国際連携:ハーバード大学経済成長研究所 ダニー・バハー博士研究
グローバル人材の流入促進が重要
日本生産性本部は、日本における生産性向上策をグローバルな知見を得ながら討究するため、バハー博士のブルッキングス研究所在籍時代より研究を支援してきました。昨年には博士の所属するハーバード大学経済成長研究所とも連携協定を結び、この度「日本経済の謎」と題する研究論文が公表されました。本日はこの成果を受けて、今後の日本の生産性改善・改革へのご意見を伺います。
(聞き手・日本生産性本部常務理事 大川幸弘)
生産性改善に向けた経済複雑性分析
大川:日本生産性本部は、日本における生産性向上策をグローバルな知見を得ながら討究するため、バハー博士のブルッキングス研究所在籍時代より研究を支援してきました。昨年には博士の所属するハーバード大学経済成長研究所とも連携協定を結び、この度「日本経済の謎」と題する研究論文が公表されました。本日はこの成果を受けて、今後の日本の生産性改善・改革へのご意見を伺います。
まず、今回の研究における基盤フレームワークであり、日本が1981年以降ランキングトップを保っている「経済複雑性」について簡単に教えてください。そして日本経済は論文にもあるようにまさにパズルですが、今回得られた成果のポイントについて教えてください。
ダニー:日本は私たちにとって非常に興味深いケースです。アメリカやドイツなど他の先進国と比べて生産性の伸びが著しく鈍化している一方で、我々の指標によれば、日本は依然として世界で最も複雑な経済を持つ国です。経済複雑性は、輸出品目の高度化に反映されているように、経済が蓄積してきた知識を測定します。つまり、日本の産業は非常に高度化している一方で、生産性は大きく減速しているのです。今回の研究によれば、最も生産性が高く、蓄積された知識を多く持つ企業は、労働力人口の伸び悩みもあり更に国際的になり、海外に事業を移しています。日本に残っている企業(多くがサービスなどの非貿易財部門)は生産性が低く、日本全体の生産性指標を低下させています。日本が海外での活動から受け取る富が増加し続けていることを考えると、今後も日本経済に占める生産性の低い部門の割合は拡大し続けるのではないでしょうか。こうした力学は、「ボーモルのコスト病」として知られています。
大川:日本の輸出競争力は米独に比べ、その影響力が一層弱体化しており、「それを補完するのが知財輸出の大きな成長である」と論文にありました。これはかつての遺産による部分が大きく、近年の特許などの動きをみても知財の縮小が懸念されます。今後、知識集約型経済が加速し、知財の重要性が増す中、キーになるのはイノベーションだと考えます。知財の質を高め、持続させるための条件はどんなことが考えられますか。
ダニー:今回の研究では、日本が国際化を通じて、知的財産輸出の世界市場で大きな割合を獲得し、多大な成功を収めていることが分かりました。全体として、日本が海外で行っている活動は、非常に大きな経済的リターンをもたらしています。しかし、これは必ずしも持続可能なものではないとも考えています。日本がこのように高いリターンを上げ続け、蓄積された知識を海外で活用し続けるためには、イノベーションのリーダーであり続ける必要があるからです。残念ながら、日本のイノベーションの質はここ数年下がり続けています。イノベーションの質が低下し続ければ、日本が知的財産の輸出やその他の知識集約的な活動において世界のリーダーであり続けることは危うくなるでしょう。イノベーション政策は、資金調達に的を絞ることから、外国から研究開発拠点を日本に誘致してイノベーションの国際化を促進することまで、幅広い手段を用いて対処することができると思います。
大川:先ほど触れられた、日本の経済複雑性は高い(高度化している)のに、米独など他の先進国の生産性水準に追いついていない理由は何でしょうか。
ダニー:私たちは、日本の労働力人口の伸び悩みがその主な原因だと考えています。日本企業は、生産性の高い知識集約的な活動の最前線に立つことはできますが、そのためには、適切なスキルを持ったより多くの労働者を確保し、国際的に事業展開することが必要です。先進国はすべて日本と同様の人口動態へ移行していく見込みですが、日本はこの現実に直面する最初の国のひとつなのです。日本は輸出品目をみると非常に複雑であることに変わりはないのですが、生産性向上を牽引する企業は国際的に事業拡大しているのです。つまり、国内にとどまっている企業は生産性が低いままで、この格差が日本全体の生産性の低迷につながっていると言えます。
大川:日本における日本人の人口は15年連続で減少する一方、外国人人口は前年比で約11%増え初の300万人台となり、総人口に占める割合は2%を超えました。生産年齢人口の減少が続き、労働力供給に限界が生じている日本にとって、移民政策と国際的な事業展開をより積極的に進め、日本のイノベーション・システムへのグローバル人材の流入を促すことが生産性改善のポイントだとのご指摘は、生産性の改善と人口の関係性をふまえ、とても重要だと思います。
ダニー:日本では、貿易財を供給する企業が海外に進出しました。一方で、非貿易財は国内で生産しなければならないため、高生産性・高成長の貿易部門から低生産性・低成長の非貿易部門に労働力が移動することになりました。このようなプロセスは、「ボーモルのコスト病」と呼ばれますが、日本のように労働力人口が減少する状況下ではより深刻な影響を及ぼします。こうした問題を解消する上でも、非貿易部門の生産性を高めるような技術革新や、労働供給の減少傾向を変えるような移民政策が重要です。
大川:戦略的に労働移動を進めることは重要なご指摘です。日本において、経済成長のためにどんなことが必要でしょうか。
ダニー:すべての先進国が人口動態の移行に直面している中、私たちは移民の力を信じています。日本の場合、これは非常に重要です。海外人材に日本への移住を奨励することで、複雑性も生産性も高い日本企業が日本で成長を続けることができ、イノベーションの質にも貢献するでしょう。日本のイノベーション・エコシステムをグローバル経済により深く統合して、質を高めることを目的とした戦略的な政策を実行することを提案します。例えば、研究開発を実行する企業に対する補助金と、将来性の高いプロジェクトに的を絞った投資を組み合わせた、研究開発(R&D)資金調達のためのハイブリッド・モデルの組成です。民間セクターが担いきれない領域において、公的資金によるリスクテイクが必要です。
日本は、労働力人口が停滞する中で、知識創造に成功した国でもあります。これから、日本経済のエンジンをより速く、より長く動かし続けるためのエンジンとして、グローバル・イノベーションのリーダーとしての日本の役割を強化することが重要です。そのためにも、人口動態と経済動向を注意深く追っていくことが必要になると思います。
大川:日本の海外投資の成功や国民総所得(GNI)で見た日本経済の姿など、我々が気づかない視点からのアプローチには多くの学びがあり、改めて日本のグローバリゼーションの本質を考えなければならないと思いました。ありがとうございました。
本稿で紹介したダニー・バハー博士の研究については、日本生産性本部の支援により刊行されたハーバード大学経済成長研究所の以下の研究を参照ください。
「Japan's Economic Puzzle」
〔日本経済の謎(日本語仮訳)〕