実践「生産性改革」:壬生 守也 電力総連会長インタビュー
2023年11月に日本生産性本部の理事に就任した全国電力関連産業労働組合総連合(電力総連)の壬生守也・会長は、「実践『生産性改革』」のインタビューに応じ、これからの労働組合が果たすべき役割について、「生産性運動三原則を正しく理解し、サプライチェーン全体や社会の価値観として広めていくための取り組みが重要になる」との考えを示した。
成果の公正な分配を社会全体で 生産性運動三原則の普及がカギ
生産性運動の指針となっているのが、「雇用の維持拡大」「労使の協力と協議」「成果の公正な分配」の三つからなる生産性運動三原則である。壬生氏は「時代の変化に即して、生産性運動三原則を理解する必要がある。まずは、労使双方が互いに理解する努力が重要だ」と述べた。
労働組合の重要性
壬生氏は労働組合の役割として「現場の実態を正確に把握して、課題が見つかれば経営側に伝えること」を挙げた。さらに、「労働組合の役員の経験を次の世代に継承していかなくてはいけない」とした。また、経営側に対しては、「労使協議の重要性を再認識し、労使の信頼関係に基づく情報交換をもっと積極的に行うこと」を求めた。
労使が抱える共通の課題として「労働組合の組織率の低下」を挙げる。厚生労働省の2023年「労働組合基礎調査」の結果によると、雇用者に占める労働組合に加入している割合を示す「推定組織率」は16.3%と過去最低水準を更新している。
壬生氏は「労働組合内には生産性運動三原則が浸透しているとしても、組織率が低いため、8割以上の働く人たちには馴染みがないものになっている。この8割以上の人たちに生産性運動三原則の重要性を発信していかなければならない」と危機感を示す。
また、「労働組合がある企業では、労働組合のない企業に比べ労働条件が改善され、生産性が高いという統計がある。組織化に取り組むためには、労働組合だけでなく経営側にもその重要性を認識してもらいたい」と強調した。
一方で、労働組合の活動は労働現場の安全を守るためにも効果的だという。「労働組合があれば、事故の原因や改善策を分析し、それを水平展開することで類似の災害を防止する取り組みが展開できるが、労働組合のないところは安全対策が行き届かないこともある」と指摘する。
フリーランスの支援も
改善へ向けた動きもある。現状、フリーランスで働く人たちは原則として労災保険による補償を受けられない。しかし、11月から保険料を支払えば補償が受けられる労災保険の特別加入制度に業務委託を受けているフリーランスの加入も認められる予定だ。
連合は、フリーランスで働く人が業務でけがをした時の補償を支援する団体をつくることを決めた。加入手続きや、事故が発生した時の労災給付申請の支援、加入者への相談対応や教育などを行う。
壬生氏は「賃上げの機運を来年度以降も続けることが重要。連合加盟の組合だけでなく、中小企業などで働く労働者たちにも賃上げを広げられるかが、生産性改革のカギになる」との認識を示す。
連合によるフリーランスの労災支援の取り組みは、非組合員を巻き込んだ運動の第一歩であり、「生産性運動三原則の『成果の公正な分配』をサプライチェーン全体で享受できるように労働組合も役割を果たしていく必要がある」と話す。
(以下インタビュー詳細)
エネルギーの安定供給が使命 リスク対応へ労組の連携重要
壬生守也 電力総連会長インタビュー
産業界は、少子高齢化や生産年齢人口の減少などの社会構造の変化と、AIなど新しいテクノロジーの登場などがもたらす産業構造の変化への対応が求められている。加えて、2050年のカーボンニュートラル実現へ向けて、新たな脱炭素技術への投資も大きな課題だ。
電力産業は、昨今のエネルギー情勢を踏まえながら、カーボンニュートラルへ向けた取り組みを進めるという難しいかじ取りを迫られている。
安定供給と脱炭素の両立を
ロシアのウクライナ侵攻をきっかけにした資源・エネルギー価格の高騰が示したように、エネルギーをめぐる地政学リスクは高まっている。日本の現在の電源構成は7割程度が火力、2割程度が再生可能エネルギーで、原子力発電は数%にとどまっている。
火力発電所の燃料はLNG、石油、石炭などの化石燃料であり、いずれも海外からの輸入に頼っている。エネルギーの安定供給に向けて火力発電の役割は依然大きく、化石燃料から水素やアンモニアへの転換を進めているほかCO2の地層処分を進めるなど脱炭素化への対応が急がれている。
電力は豊かな暮らしと営みの基盤であり、基幹産業を支えている。国家を成長させるには電力は必要不可欠であり、電力会社には安価で安定的な電力の供給が求められている。
再生可能エネルギーの分野でも、新しい技術開発が進んでいる。薄くて、軽く、柔軟であるペロブスカイトの太陽電池や、浮体式の洋上風力発電など、設置場所に新たな選択肢を持たせる次世代の再生可能エネルギーの開発が期待を集めている。
そのうえで、現在のエネルギー事情を考えると、既存の原子力発電所の再稼働を進めていくことが効果的だ。しかし、福島の事故をきっかけに2013年に策定された新しい規制基準をクリアすることは簡単ではない。新しい規制基準では、大規模自然災害対策を強化して火山や竜巻を想定した規制も新たに追加し、シビアアクシデントも規制対象として対策を義務化したほかテロに対しての安全を図ることも求めており世界で最も厳しい水準となっている。
今後、生成AIなどのテクノロジーを活用するためのデータセンターの増設や、外資系企業を含めて日本国内で建設されている半導体工場が本格的に稼働すれば、電力需要が増加することが予想されている。エネルギーの安定供給と脱炭素社会の実現を両立させることが、電力関連産業が直面している大きな課題だ。
一方で、電力自由化が進む中で自由化に軸足を置きすぎているのではないかとの懸念もある。企業は、予見性がなければ新しい発電所への投資判断は困難だ。発電所ができるまでは長いリードタイムと莫大なコストもかかる。自由化による競争激化への対応や、既存の火力発電所の停止をどう見込むのかなどについて国の政策判断を見極める必要がある。
脱炭素成長型経済構造への円滑な移行のための水素社会推進法や二酸化炭素の貯留事業に関する法律(CCS事業法)の成立など、政府のバックアップの姿勢も示された。また、原子力発電を基軸に据え、エネルギーの安定供給に向けたかじ取りをする流れが動き出す気配も出てきた。
準国産エネルギー確保を
生産性向上のためには、できるだけ国内で安定的にエネルギーを供給できる「準国産エネルギー」が必要だ。地政学的なリスクが高まる中で、国内でエネルギーを供給・確保できる体制の構築は国を挙げて取り組まなければならない重要課題だ。
電源構成の中で、大部分を原子力発電に頼るということではなく、再生エネルギーや脱炭素技術を高めた火力発電など、ベストミックスを構築することが重要である。
東日本大震災以降、原子力発電に対する不安を抱く国民がいる中で、2024年1月1日に発生した能登半島地震においては、北陸電力志賀原子力発電所をめぐり不安をあおる情報がインターネットで流された。この時、岸田総理から「志賀原子力発電所は安全に停止している」とのメッセージが発信され、国民に安心感を与えることができた。
電力関連産業の現場で働く人たちは、安全対策にしっかり取り組んでいる。労働組合の立場からも、「S+3E」(安全性を大前提として、安定供給、経済効率性、環境適合を同時に実現する考え方)に万全を期している。
また、労働組合としては、電力関連産業で働く仲間が、国民生活に欠かせない電力の安定供給を実現し、社会機能を維持し続けていることに敬意を表している。能登半島地震でもそうだったが、ひとたび自然災害が発生し、電力関連設備が被害を受ければ、電力関連産業で働く人たちは早急な復旧に向けて、懸命に作業に当たっている。これまで先輩たちから脈々と受け継がれてきた使命感や責任感をもって、技術技能の継承が行われてきた証だ。
人手が少なくなり、機械化・自動化による効率化が進んでいるが、人が行う技術・技能の維持・継承は、エネルギーの安定供給を続けていくためには欠かせない。技術は一朝一夕には身に付かないので、人材を確保し、定着させることが重要だ。
労働者の地位向上は急務
電力の社会的役割を考えたときに、そこで働く人たちの経済的・社会的地位を向上させていくための施策を引き続き求め、働く人たちがやる気や働き甲斐を感じられる魅力ある産業を構築していかなければならない。
2024年の春闘では、人材の確保・定着のため、賃金の引き上げを含む将来を見据えた積極的な人への投資を訴え、多くの労働組合で引き上げ率が前年を上回った。2011年の東日本大震災以降、賃上げ要求が厳しかったのが実情であり、久しぶりに他産業と同水準の結果を引き出すことができた。
これからも、将来にわたって、安全・安心して働くことができる労働条件や作業環境の整備を進め、仕事と育児の両立支援などの働き方の見直しも進めていく。電力関連産業には建設業もあり、時間外労働の上限規制が適用される「2024年問題」への対応も進めている。労使交渉だけで解決できない課題は、法改正を含めて必要な措置を訴え、電力の安定供給に必要な機能の維持に全力を尽くす。
IT化の進展により、インフラ施設を巻き込んだシステム障害やサイバー攻撃などの懸念も高まっている。自然災害の場合でもそうだが、危機への対応は個社レベルの備えだけでは不十分であり、全国の電力会社が横断的に連携して政府を含めた国レベルで対処しなければならない。
災害復旧への対応など横断的に取り組む課題が増える中、労働組合は現場で何が起きているのかを把握し、経営側が見落とすようなことがあれば、現場の実情を伝え、改善につなげていく重要な役割を担っている。今後もその役割を果たしていきたい。
*2024年7月24日取材。所属・役職は取材当時。