクニックで補えるのに、年齢が上がるほどやりたがらない。オンラインになると、対面の半分以下しか伝えたいことが伝えられないと考えるのは間違いであり、ある程度の訓練をすれば、8割は伝えることができるはずだ」と話す。

2つ目のマインドのアップデートとは、離職の原因が辞める社員側にだけあるとの考え方を改め、管理職自身が変わらなければならないという意識を持つことだ。企業経営でパーパスが重視されているが、管理職自身が自らのミッション、ビジョン、バリューを持ち、それを語ることが大事だという。

井上氏は「管理職が若手社員の目標となれるように、自分自身のパーパスを語れるかが問われている。もし、これまで惰性で仕事を続けてきたとしても、あと10年、この会社で何を成し遂げたいのかを言葉にすることが必要だ」と話す。

最後の周囲との関係性のアップデートとは、上司と部下の関係性を上意下達ではなく、対等に近いコミュニケーションができる関係性に変えていくことだ。上意下達の関係性が対等な関係性に変わると、人間関係に変化が生まれる。離職の理由として、人間関係を挙げる人はいまだに多く、人間関係の改善によって、職場の雰囲気は良くなる。

上司自身が目指す目標を示し、それに向けて頑張っている姿を見せることで、その態度が部下に伝わり、職場の風土になっていく。若手社員も「この場所で頑張れば、成長を続けられるのではないか」と思えるようになることが期待できるという。

井上氏は「SNSで40代・50代のインフルエンサーに容易にアクセスできる時代であり、会社の同世代の上司は、その人たちと比べられてしまう。上司も部下も、互いに自分自身のパーパスを語り合える環境をつくることで、エンゲージメントは高まっていくだろう」と話した。



(以下インタビュー詳細)

企業は若者に見透かされている 背中が輝いているリーダーこそ
井上洋市朗 カイラボ代表取締役インタビュー

新型コロナウイルス感染症の感染拡大を経験し、不確実性が一段と高まる中で、若者たちの価値観は大きく変化している。

マイナビが実施している大学生就職意識調査によると、企業を選択する場合にどのようなポイントを重視するかとの質問に対し、これまでは「自分のやりたい仕事(職種)ができる会社」という回答が長らくトップだったが、2020年卒業生から「安定している会社」が入れ替わりで最多となり、その後トップの座を守り続けている。

しかし、具体的に「安定している会社はどこか」を聞いても、「もはや、そんな会社は存在しない」という答えが返ってくるだろう。最近は、「安定している会社」という言葉の意味を「会社がつぶれないこと」だけでなく、「仮に会社がつぶれても、自分は食いっぱぐれないこと」と捉える人もいる。

転職市場での価値を上げる


10年前と比べると、新卒社員の持っている「成長」に対する考え方の時間軸が短くなっている。終身雇用や年功序列の制度がなくなった影響もあるが、不安な社会を敏感に感じる若者たちは、転職市場で通用するスキルを早く身につけたいと考えるからだ。

これに対し、レガシー企業では、昔ながらの考え方がまだ残っていて、最初の1年は仕事を見て覚えて、3~4年経ってから、ようやく一人で任せられるようになる。そして、入社15年経った35歳以降に、管理職に昇格し、初めて部下ができるようなスピード感だ。

今の若者たちは「それでは遅すぎる」と感じている。早くステップアップしたいと考える人や、スキルを身につけて起業したいと考える志の高い人たちだけではなく、「食いっぱぐれない」ためのサバイバル術を身につけたいと考える人たちも、早く成長したがっている。

転職市場での自分の価値を考えると、若いうちの方が、価値が高いということを多くの若者が知っている。高く買ってもらえるうちに、転職市場で評価されるスキルを身につけることが食いっぱぐれないためには必要だ。そのため、転職市場で評価されやすいポータブルスキルを手に入れることを重視している。

自社の商品の知識を詳しく知っていても、ポータブルスキルにはならないし、大手企業で課長を5年経験しても、その経歴だけでは転職市場で価値はない。社内の地位に就くために出世競争をするよりも、会社の外での価値を高めることが大事なのだ。

SNSが発達したことにより、立場によって得られる情報の格差は縮小してきており、これまでは入社して初めて気づくようなことでも、インターネットで調べると、全てわかってしまう。

例えば、これまでは会社説明会では、配属先の希望が通るのかについて、「ほとんどの社員が希望通りになる」と回答していた企業も多い。そして、入社後に希望以外の部署に配属されるまで、社内の人事の実情に気づくことができなかった。

ところが今は、会社が「研究開発部門で活躍できる」と謳って募集をしていても、インターネットの口コミサイトを調べると、「研究開発部門に配属されるのは大学院を出た一部の人材で、理系の新入社員の多くは生産管理部門に配属されている」ことがわかってしまう。誇大広告にならないギリギリの線を守って、企業が安易に実態とかけ離れたことを書いても、学生に見透かされるだけで、かえって大卒の採用が難しくなる。

インターネットを使った情報収集力は、10代・20代の方が圧倒的に勝っている。立場の違いによる情報格差が縮小しているからこそ、企業側に求められるのは、誠実な態度で若者たちに向き合うことだ。

最近、三井物産が、ユーチューバーも含めた副業の解禁に踏み切ったが、副業ができるかどうかも若者たちが企業を選ぶ際の重要なポイントになっている。副業をすることで、稼ぎが増えることもあるが、自分が勤める会社の枠外で、新たなスキルを身につけられる魅力もある。

離職防止対策は重要だけど…


今でこそ、企業にとって離職防止対策が重要視されているが、私が起業した2012年頃は、離職防止対策よりも、新規採用に関するコンサルティングを求める企業が多かった。

私自身も早期離職を経験し、転職を経て、離職防止対策をコンサルティングする企業を立ち上げたが、周囲からは「人材業界のことがわかっていない。経営者は社員を引き止めることを求めていない」と言われた。

その流れが変わってきたのが2015年頃。「ブラック企業」が2013年に流行語にノミネートされた影響も大きかった。その後、2018年頃には人手不足が深刻化し、「離職防止対策をしていかないと、業務が回らない」という人事担当者の悲鳴が聞こえるようになってきた。

10年前に講演すると、なぜ、離職防止が大事なのかを説明しなければならなかったが、今はその部分を飛ばして、具体的な離職防止対策から話を始めることができるようになった。ただ、「離職の原因は企業側にもある」という事実に対する理解は浸透していない。

大企業であっても、辞める側だけに問題があるという認識では、早期離職を防ぐことは難しい。今は、就職人気ランキング上位の企業でも、優秀な人材から辞めていくこともある。

大企業を辞めた人たちにヒアリングすると、転職先としては国内のメガベンチャーと呼ばれるIT大手のほか、社員数が二桁程度のスタートアップ、そして、コンサルティングなどを手がける外資系企業が多い。

大手企業に勤める優秀層と言われる人たちは、大学を卒業する時の就職活動でも引く手あまたで、希望していた企業から内定をもらっている人が多い。それでも2~3年で辞めてしまうのは、その会社で管理職になりたいとは思えないからだ。

自分の夢を語れるリーダー


早期離職の原因を分類すると、成長予感、存在承認、貢献実感のいずれか、または、複数が得られないことが挙げられる。最近は、あからさまなハラスメントが離職の理由になることは減ってきており、存在承認の欠如で辞める人は少ない。これに対し、成長予感や貢献実感が得られないために辞めていく人が増えている。

早期離職者の多い企業に見られる特徴は、経営者や管理職といったリーダー層たち自身が、自分が目指す方向を示せず、成長できていないことが共通点として挙げられる。若手社員が職場のリーダーを見て、憧れを感じることができないのだ。

20代前半の若者たちが、40歳、50歳になった時の自分を想像した時、「部長みたいになったら嫌だな」と思い、離職を決意していることを会社側は理解しなければならない。

職場のリーダーたちが、スキルやマインド、周囲との関係性をアップデートすることが大事だ。管理職向けの研修で、「あなたは何をやりがいに仕事に取り組んでいるか」と質問すると、うまく言葉にできる管理職は少なく、「住宅ローンの支払いがあるから仕方なく」という回答が返ってくることもある。

20代の若者が、上司が働いている理由が「ローンの返済」だと知ったら、その上司の下について頑張りたいとは思わない。管理職は、もっと根源的で内面的なモチベーションとして、「なぜ、この仕事をやり続けてきたのか」を語ることが大事だ。もし、今まで惰性で取り組んできたのなら、あと10年の会社員人生で、何を成し遂げたいのかを語ればいい。それができたならば、若手社員から見たリーダーの背中が輝いて見えるようになるはずだ。



*2023年2月1日取材。所属・役職は取材当時。

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