実践「生産性改革」:永島 智子 UAゼンセン副会長・イオングループ労働組合連合会会長インタビュー
2023年6月に日本生産性本部評議員に就任した、UAゼンセン副会長・イオングループ労働組合連合会会長の永島智子氏は、「実践『生産性改革』」のインタビューに応じ、「日本全体の賃金の底上げを図るためには、社会システムの変革を進めることが必要になる」と指摘した。EU方式を参考にした賃金水準の引き上げや特定(産業別)最低賃金の設定、働く人たちの視点を重視した社会保障制度の改革などについて、政労使で本格的に検討するべきとの考えを示した。
日本の賃金底上げへ社会変革を テクノロジー活用、学ぶ機会必要
イオングループは、2024年の労使交渉で、早期妥結した28組合の賃上げ率が正社員で6.7%、パート従業員で7.03%となり、今春闘の賃上げ相場を牽引した。永島氏は「パート従業員を約40万人抱えており、パートの賃上げ率が最低賃金の上昇率を超え、正社員を上回っていくことは必須だった」と話す。
岸田政権は2030年代半ばまでに最低賃金を1,500円に引き上げることを目標に掲げているが、世界的なインフレが続く中で、実質賃金は低迷するなど、日本の賃金は世界水準には程遠い状況だ。
永島氏は「正規・非正規の格差を広げないためには、最低賃金を世界水準まで引き上げることが重要だが、世界水準も上がっていくので、追いつくまでには時間がかかる」と指摘。そのうえで、個別企業での労使交渉だけでは限界があり、広く産業界で賃上げが進むための仕組みが必要になるとの考えを示した。
その一例として、EU域内では、最低賃金制度や労働協約を通じて設定される賃金の基準について、各加盟国の慣行を尊重しつつ、適正な水準の目安となる指標の設定や、水準の決定などにおける労使の参加などにより、賃金水準の引き上げを後押ししている。
永島氏は「日本でも、政労使が参加する大きな枠組みの中で適正な賃金水準を検討し、多くの企業に賃上げを実施してもらえる仕組みが必要となる」との考えを示した。
また、産業の労使が地域別最低賃金よりも高い水準で産業別の最低賃金を定め、産業の魅力を高める「特定最低賃金」を積極的に活用することも重要になるとした。
このほか、「人への投資として、企業だけでなく、社会全体でリスキリングの機会を提供する仕組みも必要だ」と指摘する。たとえば、流通・小売の業界ではキャッシュレス決済やIoTデバイスの電子棚札の導入などのデジタル技術に対応するため、現場のスキル向上は不可欠になっている。
永島氏は「イオングループが海外展開しているASEAN(東南アジア諸国連合)の人たちと労働組合活動を通じて様々な交流がある。年々すごい勢いで経済成長している国の人たちは活気があり、今の日本は学ぶべきことが多い」と話す。
成長の原動力となっているのがテクノロジーの活用だ。たとえば、6.5%以上の高いGDP成長率を維持しているカンボジアでは、働く人たちがデジタル技術などのテクノロジーを積極的に活用し、生産性を高めているという。
永島氏は「世の中を変えることができるのは現場で働くエッセンシャルワーカーだ。社会のシステムと個人の意識の両方が良い方向に変わっていくように、労働組合としての役割をしっかり果たしていきたい」と意欲を示した。
(以下インタビュー詳細)
パート重視、春闘相場へ先陣切れた 人材活用も大きな転換点
永島智子 UAゼンセン副会長・イオングループ労働組合連合会会長インタビュー
イオングループでは、2022年にグループ労働協約を締結した。人手不足対策など中長期で話し合っていかないといけない労使共通の課題が増えたことから、スピード感を持って、世の中の変化に対応していくためだ。また、賃上げと生産性向上を実現するには、春季の労使交渉に集中するだけでなく、通年で課題に取り組む必要があるというのが、労使の共通認識としてあった。
グループ労働協約の締結によって賃上げの目標数値などの大方針はグループ統一で決め、各社の目標はそれぞれで実践するなど、役割分担を明確にしてグループ内でシナジーを生み出すのが狙いだ。
しかし、2023年春の労使交渉では時間が不足したため、グループ会社も戸惑う中、様子見の交渉となった。その反省に立ち、2024年の労使交渉では、早期に準備に取り組んだ。グループ各社ごとに対応を任せていたら、業績に左右されてしまう。よって、イオン労連とイオン株式会社がイニシアチブを取って、2023年中にグループ方針を固めた。
その結果、2024年の年明けの段階で、パート従業員の時給を平均7%上げる方針が打ち出されたほか、年収が一定額を超えると手取りが目減りする「年収の壁」への対応策の拡充も表明された。
現在のイオングループには約55万人の従業員がいて、そのうちパート従業員は約40万人だ。春闘で、賃上げが非正規労働者へ波及するかが焦点となっている中で、多くのパート従業員を抱えるイオングループが先陣を切ることは、極めて重要だった。
従業員に対する賃上げや待遇改善の効果は、採用にも有利に働いている。現場の士気があがり、従来のコストカット型の改善から、お客様に選ばれる店舗になるための思い切った賃上げ・生産性向上の実現に向けて攻めの意識に転じていると思う。
「同一労働同一賃金」を推進
イオングループが成長してきた歴史は、パート従業員の存在なしでは語ることができない。働く側でも、パートタイムで限定業務を担う柔軟な働き方を好む人たちも多かった。しかし、少子高齢化に伴う生産年齢人口の減少など日本の経済社会が大きく変化する中で、人材活用が大きな転換点を迎えている。
これまでも、パート従業員の中には能力が高い人も多く、限定業務だけではもったいないという議論があった。コロナ禍後に人手不足が深刻化し、これから先の企業の成長を考えた時、既存の従業員に活躍してもらうことが大事になると確信した。パート従業員の正社員への転換を進めるなどの制度を導入している。
一方、どうしてもパートで働きたいという従業員に対しては、イオンリテールなどのグループ会社で同一労働同一賃金に近い制度を取り入れている。正社員は月給制、パートは時給制という違いがあるが、パートでも、上位職に昇進でき、処遇が正社員と同じになる仕組みだ。柔軟な働き方を実現しながらキャリアアップできるほか、能力があれば、パートでも正社員をリードする立場になれる制度だ。
制度があっても、パート従業員の中には積極的に非正規を選んでいる人も相当数いる。社会には関わっていたいが、重い責任を背負ってまで、朝から夕方まで働くことは避けたいと考える人たちだ。
正社員の数が多かった時代は、パート従業員が正社員になる道は広くはなかったかもしれないが、人手不足の今は人材の争奪戦となっており、パート従業員が望めば、正社員登用のハードルはずいぶん下がっている。意欲があれば道は開ける状態だが、「年収の壁」などの税や社会保障制度の問題が、その意欲を削いでしまっている面もある。
人手不足への対応が急務となる中、短時間労働者が「年収の壁」を意識せず働くことができる環境づくりを支援するため、政府は、当面の対応として「年収の壁・支援強化パッケージ」を打ち出した。
「年収の壁」とは、配偶者の扶養内で働ける年収の基準のことだが、年収が106万円、130万円などの壁を超えてしまうと、税制上の扶養・社会保険上の扶養から外れてしまうので、手取りが大きく減ってしまう。
政府が示した「年収の壁・支援強化パッケージ」では、社会保険が適用される従業員に対して、手取りが減らないように賃金をアップしたり、手当を支給した企業に、助成金を支払ったりしているが、働き控えの是正効果は不透明だ。
「年収の壁」の位置をずらして、少しでも労働人口を増やそうという狙いが見えるが、解決策としては、「年収の壁」をぶち破るしかない。政府が行うべきことは「なぜ、働き控えが生じるのか」という本質を突いた対策だ。働く時間を調整したり、働くこと自体を躊躇したりする人たちには理由があるということに正面から向き合うことが重要だ。
働き続けながら子育てや介護がしやすい環境を整えれば、働きたい人は思いっきり働くことができる。人口減少が加速する中で、働く人をどんどん増やさないと持続可能な社会は維持できない。
50歳からもアップスキルを
トヨタ自動車が65歳以上のシニア従業員の再雇用を拡大する新制度を始める方針が伝えられた。イオングループには70歳を超えても現役で活躍しているパート従業員もいて、働くことと年齢は関係ないという文化がある。遠くない未来に、日本全体がそうなるだろう。今必要なことはリスキリングやアップスキルができる環境を整えることだ。
年齢層が高くなってからのリスキリングは難しい。就職氷河期に正社員になれなかった人たちにとって、50歳になってから新たにリスキリングやアップスキルに挑戦してもらうのはそう簡単ではない。これまでに正社員として仕事や企業内研修で積み上げてきたものがないことも一因だ。雇用している企業がリスキリングの機会を提供することが求められているが、それだけではなく、社会全体で様々な世代の人たちが学びたいときに利用できる仕組みを構築することも必要だと思う。
イオングループは地域貢献を重視した経営を推進しており、地域の活性化のために私たち労働組合が果たす役割は大きいと自覚している。イオン労連は地域会議体制をとっており、労働組合が横のつながりを生かして、地域を活性化させる役割を担っている。
震災時のボランティア活動でも、労働組合は強い力を発揮する。震度5強以上の地震があった時には、本社(千葉・幕張)に対策本部が立ち上がる。対策会議にはイオン労連も参加する。主な役割は従業員の安否確認とボランティアの派遣である。
東日本大震災でも復旧から復興までの支援を「イオン心をつなぐプロジェクト」として、イオングループ労使が一丸となってグループ各社労使を巻き込み展開した。
能登半島地震でも、地域の従業員は自身も被災者でありながら、一日でも早い営業再開に向けて取り組んだ。地域のライフラインとして、店舗を開けることは重要だ。そして、少しでも早く地域が復興し、元気を取り戻すために、労働組合としても役割を果たしていきたい。
*2024年5月9日取材。所属・役職は取材当時。