コロナ危機に克つ:金子 晃浩 自動車総連会長インタビュー

自動車総連(全日本自動車産業労働組合総連合会)の金子晃浩会長は生産性新聞のインタビューに応じ、新型コロナウイルスの感染拡大に伴う危機の教訓として、労働組合としてあるべき姿を描き、現状とのギャップを埋めるバックキャスティングに基づく労働運動を推進することの重要性を指摘した。賃金交渉でも物価上昇など足元の経済環境への対応だけではなく、自分たちの生産性に見合う賃金を労使で共有する取り組みを進める考えを示した。

賃上げもバックキャスティングで 「単発イベントで終わらせない」

金子 晃浩 自動車総連会長

金子氏は「コロナ禍は、これまで当たり前だったことが、ある日突然、全否定されるという恐ろしい環境変化をもたらした。このような変化への対応を求められることは今後も起こり得ると思う」と述べた。

その上で、コロナ禍から得られた教訓として、「今日がこうだったから、明日もこうなるだろうというフォーキャスティングによる労働運動」だけでは不十分で、「あるべき姿、ありたい姿勢を労働組合として求めていくバックキャスティングによる対応」が求められるとの考えを示した。

自動車総連では2019年から、賃金交渉の取り組みでも、物価上昇などの足元の経済環境だけにとらわれず、自分たちの生産性に見合う賃金の姿を描き、労使で共有して、理想の姿と現状とのギャップを計画的に埋めていく方針を掲げている。

金子氏によると、「今年は物価が上がったから賃上げする」というのは従来型のフォーキャスティングによる賃金交渉だ。これに対し、バックキャスティングの賃金交渉では、大きく賃上げできる年もあれば、そうでない年もある。それでも、「ギャップを埋める交渉を毎年積み重ねることで、理想の姿への到達に近づくことができる」という。

自動車総連加盟1,056組合の2023年春闘の労使交渉は、政府の賃上げの号令の追い風もあり、大きな成果を上げた。物価上昇や人材不足などを総合的に判断し、会社側も賃金を上げたほうが、メリットがあると考えた。

金子氏は「来年も同じ認識や価値観を持てるような経済環境をつくり、職場での成果を上げ、会社側の理解が深まるように取り組んでいく。賃上げを単発イベントで終わらせないためにも、2024年の春闘でも成果を上げられるかどうかが重要になる」と述べた。賃金交渉以外の分野でも、バックキャスティングによる労使交渉によって、組織力や競争力の強化を図る方針だ。

このほか、コロナ禍の教訓として、健全な労使関係の構築が重要であるとも指摘した。金子氏は「普段から協力し合える関係性があったからこそ、危機が起きた時も力を合わせて乗り越えられた」という。また、未曽有の危機の中でこそ、雇用の維持拡大、労使の協力と協議、成果の公正な分配を掲げている「生産性運動三原則」が生きたという。

金子氏は「不確実性が高まっている今、変化することを前提に、ものごとを考えていかなければいけない。どのように改善するか、突破していくか、このような解決力がそれぞれの立場や役割、地域で求められている。設計図を描くだけでなく、着実に実行することも重要だ」と話した。



(以下インタビュー詳細)

被害を最小にできた「カイゼン」の文化 労使で話し合い、考えるスキル

新型コロナウイルスの感染拡大の初期、「見えない敵、見えないもの」に対する不安感が非常に強かった。不安感をなるべく払しょくしようというのが労使の役割であり、そのために何をしなければいけないかを、自動車業界のそれぞれの企業労使で話し合った。

産業別労働組合の自動車総連としては、産業横断的に情報を収集し、必要に応じて周知することで、加盟する労働組合や働く人たちの現状把握をサポートしてきた。また、万が一、感染者が出た時、感染者本人や職場、会社の対応の中で、労働条件に関わる事柄に関して、その都度、労使で話し合いながら進めてきた。

グローバル展開が進んでいる自動車業界では、世界的なパンデミックの影響が先行して表れた。世界各地の生産現場で新型コロナウイルスの感染が広がり、部品の調達が困難になった。中国、東南アジアなどでは現地生産が難しい事態に直面した。

国内でも、2020年2月以降、工場を動かせなくなり、現場の働き手は非稼働の対応が避けられなくなった。自動車メーカー各社は、一斉休業日としてカレンダーを振り替えて対応するのか、非稼働日対応とするのかなど、臨機応変に対応することが求められた。

自動車メーカーの稼働・非稼働の対応によって、部品メーカーの対応も決まってくる。このため、自動車産業は、カレンダーの年間協定を産業労使で設定するという他の産別にはない取り決めがある。

自動車メーカーがバラバラに休みを取ると、サプライヤーはメーカーの必要なタイミングに合わせて物をつくるので、毎日稼働日にしなければいけない可能性もある。全てのメーカーが休業日を極力統一することによって、サプライヤーが稼働日と非稼働日を明確に設定することができる。

このため、コロナ禍での生産対応に関しては、まずは自動車総連から自工会(日本自動車工業会)に対して、全てのメーカーで生産を止める日と振替稼働日を合わせるよう申し入れを行った。このようなカレンダーに関する対応は、東日本大震災の時に、電力不足に見舞われたケースで行った前例がある。

このほか、非正規雇用に対する雇い止めや、雇用調整助成金が出る正社員に対しては100%の賃金保証をするなど、「雇用対策マニュアル」を再徹底し、遵守するように当該労使を支援した。

同様の手続きについては、部工会(日本自動車部品工業会)とも情報を共有した。メーカーよりも規模の小さい部品会社では、危機下における雇用確保がより難しくなるので、丁寧に話し合うよう要請した。

自然災害の時の対応であれば、災害発生時から時間が経過すると、徐々に復興フェーズに入ってくる。しかし、コロナ禍では危機対応がずっと継続するところが難しい。

生活を守るための対策を当面、1週間は続けることで労使が合意したとしても、その翌週も危機的な状況が続く。会社のストックがあるうちはいいが、余力がなくなってくると、いつまでも同じ対策を続けるわけにはいかない。

自動車産業では、「カイゼン」という言葉が文化として定着している。何か起きた時に、「こうしよう」と話し合い、考えるスキルが労使に備わっている。この文化があったからこそ、被害を最小限に食い止めることができたと考えている。

各職種で安全確保の環境整備


労働組合として何よりも優先したのが、従業員の健康・安全面を担保することだ。工場で新型コロナウイルスへの感染を防止しなければいけないときに、従業員同士の距離をどの程度確保すればいいのか、また、感染防止のために必要なモノは何かなどについて、それぞれの職場単位で相当議論や検討を重ねて、「カイゼン」を加えながら対策を講じたと聞いている。

自動車総連としても、組合員の安全・健康、生活をいかに守るかということが重要であり、オフィスワーカー、生産、販売、自動車整備、ドライバーなど、あらゆる職種の働く環境の整備を重視してきた。

職種別では、オフィスワーカーは他の業界と同じように在宅勤務を主体に感染防止対策を徹底したり、ウェブを使ったリモートの会議などを試行錯誤したりしながら確立してきた。正直、組合もオンラインでの作業は得意ではなかったが、「必要は発明の母」という言葉通り慣れてくるとスムーズにできるようになった。

製造現場は、現場の作業しかないので出社してもらわなければ仕事にならない。出社時、退社時の安全や健康の確保にも気を配った。マイカー通勤できる工場ならいいが、電車で通勤しなければいけない職場については時差出勤などシフトを工夫し、生産量をなるべく維持することに苦心したと聞いている。

販売部門では、クルマを売るときにはお客様にディーラーに足を運んでもらい、従業員は接客しなければならない。日本では、全く人を介さずにインターネットでクルマを買った人はほとんどいない。来てもらうお客様の安全・健康の確保と働いているスタッフの安全・健康の確保は相当腐心した。

例えば、自宅に訪問して商談していたやり方については、訪問回数を1回だけにして、あとはメールや電話など非接触のコミュニケーションに変えるなど工夫した。今はクルマを見たいとディーラーに足を運ぶお客様が増えているが、コロナ禍での経験を生かしてさらに接客力を高めようとしている。

このほか、車検や修理などを担う自動車整備士はリアルでなければ仕事ができない。働く人たちの安全の確保や感染者が出た時のバックアップの確保にも気を配った。

社会課題解決へ向けた行動を


コロナ禍の初期の段階で労働組合の中で議論になったのは、製造現場スタッフとオフィスワーカーとの間での安全に関する格差をどう埋めるかだ。重症化する割合が少なくなってくるとそのような感情的な不平不満も含めて収まってきたが、当初は組合の職場の役員たちが聞き役になって理解を示したり、会社に伝えたり、相当苦労していた。

コロナ禍で「人と接触したくない」という人が増えると、「製造現場や販売部門などの職種には就きたくない」と敬遠する声も聞こえてきた。労働条件が必ずしも相対的に良いわけではないので、新型コロナウイルスが収まったからといって、人が戻ってくるわけでもない。今後は、そこで働く魅力を高める取り組みを進めていくことが必要だろう。

このほか、コロナ禍を経験し、痛感したのは、物流網の整備の重要性だ。輸送・物流が回らなければ日本経済も立ち行かないことは、コロナ禍ではっきりした。一般的な物流や自動車業界が担っている車両輸送などでは、「2024年問題」をどう克服するかが問われている。

2024年4月以降、トラックドライバーの時間外労働時間の上限が規制されると、物理的に運ぶことができる総量が減ることは避けられない。人を増やすか、効率を高めることで総量を確保することが喫緊の課題だ。少し早めの対処をしていかないと、上向きの予兆が出てきた日本経済が足をすくわれかねない。

自動車産業は100年に一度の大変革期と言われ、政府が掲げるカーボンニュートラルや自動車の電動化という社会課題を解決するには、今の延長線上では難しいということは労使で認識を共有している。コロナ禍を乗り切った労使が、あるべき姿へ向けてバックキャスティングの発想で臨み、DXも活用した具体的なアクションに踏み出すことが重要だ。



*2023年6月28日取材。所属・役職は取材当時。

関連するコラム・寄稿