実践「生産性改革」:津村 正男 基幹労連中央執行委員長インタビュー

2023年11月に日本生産性本部の評議員に就任した日本基幹産業労働組合連合会(基幹労連)の津村正男・中央執行委員長は、「実践『生産性改革』」のインタビューに応じ、日本企業が生産性向上を図るために労働組合が果たすべき役割について、賃上げを達成することに加えて、「組合員らに対して消費喚起を呼びかける運動を展開すべき」との考えを示した。労働組合の組織率が低迷している中で、情報発信力の強化を通じて、存在感を高めていく。

賃上げ機に消費喚起呼びかけ 発信力高め好循環のトリガーに

津村正男 基幹労連中央執行委員長

津村氏は「ようやく賃金が上がり始めたが、GDPの6割を占める個人消費は上がらないままだ。組合は発信力を高め、賃金と物価の好循環サイクルへと日本経済を動かすトリガーの役目を果たしたい」と語った。

連合によると、2024年春季労使交渉(春闘)で、基本給を底上げするベースアップ(ベア)と定期昇給を合わせた平均賃上げ率は前年比1.52ポイント高い5.1%になり、1991年以来33年ぶりに5%を上回った。

日本経済は失われた30年の中で、企業が価格を据え置き、賃金も上がらないという慢性的なデフレサイクルに陥っていた。ロシアのウクライナ侵攻をきっかけに、急速に物価が上昇し始めたことで、これまで以上に高い賃上げ目標を掲げ、労使交渉を通じて高水準の賃上げが実現した。

津村氏は、「今回の賃上げ局面を、デフレマインドから脱却するターニングポイントにするためには、賃上げを勝ち取った労働組合が中心となって、『賃金が上がった分だけ、消費に回そう』とか、『多少物価が上がってもこれまでと同じ分だけ消費を続けよう』と呼びかけてみてはどうか」と話した。

ただ、実質賃金のマイナスが続いている中では、消費喚起の呼びかけが国民の心には響かない。そこで、賃上げの効果が広がり、実質賃金が上昇に転じる段階が、呼びかけの効果が出るきっかけになる。家計へとお金が動き出し、モノの価値が上がり、企業の業績も上がるという良い循環に持っていく狙いだ。

このほか、基幹労連が取り組むべき喫緊の課題として、労働時間の短縮を挙げている。ものづくり産業の人材は、長期雇用を前提とした熟練工が基本であるため、人手不足の対応として、アルバイトなどの非正規で補うことが難しい。

このため、所定労働時間の削減や休日の増加などによって「若者に魅力のある産業」へと改善することが重要になる。半導体工場やAI向けのデータセンターを新設する外資系企業は、地元の若者たちを惹きつける労働条件を提示し、労働力の青田買いの動きを強めている。国内企業にとって、ものづくり産業の魅力を高める取り組みは待ったなしだ。

また、津村氏は「外国人や女性など、多様な働き手を獲得するための検討も、これからは必要になるだろう」と話す。とりわけ、現行の技能実習制度に代わる新たな外国人雇用の制度である「育成就労制度」に対する関心が造船産業などを中心に高まっているという。

津村氏は「ものづくり産業は、これまで海外に顧客を求めて、輸出や現地生産という形でグローバル化を進めてきた。今まで経験したことのない人口減少社会に向かう中で、国内の働き手の国際化をどうするのかという新たな課題が突き付けられている」と話した。


(以下インタビュー詳細)

魅力ある職場へ働き方を改善 外資の進出受け、採用競争激化
津村正男 基幹労連中央執行委員長インタビュー

日本基幹産業労働組合連合会(基幹労連)は、日本の主要な基幹産業のうち、鉄鋼、造船、非鉄金属、建設、航空・宇宙、産業機械、製錬、金属加工、情報・物流のほか、多くの関連業種で働く仲間が結集したものづくりを中心とした産業別労働組合だ。

鉄鋼労連・造船重機労連・非鉄連合の三つの産別の労働組合が、組織力と政策力の発揮をめざし「未来を拓く組織統一、希望ある前進」をスローガンに掲げ、2003年9月に基幹労連を結成した。その後、2014年9月に建設連合が加わった。

採用で同じスタートラインに


各産別の部門をベースに労働運動を展開している中で、共通の生産性にかかわる課題等は基幹労連で取り組んでいる。直近の課題は、労働時間の短縮に関する事柄だ。

年間の休日数を増やし、所定労働時間、実労働時間とも減らしていかないと、若者たちに敬遠され、人材確保が難しくなる。交代制勤務のある鉄鋼部門などは他の産業とは違う難しさがあるが、休日を増やし、割増賃金を増やすなど、魅力ある職場へと改善が進んでいる。基幹労連全体としても、足並みをそろえて魅力を高め、採用競争で他の産業と同じスタートラインに立てるようにしたい。

ものづくり産業の人手不足は深刻だ。大企業の名前や安定感だけで職場を選んだ昔とは違い、今の若者たちは選択肢がある中で、自分のライフスタイルに合った条件を提示してくれる職場を選ぶ。

他の産業と同様に、デジタル化を進めることによって、生産性を向上させようとしている。しかし、従業員の労働時間を削減するまでは至らず、人が減っている部分の業務をカバーするのがやっとの状況だ。

労働条件が最優先課題


基幹労連に加盟する大手企業では、非正規社員はそれほど多くなく、直接雇用の正社員がほとんどだ。しかも、生産現場の人材は、高校卒業後に入社し、長期雇用を前提に技術を身に付けている。そのため、労働力が不足している職場に非正規社員や短時間労働者を補充する解決策はそぐわない。正社員の労働条件を変えることが最優先課題だ。

休日を増やし、労働時間を削減すると、生産量が減少するリスクが出てくる。しかし、魅力ある職場にしなければ採用ができないばかりか、今いる人材が流出してしまう。こうした危機感は労使で共有している。労働組合側は生産性を上げることによって、生産量を維持すると提案するが、経営側は確証がないために一歩が踏み出せない。

しかし、もはやそうは言っていられない状況だ。職場の改善が進まなければ、今いる人たちも、もっと良い条件を求めて出て行ってしまう。労働時間の問題だけではないが、最低限そこをクリアしなければ、現状維持すら難しい。産別で足並みを揃えて、交渉を前に進めていきたい。

ものづくり産業を維持・発展していくためには人が必要だ。雇用を流動化させず、技術を覚え、定着してもらいたい。入社して10年、20年の長期雇用の環境で育成することで、技術・技能を伝承し続けることができる。

一朝一夕で鉄や船をつくることはできない。できれば、入社したら定年までものづくりに従事してもらいたい。いくら自働化が進み、DXによって効率がよくなっても、人が主役であり続ける世界だ。

中小から「死活問題」と悲鳴


人手不足の課題は、大企業と中小企業では深刻さが違う。大企業はまだ維持できているが、中小企業はかなり苦労している。

高卒の技能職を採用する現場の仕事は、地元での採用が主流だ。外資系半導体メーカーが工場を新設する地域では、同社が好条件を出して多くの人材を獲得し、他の産業では採用が厳しくなっていると聞く。破格の初任給を提示されるなど労働条件をめぐる競争では太刀打ちできない。中小企業からは「死活問題だ」と悲鳴が聞こえる。

産業としての魅力をいかにつくるのかが労働組合にも問われている。「巨大な船をつくる仕事に携われる」ことや、「何をつくるにしても、鉄・非鉄がなければ始まらない」ことが、働くうえで大きなモチベーションや誇りとなっていた時代から、意識も多様化している。

ものづくりの現場はもともと、男性が多く、女性の比率は低い。オフィスで働く女性は増えているが、「ものづくりの現場で働いてみよう」という女性は残念ながらまだ少数だ。

最近、ものづくり企業がテレビCMでイメージを高めようとしている試みがある。選択する側の意識が変わっている中で、子供のころからなじみがあることは重要だ。テレビCMによるイメージ戦略も効果があるのではないか。

個人の事情を言える環境に


私たち昭和世代は、寝ている時間以外の活動時間をどう使うのか、仕事と生活のウエートを限られた時間でどうバランスさせるかという意識は希薄だった。

ワークライフバランスに決まった形はなく、個人の事情によって違うし、仕事の繁閑によっても変わってくる。

例えば、育児や介護をしなければならないシチュエーションになれば、どうしても仕事はセーブしなければならない。経営側にも、様々な人たちがワークライフバランスの中で働いていることで、組織が成り立っているという現実を直視してもらいたい。

ワークライフバランスは個人によっても違うので、生活環境の変化や、仕事の繁閑などケース・バイ・ケースで、そのときの状況に応じた仕事を与えるというきめの細かい組織運営が求められている。

これまでは「全体最適」を追求していればよかったが、これからの時代は働く個人の生活や価値観が多様化し、それぞれの事情に合わせていくことも考えなければならない。

育児休暇などの制度という「器」はつくったものの、実際に組合員の事情に合わせたときに、その器が使えないケースも見受けられる。「様々な制度はあるが、職場の理解がないから取得しにくい」という声は根強くある。事情を抱えたときでも、その人が働いてもらえる環境を整えることが大事だ。理想的な形はまだわからないが、事情を抱えた人が辞めずに済む環境を整えなければならない。

組合員一人ひとりにその制度を落とし込んだときにどうなるのかを、ブレークダウンして考えるのは管理職の役割だ。今の状態を放置していると、魅力ある職場には程遠く、人材の流出に歯止めがかからないだろう。

たとえば、突発的に社員が出社できなくなったときに、作業長や副作業長など普段は主に管理の仕事をしている人たちが作業員として現場に入りサポートする仕組みを採用している企業もある。しかし、「トラブルがあったときに臨時でカバーする」という意識ではこの仕組みはうまく回らない。平時から、人の配置やカバーの体制などを整備しておく必要がある。まずは、個人が事情を抱えたときに、そのことを率直に相談しやすい環境をつくることが第一歩だ。

*2024年7月17日取材。所属・役職は取材当時。

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