コロナ危機に克つ:藤村 博之 労働政策研究・研修機構(JILPT)理事長インタビュー
労働政策研究・研修機構(JILPT)の藤村博之理事長は、生産性新聞のインタビューに応じ、新型コロナウイルスの感染拡大への労使の一致した対応が危機の回避に効果をもたらしたと指摘した。その一方で、コロナ禍の収束に伴い、人手不足の深刻化など新たな課題が浮上していることを指摘し、ポスト・コロナへ向けて、新たな労使関係の構築が重要になるとの考えを示した。
「労使協力し克服」を評価 人手不足が深刻化 副作用へ対処急務
藤村氏はコロナ禍の労使の取り組みを振り返り、「コロナ危機へ対応するため、労使双方は少なくとも正社員の雇用を守ることで合意し、政府の雇用調整助成金が雇用の維持にプラスに働いた。テレワークの普及や感染防止対策の徹底など、労使双方が協力して、想定していなかった危機を乗り切った」と述べた。一方で、新型コロナウイルスの感染症法の位置付けが季節性インフルエンザなどと同じ「5類」に移行するなど社会経済活動が回復する中で、危機対応による副作用とも言える課題が顕在化していることを指摘した。
深刻な副作用が人手不足である。藤村氏は「需要が戻りつつあるのに対し、現場の働き手が足りないために、需要増に対応するだけの態勢が取れない。コロナ禍で調整した働き手を呼び戻そうとしても、簡単には補充できていない」と話す。
例えば、インバウンドの需要拡大に対応し、海外の航空会社から増便のオファーがあっても、グランドハンドリング(航空輸送における空港地上支援業務)の働き手を確保することができずに、オファーを断らざるを得ない状況がある。このほかにも、宿泊・飲食などを中心に、需要の回復を満たすだけの人材の確保ができていない。
人が仕事を選ぶとき、「賃金」のほかに、「働きやすさ(労働時間、働く側の事情を考慮してくれるのか)」と「やりがい(誰かの役に立っている感覚や自分が成長している実感)」の3つに価値を見いだす。高い賃金を払えば、雇用を確保できる可能性は高まるが、「働きやすさ」と「やりがい」が満たされなければ、継続して働いてもらうことは難しい。
労働組合は人手不足の解消のために「どうすれば選ばれる企業になれるか」を考えることが重要になる。経営側に対し、賃上げの要求を続けることに加え、働く側の都合に合わせた柔軟な働き方や、デジタル化に伴い、サポート人材が担っていた業務を社員が背負うことによる労働強度の高まりを是正することなどにより、知り合いに「一緒に働こう」と紹介できる職場の実現が鍵になる。
また、労働組合が経営側のコストを下げる提案に協力し、賃上げを見送ってきたことが、日本企業の国際競争力を下げているという皮肉な結果がある。歴史的なインフレへの対応で賃上げ機運が高まっている今、労使関係のあり方を見直すチャンスが到来している。
藤村氏は「以前は労働側と経営側が、心情として90度の角度に座って議論を展開していたが、バブル崩壊後の危機に対応するため、労使が同じ側に座り、同じ方向を向いて話し合った。今回のコロナ危機での対応でも、労使の協力姿勢が目立ったが、ポスト・コロナを機に、是々非々で議論ができる労使関係の構築を目指すべきだ」と指摘している。
(以下インタビュー詳細)
「働き方改革」の行方を左右する生成AI 求められる内部人材の育成
新型コロナウイルスの感染拡大が始まってからの3年間で、高齢者の雇用は停滞している。コロナ禍前は65歳を過ぎてからも働き続ける人材は増えていたが、企業の多くは、コロナ危機への対応として中核社員を守ることが先決となり、高齢者などの非正規で働いていた人材は雇用契約を打ち切られたり、感染を恐れて、自ら仕事を辞めたりするケースがあった。
高齢者がいったん仕事を休んでしまうと、感染状況が落ち着き、需要が回復してきたときに「もう1回働いてくれますか」とオファーを出しても、「もういいよ」と断られるケースが多いと聞く。退職後の生活のリズムができてしまうと、職場に戻れるとしても、戻りたいと思えない人がいても不思議ではない。
5年に1回行われている就業構造基本調査(令和4年)によると、「今は働いていないが、働ける機会があるなら働きたい」と考える人は、60代では10%程度だ。実際に働くかどうかは別にして、60代人口1,500万人のうちの150万人が労働市場に出てくると、人手不足はかなり改善するとみられる。
ただ、この世代で、労働参加に意欲がある人たちは、働く側の事情に合わせた柔軟な働き方を提供できなければ、「もういいよ」となってしまう。雇う側に言わせれば「わがまま」な要求に思えるかもしれないが、そのわがままを聞いてくれる企業には人が集まり、それができない企業は人手不足にあえいでいるのが実情だ。
人手不足が深刻化する中で、年齢を問わず、人材を採用するには「選ばれる企業」になることが欠かせない。バブル景気の中で行われた自動車総連のアンケート調査で「自分の子供を自動車産業で働かせたいか」との質問に対し、約半分の組合員が”NO”と回答した。長時間労働が当たり前となり、毎日疲れて帰宅し、土日も寝て過ごすような生活を子供には送らせたくないと考えたからだ。このままでは後継者が育たないという危機意識を持って、自動車総連は労働環境の改善に取り組んだ。しかし、30年以上経った現在では人手不足がより深刻化し、あらゆる産業が後継者難に直面している。
政府は働き方改革を打ち出し、労働時間の規制も厳格化している。日本社会全体でみれば労働時間は短くなっているかもしれないが、パートタイムで働く非正規社員の労働時間が短くなっているだけで、正社員の労働時間は10年前とほとんど変わっていない。
それどころか、正社員の労働の強度は強まっている。非正規社員に任せていた事務作業についても、デジタル化が進んだために正社員自らが行えるようになっているため、業務の量や負担が増えている。
さらに、日本社会全体が「窮屈」になっていることが、働く人たちの負担を重くし、労働時間の短縮を阻んでいる側面も見逃せない。
ジョブ型での働き方を基本とする欧州では、社員は就業時間が終了すれば、躊躇せずに帰宅する。これに対し、日本では、「お客さんが並んでいるのに」「取引先から本日中の対応を求められているのに」と、終業時間だからといって帰宅できない現実がある。
働き方改革をめぐり、ジョブ型かメンバーシップ型かの議論が盛んだが、そこには、消費者や取引先との商取引の慣行が社員の働き方に影響を与えているという視点が欠けている。
企業がジョブ型を採用したとしても、取引先からの対応が求められ、それに応えるために残業が必要である限り、午後5時で帰宅しなければならない子育て中の社員は、大切な仕事から外される。消費者が求める便利さの裏には、それを支えている人たちがいるということを理解しないと、社会は「窮屈」であり続けるだろう。
在宅勤務が「追い出し部屋」に
電機連合の部会で講演した時、組合員から、「在宅勤務で十分に業務対応できている。なぜ出社する必要があるのか。リモートでもいいのではないか」と質問され、どう説明したらいいのか悩んでいる、という相談を受けた。
これに対し、「コロナ禍でテレワークが普及したことは、感染防止対策としては効果的であったが、組合員に勘違いさせてはいけない」と回答した。
在宅勤務やテレワークで、出社して行うのと同等の仕事をこなすことができたとしても、業務を変革したり、新しいものを付け加えたりするプロジェクトをテレワークだけで行うには無理がある。集まって議論する中で新しいものを生み出していくことが必要だ。
同様に、テレワークの普及に伴い、経営側がオフィスの面積を狭くして、コストを削減しようとしている点にも限界がある。新しい商品やサービスを開発したり、イノベーションを起こしたりするには、対面で議論することが必要だからである。
社員がテレワークで業務をこなせているうちはいいが、3年後、5年後にその業務の内容が変わってしまった時、出社しないで、自分の仕事を維持することは困難だ。
ひと昔前、辞めてほしい社員に仕事を与えず、一カ所に集める「追い出し部屋」があった。もしかしたら、辞めてほしい社員には在宅勤務を指示し、「会社に出てこなくていいよ」と言い出すかもしれない。その時の在宅勤務は「会社としては、その人に期待していない」というメッセージになるかもしれない。
人を排除しないデジタル化を
ポスト・コロナの働き方では、DX(デジタルトランスフォーメーション)やAI(人工知能)などのテクノロジーをどう利用するかは重要なテーマだ。技術革新は労働を楽にする方向で進んできたが、重要なのは、人を排除するようなテクノロジーの活用は行ってはならないということだ。
1980年代のマイクロエレクトロニクス(ME)革命により、10人で行っていた仕事を、その半分以下の人数で行えるようになった。この時、余った人材には別の仕事で活躍する場が与えられた。日本の企業は、そういう方向で技術革新を導入してきたので、労働組合が新しい技術の導入に反対することはなかった。
これに対し、米国など、ジョブ型の雇用慣行の企業の労働組合は、いかなる技術革新に対しても否定的だった。新しい技術の導入に伴い、余った人材がレイオフされるなど、人を排除する方向に進むことがわかっているので、労働組合としては受け入れることができないのだ。
生成AIなど、従来の働き方を変革する可能性があるデジタル技術の導入において、日本企業がリスキリングの機能を十分に活用し、これまで通り、人を生かす技術革新を実現できるかどうかが問われている。 労働政策研究・研修機構はこのほど、AIの導入に関し、OECD加盟国の比較調査を実施した。製造業4社、金融機関4社で、働き方がどのように変わったかをヒアリングしたものだ。
明らかになった2つの結論は、「業務全体がAIに置き換わる事態はどの国でも起こっていない」ということと、「AIを自社の仕事に生かすには、業務内容とAIの両方がわかっている人材が必要になる」ということだ。このような人材を労働市場で見つけることはできないというのが、各国共通の悩みになっている。
どの国も、優秀なデジタル人材はそう簡単に労働市場に出てこない。業務を理解している内部人材にAIの技術を勉強してもらうか、AIのわかる人材をチームに加えて、具体策を検討するなど、外部に丸投げするのではなく、内部人材を中心に据えた業務の革新が必要だ。
*2023年6月8日取材。所属・役職は取材当時。